28話 これが恐れるべきものでした
新たなる疑問を抱えつつ、俺は待ち合わせの場所に辿りつく。
空は薄暗くなっているけど、まだGillyさんは来ていないようだ。昨日は結構遅い時間に会ったし、もう少し後になって来てみるかな。今から町に戻って情報収集に勤めるか。酒場はパーティーのみんながいるかもしれないので避けよう。となると、どこに行くべきか……
俺は一つ試してみたいことを思いつき、町の道具屋に向かう。夜の町を歩いている人は冒険者が多い。皆「この世界」でのクエストを終えて一杯引っかけにやって来ているのであろう。逆にこの時間帯は、日本人のモブキャラは割と少ない感じがする。
道具屋の中はゲーム画面とは比較にならないほどの品物で埋め尽くされていた。店の広さは体感的にゲーム上での3倍、品数はそれ以上に感じる。見たことのない道具も沢山あって、品定めの時間もかかる。この中に『A.R.クリスタル』があれば本当に笑い物だ。
「お嬢ちゃんも好きだねぇ。そんなガラクタの山をじっくり見ちゃってさ」
自分の店の売り物をガラクタ扱いはどうなのよ、道具屋の主人ハンスさん(42)。確かにこの店はゲームでも役に立つかどうか微妙なアイテムばかり取り扱っているんだが。薬屋は別にあるし。
「もしかしてお嬢ちゃんも『赤いクリスタル』とやらを探しているのかい?」
その言葉を聞いてはっとする。考えることは皆同じなのだろうか。少なくとも『A.R.クリスタル』の話題は、意識が取り込まれていないパーティーの仲間からは出なかった。ゲーム画面ではあれだけ盛り上がっている話なのに。リアルマネーだからこっちの世界の人には興味無いのだろうか。
「そう言う人が以前にも来たんですか?」
「う、ん? 最近になってちょこちょこ増えたなぁ……ウチの店の客は元々モノ作りを生業としている人がほとんどでさ、冒険者……しかも戦士や嬢ちゃんのような魔法使いの客は珍しいんだよなぁ。みんな口々に『真っ赤なクリスタルはないですか?』って聞くし」
こんな状態になってもやっぱり気になるんだろうな。ゲームの中に自分の理想があるとは言え、現実世界でも生きていかなければならない。一千万円もあれば、現実での暮らしもぐっと楽になるだろう。質をあまり問わないのなら尚更だ。
……俺がここに来たのは、そのことを確かめるためでもある。この世界にその『アイテム』があるという可能性。この世界での行動で賞金が手に入る可能性を調べるため。
「おじさん。これとこれと……これをください」
「お、おう。まいど。魔法使いのお嬢ちゃんがこんなの買うなんて珍しいな。え~っと、全部で5400Gだな」
「はい」
俺が購入したのは「龍のあばら骨(4本)」、「森クジラの髭」、「謎の塊(サンマイト遺跡産)」。どれこれも用途不明だが、一応ゲーム上にも存在する。おそらく合成用とかの素材なんだろうけど、ソーサラーの俺にはまず縁の無いアイテムである。だが、これでいい。
結構時間も潰せたし、もう一度待ち合わせ場所に向かおう。そう思って店を出た瞬間に人とぶつかってしまう。しまった、自分の実験に気を取られてて、周りを見て無かった。
「あ……すみません」
「……気をつけな」
白銀の鎧に身を包み、神秘的な輝きを持つ銀髪の男。一言で言うと凄く強そうだ。男はこちらを軽く一瞥すると、そのまま道具屋の中に入って行く。今の俺だから解かるけど、装備からも強い魔力的な力を感じた。サイトさんも戦士としては相当強い部類に入るんだろうけど、この人はそれ以上なんじゃないのか? 出ているオーラが全く違った。
ということは、この人も取り込まれた人なんだろうか。話しかけ……ないほうがいいのかな? 人と組むのを嫌がっている人もいるらしいしな。ダンジョン帰りなのか血の匂いもするし。当然なんだろうけど、あまり好きで嗅げる匂いじゃない。
話しかけるのはあからさまにうろたえている人達だけにしよう。
さて、再び町の郊外の草原に到着。何故かこの世界にも存在する時計で時刻を確認するともう夜の11時半。良い子は寝る時間だ。でも俺は悪い子、機会があったらこの体であんなことやこんなことを……グヘヘ、なんて考えているくらいだからな。
ダンジョン帰りの人たちもちょくちょく見かけるけど、あまり俺の事を気にしてはいないようだ。装備からしてもまだ低いレベルの人達なんだろう。もしも、意識が取り込まれていない人たちが死んだら一体どうなってしまうんだろう。これも気になる所だな。実証はしたくないけどさ。
しかしGillyさん……いつ来るんだろうな。
ふぁ……眠い。
いかん、ここで眠ったら現実で起きてしまう。変な話だが過去二回、現実で目が覚めたのはこの時なのだ。時間経過もありうるのだろうが。とにかく寝てしまったらGillyさんには会えなくなる。ここは何としても睡魔に勝たなくては、いや寧ろ負けなくては言うべきか?現実基準で考えて。
うとうと。
こっくりこっくり。
コーヒーとか眠○打破が欲しい。昼にあんだけ紅茶っぽいもの飲んだのに。カフェインレスだったのだろうか。しかし眠ることでこの世界から抜けることができるのなら、睡眠薬の様なものがあれば緊急脱出が可能なのかも……これも……試して……みたい……
……………
……ぐぅ。
……………
つんつん。
……
つんつん。
だ~れ~?
「お嬢ちゃん、こんな所で寝ると風邪ひくよ?」
女性の声だ。ぼんやり目を開けると声のイメージ通りの茶髪のショートヘアーのアーチャー。装備的にはまだ取り込まれているようには見えない。
「うぅ、どうも……」
いかんなぁ。今日はもう諦めるべきか……
「それと、さっき男の人からこの手紙を渡すように頼まれたんだけど」
ふぇ? 手紙? 男の人ってまさか。
「もしかして、頭にバンダナ撒いたシーフの……」
「知り合いだったの?なら良かったわ。てっきりラブレターかと思ったけど」
アバターの年の差的に犯罪だよそりゃ。アーチャーのお姉さんは俺に手紙を渡すと、そのまま町の方へ歩いて去ってしまった。
どれどれ、手紙の方は……Gillyって書いてあるのが見えるな。周囲は満天の星空と遠くの町の民家の光によって僅かに照らされており、文字が何とか読めるくらいの灯りはある。肝心の中身の方は……と。
『シエルへ
まずはこの手紙を読む前に周りに人がいないか確認しろ』
肩がすくみ上がる思いで、俺は辺りをキョロキョロと見渡す。……うん、誰もいない、かな。身を隠すにもだだっ広い平原だし、大丈夫だろう。いきなりこんなこと書かれるとこえーわ。宿に戻ってもいいけど、本文は短いしすぐに読んでしまおう。
『なぜこんな手紙を渡したかというと、お前が跡をつけられていたからだ』
跡?マジで!?つーか一体誰が!?
『こちらも色々と重大な事が分かったが話は明日にする。武器屋「アニムス」の裏で待ち合わせだ。装備は変えてこい。それと明日のニュースは良く見ておくことだな』
うーむ。何と言うか……やっぱり色々凄い人だな、Gillyさん。周りがよく見えていると言うか。対応が柔軟過ぎる。しかしニュースって一体何があるのだろう。
『最後に言っておくが、お前に協力しているのは、お前が俺の事を知っているからだ。あまり他の奴に俺の名前を出さないようにしてほしい。それじゃあな』
まさかサイトさん達に会っていたのも知ってるのかな、この人。もう盗賊を越えて、スパイのレベルだ。少なくとも敵に回したくない。彼の忠告には素直に従うとしよう。
しかし、Gillyさんは何故そうまでして人と組みたがらないのだろう。俺に協力するのは自分の存在を知っているから……早々に口止めを狙ってのことだろうか。彼の考えていることは分からない。クリスタルを狙っているわけでも、この世界を楽しんでいるとも考えられない。純粋に助かろうと思うのなら些か人を警戒し過ぎではないだろうか。
だが彼の言う通りなら、何かしらの理由で俺をつけまわしている奴もいるということだ。おそらくは同じくこの世界に取り込まれた人間。そのことも気になる。出方を窺うにしても、つけるべき人はもっと他にいるはずだ。何だかどんどん無駄に疑問が増えて行っている気がするな……
俺は今ひとつスッキリしないままの頭で、宿屋へ戻ることにした。