24話 手を組むべきだとは思いますが
「よーし、今日はヤーウェの森に行くとしよう!」
「「おー!」」
「あの、すみません。私はパスで……」
火に水を注ぐ発言だと言うことは重々に理解している。というか、ソーサラーの俺がいないと、みんなが探索出来ないことも。だが仕方あるまい。己の命は何物にも代えがたい。
今日も気がつけばモナドの酒場の前。しかし、この世界に来る毎にここに連れて来られるような。ゲーム内でもいつも待ち合わせに使っているせいだろうか?まぁいい。問題はこの仲間たちからどうやって抜け出すかだな。
「どうしたんだシエル。今日は行けないって」
「今日はちょっと気分が悪くて……」
THE・仮病。古典的な手段だが、一番手っ取り早い言い訳だ。気分が悪そーな顔を必死に形作ってみる。どうだ、こんな状態の女の子を危険な冒険には連れていけまい。
「風邪でも引いたんですか? 軽い病気なら私が治しますよ」
空気読んでくれよまるちーさん。ていうか何?プリーストって風邪とかも治せんの?ますます医者という存在が涙目じゃないか。
「いや……その……回復魔法で治るものじゃないかなー……なんて……」
俺が次なる手は、と困り込んでいると、YASUさんが何かに気づいたかのように手をポンと叩き、少しにやついた顔になる。
おいおい、何だ? 嫌な予感がするぞ。
「マルチー、多分あれだよ。あの日」
「あの日?」
「ああ、シエルさんもそんな年頃だしね」
隣で見ていたPon太さんまで、何か納得したかのように腕を組んでうんうんと頷く。
あの日? あの日ってなんだ。何で申し訳なさそうな目で見るんだまるちーさん。そして、何で微笑ましい目で見るんだYASUさんにPon太さん。
「女の子は大変だよなぁ」
……ああ、あの日ですね!女の子の日!その手があったか!女子って体育の時間の時にもやたら見学してたもんなぁ。高校時代の話だけど、あの中には絶対わざとサボっている奴もいるだろと思ってたもんだ。……いかん、これ以上は女性の方から叩かれる。
「あの、だから今日は……!」
「分かったからそんな顔真っ赤にしなくても」
してねぇよ。つーかYASUさん微妙にキメェよ。女の子の視点に立って理解したが、こういう時の男の視線って本当に気持ち悪い。こんな風に見られていたとは。これから気を付けよう。
「とにかく今日は宿屋でゆっくり休みます……」
「お大事にー」
結果オーライ……か?とりあえずは離脱成功。毎回ダンジョンに行く度に、手足とかふっ飛ばされてたら命がいくつあっても足りないっつーの。毎晩あんな目にあっていると、その内自分の中で慣れてきそうなのがもっと怖い。
今日はいいけど、明日は何て言って抜けようか……いいや、また明日考えよう。っと、Gillyさんとの約束もあるけど、味方にこういった手前先にサイトさん達の所に向かうとしよう。
さて、俺はそこそこに急ぎつつ、宿屋『アートマー』へ。
現バージョンは試験版だということで、やたら部屋数の多い宿屋でしかないのだが、その内課金制でクラン用の個室としての役割を果たすようになるだろうと言われている。体力の即時回復に、クラン共有の大型倉庫などの便利機能が期待されている。
まぁ、あくまでもプレイヤー達の予想だ。それに課金となると俺には縁が無い。
おっと、そういや部屋の番号知らないな。フロントに聞いてみよう。
「サイト様御一行ですか……310号室にお泊りですね」
ゲーム上ではこの人、「宿屋アートマーへようこそ! お泊まりは○○ゴールドになります(以下選択支)」くらいしか台詞無いのに。こっちの世界では充実した仕事生活を送ってそうだ。しかもゲームと違って、宿の中では多くのスタッフが働いている。何故か全員日本人顔。これも気になるところだなぁ。
建物自体も木造と漆喰の造りが何とも言えないレトロな雰囲気を匂わせている。現実世界では隠れ家的宿(笑)とか銘打たれて宣伝されてそうだ。歩く度に床が少しきしんでいるような音も味があるし。地震大国の日本では難しい造りだ。
310号室……あったあった。3階は団体様用の客室で俺もあまり行ったことはない。利用するにしても個人用の2階の部屋だったしな。
「こんにちはー!シエルですけどー!」
3度ノックして名前を告げると、中から鍵の開く音がする。ドアが開けられると、そこに立っていたのはサイトさんだった。3日も経っていないのに随分懐かしく感じる。
「よかった、話には聞いていたけど君も無事だったか」
「無事ってほどには……何度か死にそうな目に会ったし。それに伊藤……如月の奴だって」
「彼に関してはその……すまない。俺達がこの世界の事をあまり深く考えて無かったばっかりに……」
俺としては互いの無事を喜ぼうとするつもりだったのが、サイトさんはかなり申し訳なさそうな表情をしている。この世界のことか。きっと伊藤の死に責任を感じているのかもしれない。だが、問題はこの状況なのだ。右も左も分からない初日に命を落としたとなれば、この人達を責めるわけにもいかない。
「サイト、謝るにしても立ち話は何だろー?」
部屋の奥から男口調の女性の声が聞こえてくる。
「ああ、悪い。さ、とりあえずは中に……」
誘われるがままに俺は中に入る。この世界での頼れる仲間がいるという希望は、胸中に留めていたGillyさんの嗜めを忘れさせていた。