32話 殺る気満々じゃないですか
『悠一、ちゃんとご飯は食べてる?』
「ああ、ほとんど学食だけど。栄養バランスはいいはずだから」
『でも最近よく電話するわね。最近若者の孤独死が増えてるって言うじゃない。やっぱりそのせいなの?』
「実は大学の友達もこの前それで死んでね……」
『それで頻繁に電話してくるようになったの……。不安だったら帰ってきたら?まだ授業始まってないんでしょ?』
「ちょっとやることが出来たから、そっちには帰れないんだ。まぁ電話がなかったら死んだと思ってよ。遺体発見は早い方が大家さんにも迷惑かけないし」
『もう、滅多な事言わないの!』
俺の親は何だかんだで子供の命を心配してくれているようだ。当然なんだろうけどさ。最近はその当たり前すら出来てない親もいるもんで……。今はどうでもいい話か。
とにかく何時死ぬかもしれない身だ。自分の両親に感謝の気持ちを伝えることを欠かさないようにしよう。
俺は4度目の帰還を果たし、早速掲示板で生存報告を行う。昨日もプレイヤーの犠牲者(少なくとも掲示板のメンバー)は出ていないようだ。よかったよかった。
この現象が起こるようになって早5日。流石に皆生き残る術が身に付いて来ているということか。単に町の中で大人しくすることなんだけどさ。名簿を見ると新しいメンバーが6人も増えている。連れて来られる要因も『レベル30以上になること』がほぼ定説になりつつあるようだ。
こんな調整だと、やはり黒幕は製作者だとしか思えないのだが……。目星はついていても行動に移すことが出来ないのが歯がゆい。
攻略サイト管理人の夕凪さんもレベルを20台に抑えゲームの世界に取り込まれていないものの、この事態を信じざるを得ない状況になっているようだ。ニュースになる前に今朝の死亡者の予告をした人がいたのである。どうやら彼はゲームの世界でその人物の死体を見たらしい。
非プレイヤーの一般人も向こうの世界で死んだら現実でも死ぬというのも、みんな昨日知ったみたいだ。向こうの世界がゲームの中なのか本当に異世界なのかよく分からない以上、下手な気は起こさないようにと注意喚起までしてある。
皆最低限の良識を持っている人達ばかりで、これまた本当によかった。
さて、あまり見たくはないが本日の犠牲者はっと……。
うん、今日もまた有名人だけで60人強。中には家族ごと病死した議員もいるらしい。
その肝心の病因とやらも公開されたが、心臓発作、心不全、肝硬変、脳溢血とばらばらであった。中には朝起きた時は何も症状が無かったのに突然急死した人物もいるらしい。これだと本当にあのゲームが原因なのかよく分からないが、ネット上では黒い噂の立っている人物だったので一応その範疇に入れられているらしい。
一応、国や警察も緊急対策本部を作ってはいるらしいが、一体何をどうやって調べるのだろうか。今公開されている情報で分かっているのが、この事態が日本国内限定で起こっていることから犯人は日本人の可能性が高い、ということだけだ。だからどうしたって話だけどな。人為的に他人を病死させるなんてファンタジーもいいとこ。そういう漫画が過去に連載されたから、そっちの線も調べているみたいだけど。
ネットの匿名掲示板での反響は、これまた更に加速していた。新世界の神が降りて来たと崇める人。殺して欲しい人をリスト化する人。ただこの事態を面白がっている人(これがおそらく9割ほど)などなど。
一部のWebサイトでは犯人特定のための推理考察を載せている所もあった。あまり期待せずに眺めていたが、意外と核心をついているのも多く結構参考になる。こっちとしても人が死ぬ原因、殺害方法は知っているのだが、殺した犯人自体は分からないのでここの情報はしばらくお世話になりそうだ。
このサイトの管理人が分析するには、
犯人の情報源は主にインターネット。厳密には信用している情報源がインターネットだということ。これは死んだ人物の傾向から推定できる。死亡した人物はテレビや雑誌ではあまり取り上げられていないが、ネット上では悪く言われている人物であること。逆にマスコミには悪く言われている人物はほとんど死んでいないことを見ると、ネットの情報を強く信じている傾向があると判断できる。
さらに思想はネット右翼……かどうかは分からないがそれに準ずるものを持っていること。死んだ人間が主に在日系、もしくは東アジアの特定の国を賞賛、支援するような発言を行っているような人間が多いこと。逆に在日を排斥するような発言をしているような人物に対しては、犯罪歴があっても殺していないと言う事。要は純日系のヤクザには手を出していないみたいだ。企業人も何人か死んでいるが、全てネット上で在日系だと噂される人物ばかりだ。
これらの事から、犯人は学生、もしくはニートの可能性が高いということだ。社会人の可能性が低いのは殺人の手間を考えての物である。また世の中を変えるにしても、政治に関わる人物を一辺に殺していることから、そっちの知識には疎い、つまりあまり考え無しに殺害しており、精神的に未熟というか浅はかなところがある……とまで書かれてある。
思想云々に突っ込む気は起こらないが、少なくとも学生かニートの可能性が高いというのは支持したいところだ。ネットゲームをこんだけやり込める人間だというのだから。主婦の可能性だって捨てきれないけどさ。
しかし、こんな事態が表立って知られるようになって2日目でもう世間は他殺という線を考えているんだな。少し感心した。これだけの騒動だし、漫画の影響も多少なりともあるんだろうけど。
だがこれを受けて、自分は標的にならないと勝手に安心しきってこの事件を面白がったり、問題解決ではなく、犯人の人格否定から入るような人達を見るのはあまりいい気分がしない。結局大半の人「は自分は外野にいるから安全だ」という考えが元になっているから、そんな事をほいほい発言できるのだ。こっちがその気になればいつでも誰でも殺せるのに。当事者としてはかなり複雑な気分である。
周囲に全く期待できないというわけでは無くなったが、このネットゲームが原因だということに辿りつけるのは果たしていつになることやら。
でも気づかれたら気づかれたで、俺らも疑われる可能性があるんだよなぁ。証拠も糞も無いけど、やってないというアリバイも無いし。下手したらプレイヤー全員連行という事態もありうる。それは勘弁してほしいところだ。となると、やはりこれは自分たちの手で解決するべきことなのだろうか。
自分が死ぬか、殺人犯の容疑をかけられる……。
この最悪の2パターンだけは絶対に避けたい。
さてさて、どーすっぺ……。
とりあえずは本日のレベル上げに付きあってくれる人を掲示板で募ろうか。まぁどうせ他の人も同じこと考えているだろうから、それに便乗すればいい。
昼何時から何時まで、夜何時から~といった具合に各人の都合に合わせて、常時募集がかかっている。ゲーム自体のクランとかフレンド機能が不完全なため、ここの掲示板がその役割を果たしているわけだ。
今日は昼1時からの部にするか。サイトさん、Aseliaさん、にぃにぃさんなど顔なじみもいるようだしな。自分も参加しますってレスを……ポチっとな。
今のとこ俺含め6人……パソコンのスペックもまぁ大丈夫だろう。
俺のレスが画面に表示されると同時に、また新しいレスが下に表示される。一瞬、誰かと投稿がかぶったかな? と思ったがそれはAseliaさんのもの。
Aselia「なんかヤバいことになってるぞ! 公式見てみろ!」
ヤバいこと……?公式ページ……?
『本日は特別に全プレーヤーに経験値3倍ボーナス! 難解なダンジョンに苦戦しているそこの君! このチャンスを見逃すな!』
『特殊クエスト「クリスタルの導き」を追加! ダンジョンに挑戦した回数に応じて、クリスタルの発掘ポイントをいくつか提示させます。世界中に散らばる発掘ポイントのどこかに「A.R.クリスタル」は眠っているぞ! 早い物勝ちだ!』
…………
……
運営め。
ここに来て、一気に殺る気なのか?
サイト「まずいんじゃないのかこれ!?」
にぃにぃ「でも止めようがないよ?」
櫛坊主「公式の掲示板が物凄く盛り上がってるぞ。今日はプレイヤーが激増する予感」
くろね子「折角、最近はゲームに飽き始めた奴らが増えて来たのに」
Aselia「まさか俺達の対応を見て運営が本腰入れて来たとかじゃないよな?」
マジなのか……?本当に俺達は向こうの世界でも監視されていて、ひたすら町に籠り続ける俺達に運営が業を煮やしたとしたら……。
夕凪(管理人)「みなさん、公式で凄いことになってますけどどうしますか?」
サイト「夕凪さんは絶対にプレイしないでください。事情をある程度知っていて、かつゲームに取り込まれていない人は他にいませんから」
Aselia「明日は死人が増えそうだな畜生!」
冗談じゃないぜAseliaさん!まだ黒い疑惑のある悪人候補ならともかく、死ぬのは何の犯罪も犯してない一般人だ。それもほとんどが若者。こんなことあってたまるか!
れんちぇふ「いや待て。これは逆にチャンスでもあるんじゃないのか?今晩取り込まれた奴を一人でも多くこっちの仲間に引きずり込めば、運営共に対抗できるかもしれん」
サイト「頭数は増えますけど同時に多くの人を危険に晒すかもしれませんよ?」
くろね子「かと言ってこの状況は止めようがないし。↑の意見は目的はともかく人命救助としては一番現実的だね」
櫛坊主「だったら向こうの世界に行った瞬間、うろたえている奴に片っぱしから声を掛けまくるしかないな。メンバー全員に拡散しようぜ」
にぃにぃ「それと今の内に思いっきりレベルを上げといた方がいいと思う」
れんちぇふ「とにかく今は確実にやれることをやるぞ!」
……れんちぇふさんとかいう人の意見は一見正しい。
正しい……が、大事な事を見落としている気がする。
向こうの世界に取り込まれれた人達が下手にダンジョンなどに入ることによって、命の危険に晒される。これだけは絶対に避けたいし、彼が提案したように注意喚起することで防ぐことは出来るだろう。
だが、取り込まれた人達が向こうの世界に付いてどう思うのかが問題なのだ。
おそらくかなりの御新規さんが流れてくるだろう。彼らが世界の仕組みを知り、殺人願望が表層化する輩が出る可能性も無いことは無いのだ。寧ろそれを一番警戒するべきではないだろうか。俺達はまともだが、今晩連れて来られる輩も全員そうだとは限らない。
……考え過ぎだろうか。このことをみんなに言うべきなのか?