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29話 世の中が混乱してきました

 現実世界に3度目の帰還。これは大丈夫、確定しているって分かっていても、朝起きた瞬間に過剰にほっとしてしまう自分がいる。そして親に何となく電話してしまう。別段話すことも無く、すぐに切ってしまうのだが、どうにもこうにも落ち着かないのだ。


 次はゲームにログインして状態の確認。

 昨晩の実験の首尾は……思っていた通りだ。


 「龍のあばら骨」「森クジラの髭」「謎の塊」……そんなものは持っていない。所持金も全く変化していない。これが意味することは『ゲームの世界の中での買い物や行動には、ゲームのステータスには反映しない』ということだ。最初の晶霊の洞窟のことも考えると、ほぼそう考えて良いだろう。


 と、言うことはつまり『ゲームの世界の中でA.R.クリスタルは存在しない』という、可能性が濃厚になってこないだろうか。だってゲームの中で手に入れたって、現実世界のゲーム上では存在しないんだから。

 Gillyさんの言葉を借りるとこれもまだ仮説の段階で、事件の首謀者がいるとしたらそんな調整は好きに出来るので、この話が絶対とは言い切れないだろうが。

 でも、「絶対」ではないだけで「大体」はそうなのだ。このことをみんなに教えれば、クリスタルを巡っての不毛な意地の張り合いが少しは緩和されるんじゃないだろうか。


 攻略サイトの専用掲示板にも行ってみよう。パスワードを入力しログイン。アバター名前と性別、職業の記入を求められ、それから真っ先に出て来たのは生存報告のボタン。うーん、物々しい。一応ポチっとな。


 なるほど、この掲示板に入れる人の名簿もあるのか。生存報告の欄に日付と○が何個か。ボタンを押したら○が付く仕組みだな。まだ何人か付いていないけど、まだ朝早いしな。今日は珍しく早起きしてしまった。


 更に進んで行くと、この現象についての概要と疑問点が詳しくまとめられている。ほとんどは自分も知っている内容だ。モブキャラにやたら日本人が多い、しかも現実世界に存在している人に良く似たキャラも多数いることも分かっている。中には有名人そっくりの人を見かけたという報告もある。これが一体何を意味するのかは今のところ不明だ。


 俺の先程の実験についてもある程度書かれてあった。無駄骨だったかとちょっと後悔したが、自分でも確かめられたので良しとしよう。しかし、ゲームの中の世界ならその行動は残る……だって? ということは、また向こう側に行ったら意味不明のアイテムはちゃんと所持しているということか。ややこしいな。


 ん~っと、それ以外に特に目ぼしい情報は無いな。今のところはこれだけだ。シエルのレベル上げは昼飯食った後にでもやるとしよう。寝起きにゲーム画面はちと辛い。


 ……そういえば、Gillyさんがニュースをチェックしておけって言ってたな。一体何があるのやら。連日、若者が脳梗塞で死にまくっていることにいい加減にマスコミが注目し出して、捜査のメスが入ったとかだろうか。

 まずはYA○OOでいいかな、適当に……速報?



『次期大臣候補の井沢氏と後原氏が今朝未明死亡!!その他にも民政党の幹部が次々に倒れる!』



 おいおい、いやいや。なーんじゃそりゃ。


 思わずテレビもつけてみる。



『……これは悲しむと言うより、唖然としてしまう事態です。今朝だけで与党議員だけでなく、国務大臣が3人も亡くなってしまうなど… 政界は混乱の真っ只中です』


『……死因は全て病死となっていますが、ここまで行くと何者かの陰謀すら感じますね。国家を転覆させようとする輩の……』


『……官房長官! 死因は病死となっていますが詳しい病名は解かっているのですか!?』


『……日本政府には迅速な対応を』



 チャンネルを一通り回り、事態の概要は十分すぎるほど理解出来たのでテレビを消す。マスコミに詳しい情報は期待していない。こういうときはネットの方が早い。

 

 今日のニュースを調べて30秒ほどで、眠気は十分に吹っ飛んだ。


 政治家だけではない。何かと黒い噂のある芸能人、服役中の凶悪犯罪者、ネットで嫌われているブラック企業の会社の社長など、所謂『有名人』たちが今朝発見されただけで総勢54人。次々に『病死』しているのだ。


『天罰ktkr』


『売国奴とヤクザがガンガン粛清されてるぞ! 日本の夜明けの始まりだな』


『これはリアルで新世界の神が降りてきたかもしれん。いいぞもっとやれ!』


『殺して欲しい奴リストまとめて拡散しようぜ!』


 匿名掲示板では大賑わい。匿名だからこそ好き放題言えるというのもあるが、確かに死んだ人たちは皆生前(ネット上で)あまりいい噂を聞かない人たちばかりだ。寧ろ俺だって死ねばいいのにとか思ってました。はい。


 だが、こうもものの見事に一掃されてしまうと喜びというより、テレビで言われている通り呆然とするしかない。一体何が起こったんだ? まさか本当に名前を書くだけで人を殺せるノートの使い手でも表れたのだろうか。


 ……じゃ、ないよな。これがGillyさんの言っていた重大な事って奴か? 他には特には話題のニュースは無いし、これだけ一辺に政治家が死んだのだから別のニュースなんて毛ほどの価値も無いだろう。ったく、ほんの一週間前はクジラが海岸に打ち上げられていただけで大騒ぎしていたってのに…… 電話だ。


「はい、もしもし?」


『おう高瀬。今から時間あるか?』


 声の主は内山だった。別に何て事無いはずなのに、妙に胸がどきりとなる。ゲームの中の世界にいた内山そっくりの男の声とあまりにも似ていた……いや、間違いなく同じものだったから。


「ああ、特には用事はないけど」


『伊藤の両親が、今朝からあいつの部屋を片付けにこっち来ててさ。よかったら手伝ってくれないか?』


「ああ、そんな事くらいだったら……今からでもいいのか?」


『おう、助かるよ。じゃあ、待ち合わせ場所は……』


 別にお前は伊藤と特に親しかったわけじゃないだろうに。こういう所が人間性の差なのだろうか。性格のいいリア充も考えものだ。見ているこっちが余計みじめに思えてくる。……まぁ、これは自己責任なんだが。長い時間パソコンに張り付いているだけじゃいけないんだろうな。

 俺は皺の付いたシャツを羽織り、財布と携帯を持って外に出た。



 ◇



 現場にいたのは伊藤の両親と姉に加え、内山と矢野と同じクラスの奴があともう2人。遺体の腐敗はそこまで進んでなかったようで、部屋の片づけは淡々と進められていた。

 伊藤の両親は俺が来ると「本当によくして頂いて……」と、悲痛な顔を隠しきれないまま頭を下げて礼を言う。変わり果てた姿になる前に遺体が発見されたため、ちゃんとした息子の死に顔を見れてよかったとも話していた。内山が言うには今回は本当に運がよかったのこと。孤独死で遺体が長時間放置された時ほど悲惨なものはないらしい。


 ワンルームを8人で片づけるとなるとそこまで時間はかからず(寧ろ人多すぎだったので、交代で休んでいた)、昼前には綺麗さっぱり荷物がまとめられた。何かお礼をしたいと母親が言ったが、内山がよれには及ばないと断り、俺達はそのまま解散した。

 この残暑の中働いてそれをボランティアに変えてしまおうとは、まったく虫唾が走るくらいに性格のいい奴だ。でも一人がこう言っちゃうと周りのみんなも逆らえない。結局向こうとしても心苦しさに耐えきれなかったようで、小遣いは渡されてしまったが。


 日中の熱を流すかのように、俺は町中を自転車で走る。他のみんなは一緒に飯食いに行こうと言っていたが、おそらく唯一事情を知るであろう俺は、そんな雰囲気に耐えられる気がしない。

 周りは皆、伊藤の死因を病死だと思っている。彼の両親も若くして息子を失い、悲しみや怒りのやり場も見つけられずにいるのだろう。人の過失による死亡ならともかく、病気なら誰も責める事が出来ない。この残酷な運命を噛み締めながら余生を過ごしていくのだろう。


 自分の中でふつふつとやり切れない怒りが生まれているのを感じた。


 誰かが故意にこんな事態を生んで、自分もそれに巻き込まれる可能性があるとなると、早々に犯人を見つけ出してぶちのめしたくなる。伊藤の死よりもこっちが問題だ。

 でも、それではいけないのだ。明確な犯人が解からぬまま、自分も死ぬ危険があるからこそ、ここは頭を冷やして慎重に動かないといけない。 

 自分に力が無いと分かっているからこそ、身を呈して誰かの命を救おうとは考えてはいけない。自己中になれ。他人の勝手に食われてやる道理はない。


 そうと決まれば早速家に帰って対策を練ろう。今はゲームをすることしか出来ない。幸い俺には心強い味方もいることだしな。


 今日は学食は止めよう。頭をクールにするためにはジャンクフードが一番だ。


 昼食はハンバーガーにした。

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