表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/65

33話 これは不味い気が

 薄らと開けた目に入って来るのはぼやけた光景。耳に入るのは大勢の人間の喧騒。肘にはいつものひんやりとした木の感触。前後に揺れ動く頭。


 次第に微睡みから覚め、俺は夢の世界へ入る。 


「……さん。……エル……さん!」


 若い男の声……って、もう主は知っている。


「ああ……YASUさん。すみません、ちょっと寝てました……」


 目の前には、最近は御無沙汰だけどいつものパーティー。YASUさん、Pon太さん、まるちーさん。やっぱりこの四人が何だか落ち着くメンバーだ。今日もお変わりなく。

 YASUさんとPon太さんがやたらと鬼気迫る表情をしていること以外は。


「シエルさん!あなたはどうなんですか!?」


「……どうしたんですか? 二人とも」


「あなたも意識がキャラクターの中に入ったんですか!?」


 俺はまだ虚ろさの残る目でただ一人戸惑う、まるちーさんの顔を見る。


「さっきから二人とも変なんですよ。いきなりここはゲームの中の世界だとか、私はそうでないのかとか聞いて来て……」


 なるほどねぇ。二人も、か。気が付くと三人分の視線を一手に引き受けている。

 みんな俺の答えを待っているみたいだ。


「まぁ、詳しいことは『俺』も知らないっつーか、調べている途中なんですけど……今分かっている事だけお話しますよ」


 俺は今日になって取り込まれたであろう二人に、この世界について簡単に説明する。それでも結構内容が多いので時間がかかったが、彼らも所々で顔を顰めつつも大体理解してくれたようだ。それと彼らは十分信頼に足る、というか変な気を起こさないだろうと思ったので、現実世界の出来事と合わせて二つの世界の繋がりについても教えてあげた。ただ一人、未だに意識が取り込まれていないまるちーさんには冗談半分にしか聞こえないのだろうが。


 そして案の定、唖然とするYASUさんとPon太さん。仕方ないね。


「シエルさんはもっと前からこんなことに?」


「俺はこれで5回目ですよ。今ではもう慣れたもんです」


 俺は柄にも無く経験者の余裕をかます。あくまでもこっちに来たら死ぬリスクが格段に上がると教えた上で、彼らの不安を取り除いてあげようという配慮に基づいてだ。

 取り込まれた初日は慣れない世界と体に戸惑ってしまうだろう。そんな中で自分と同じような境遇、そしてこの世界のことをよく知っているガイド役の存在は何よりも心強い。そしてその分、精神も安定する。こっちとしても指示が送り易くなるのだ。

 今となっては俺が必死にGillyさんを引きとめたのも懐かしい。まだ一週間も経ってないんだよな。ここ数日は時間が立つのが随分と遅く感じる。実際に睡眠時間を無くして活動しているようなもんだしな。


「と、とにかく、町の中にいれば安全なんだよね?」


 獣人のPon太さんが不安そうな目で尋ねて来る。さっきから妙にしゃべり方に違和感があるし、中の人は女性なのかな?


「少なくとも俺達は今までそうやって問題無く過ごしてきたので大丈夫ですよ。この後、同じく取り込まれた人達みんなで集まろうということになってるんですけど」


 これは仲間内の一人、れんちぇふさんの提案だ。今晩はゲーム世界へ精神トリップする人たちが続出すると予想されるため、終始仲間集めに従事してほしいとのこと。さらに新しい仲間をノツィミカーラの町(要は今いる町)の中央広場に集めて、集会を開いて団結力を高めようというらしい。

 まぁ考えとしては悪くは無い。自分たちの仲間の規模を知っておけるし、これだけの味方がいるという一種の安心感も容易に覚える。さらに集団心理で変な気を起こす人を押さえつける効果も狙っているらしい。ここら辺は日本人ならではだな。


「いや~……最初はどうなるかと思ったけど、シエルさんがいて本当に助かりましたよ」


 これだけの話を聞いて少し安心して緊張が解けたのか、YASUさんがいつもの(チャット上の)和やかな雰囲気になる。Pon太さんはやや不安も残っているようであったが、軽く頷いていた。ただ一人、まるちーさんは要領を得ない表情だった。こればっかりはしゃーない。


「私には何が何だかさっぱり……現実世界とかゲームがどうだとか……」


「まるちーさん。世の中には知らなくていいことも沢山存在するんです。俺からしたら、まるちーさんの立場は物凄く羨ましいんですから」


 俺は渋い声色(でも少女声)で、まるちーさんを無理やり納得させる。彼は終始首を傾げっぱなしであった。


 今のところ命の危険の無いまるちーさんと別れ、俺達三人は町の広場へと向かう。ゲーム画面そのままの光景を目の当たりにした二人はしばしば足を止めていた。これは無理も無い。ゲームの中に入れるなんて、子供から大人まで共通している夢、妄想なのだから。

 しかし昔のヨーロッパ風の街並みに、住んでるのはほとんど日本人だからな。毎回思うがこのアンバランスは何とかしてほしい。どうしてこのゲームの中にコピーされるのは日本人限定なのだろう。ヨーロッパの人とかを入れたほうがもっと雰囲気出るだろうに。単に容量の問題だろうか? この町だけでも滅茶苦茶広いしな。


 日本人のコピーが存在するということは、この世界も今の日本くらいの規模があると思っていい。一億ン千万は確実。ゲームの登場人物もいるからそれにちょこっと+αがあるくらいだ。もちろん冒険者たちの集う町・拠点はここだけでなく他にもある。この町が序盤からお世話になり、クエストの大半もここの冒険者ギルドから受けるので、みんな利用しているだけだ。本稼働になったら色々追加が入るんだろうけど。


 そうなると、気になって来るのは現実世界の悪人を殺している奴らがどうやって、こっちの世界に存在するコピーを探し出して特定しているかだな。こっちには流石にネットとか使える端末の様な物は無いし……。一つの町にある程度集約されているとは言え、これだけの人数からお目当ての人間を探し出すなんて気が遠くなりそうだ。こちらの世界に来れるのは現実世界で寝ている時だけだから、いつまでも留まる事は俺の経験からいって不可能だし。時間的にはせいぜい12時間が限度か。その間にほぼピンポイントで50人以上を殺害しているということになるわけだけど。

 う~ん、顔や性格以外にも何か共通点とかあるのかな?そこから割り振れば……


 Gillyさんはおそらく複数犯だと言ったけど、だとしたらその人数も気になる。この世界に取り込まれた人は、こちらでは確実に数を把握できないし。数人規模ならともかく、向こうも何十人もいるとしたら… あまりその先を考えたくないな。


「シエルさん。ちょっといいですか?」


 歩きながらずっと考え込んでいたので、YASUさんの声に少しどきりとしてしまう。


「私もこの世界の事はまだよく信じられないんですけど、一つ気になったことがあって」


「何ですか?」


「方法は良く分かりませんが……。こんな事態を生みだしている犯人がいるって言ってましたよね? そして今のところの最有力候補はゲームの製作者だということも」


「確信はないですけど、それが一番可能性が高いかと」


「『デバッガー』……とかはいないんですかね……?」


「実際にプレイして調整とかを行う人の事ですか?」


「はい。この現象が起こったのは6日前って言ってましたし、試験稼働版でプレイヤーの反応を最終調整代わりに使うって話も出てますけど……。製作者側のデバッガーが全くいないとは思えないんですよ。実際にプレイヤーに交じってやっているという話もよく聞きますし」


 デバッガーはアルバイトがほとんどだという話は聞くけど……、それでも製作側の人間ではあることには違いない。少なくとも製作者に近い人間だ。彼らならレベルも高いだろうし、こっちの世界に来ていることも十分に考えられる。


「状況が状況ですし、いたとしても簡単に見つけられないとは思いますが」


「いや、でもいい線いってると思いますよ。みんなにも話してみます」


 正直捕まえる方法とかはさっぱり思いつかないが、もし特定できれば何か情報を吐かせることも出来るだろう。いない可能性もあるだろうし、かなり難しいとは解かってるけど。このまま闇雲に情報を集めるよりは……。


「あっ……!」


「どうしました? シエルさん」


「い、いや。何でも無いです!」


 俺は一瞬どうしてみんなこの事に気づかなかったんだろうと思い、そして反省した。俺は本当に単に気づいてなかっただけなんだけど。

 多分他の人も何人かはその考えに至り、敢えて発言しなかったのではないだろうか。理由は今の俺だったら何となく分かる。


 だとすると、この集会は大丈夫なのだろうか?一波乱起きそうな気がする。寧ろ何で今までそれが起きなかったのか不思議なくらいだ。他の人もちゃんと考えた上でのことだったんだ。Gillyさんに頼り、色々と分かっていたつもりになっていた自分を急に腹立たしく思う。

 でも、今からじゃどうにも……こんな事態には慣れていない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ