23話 やれるだけのことはやっておかないと
「注文はー?」
「Bランチで」
いつもの学生食堂。大学の夏休みはまだまだ長い。
今回もなんとか無事に帰ってこれたな。ずっとゲームの中の世界に取り込まれるというわけではなくて一安心。だがあれが夢でないことは確定。毎晩あんな状態になるのかと思うと、夜寝るのが怖くなって仕方がない。かと言って周りに相談できる人もいないしなぁ。
仲間が欲しくなる。同じ境遇の仲間が。
しかし、サイトさん達とは未だに会うことが出来ないし、YASUさん達パーティーのメンバーを巻き込むわけにもいかない。現状で頼れるのはGillyさんだけだ。今夜、彼が持ってくる情報に期待することしか出来ない。随分と他力本願だけど致し方ない。
逆に俺が今出来ることと言ったら、自分のキャラの強化と、仲間のプレイを止めさせることくらいだな。でも彼らには何て言えばよいのか……全く正反対のことだし。
「ねぇ、聞きました? 今朝……」
「あらぁ、怖いわね……」
「また派閥内で争いが起こるのね……とっとと政権変わった方がいいんじゃないかしら……」
おーい、食堂のおばちゃんたち。世間話は俺に飯をついでからにしてくれー。
しかしなんだろう。派閥とか政権とか。政治の話?
「あっ、学生さん、ごめんなさい。待たせちゃって」
もう50代後半のベテランのおばちゃんが慌ててご飯と味噌汁を器によそう。笑顔交じりのため、反省の色があるのかはやや疑わしい。毎日通ってるし、すっかり顔見知りになってるせいもあるのだろう。
「何かあったんですか?」
「あら、今朝のニュース見てないの?野口首相が意識不明の重体になってね、ついさっき亡くなったって」
……!?
「就任してまだ一ヶ月も経ってないってのにねぇ……この国はどうなるのかしら」
「え、あの……!死因とか解かりますか!?」
おばちゃんは何故そんなことを尋ねるのかと、不思議そうに俺を見る。
「総理は何で亡くなったんだっけー?」
「心臓発作みたいよー?ニュースによると」
「あ、そ、そうですか……」
いかんいかん。流石に総理大臣がネットゲームなんてやらんだろう。ちょっと過敏になり過ぎているようだ。総理の年も年だしなぁ。心臓発作なんて起こっても不思議じゃないし…… うん。
「はい、おまたせ」
「あ、どうも」
「そうそう。最近は脳梗塞とかも流行ってるらしいわよ。しかも若い人に。あなたも気をつけなさいよ。水分補給はしっかりとね」
「はは……気を付けます」
食堂のおばちゃんまでが知っているということは、もう既に結構な数が亡くなっているということか……。ここ数日で若い人ばかりが朝寝たまま脳梗塞で死亡なんて、明らかに不自然だもんな。だが、そこからこのゲームのことに繋がるのかというと……期待できない。
元々そこまで量の多くない定食の筈が、中々喉を通らない。自分が死ぬかもしれない状況に身を置いているのだ。何かの病気とかと違って実感が湧かないのが余計に怖い。これが全て夢であればいいのにとも思う。
……これから親に電話しよう。
……………
……
家までの帰り道、道端で新聞の号外が配られていた。『野口総理急逝!後任は井沢氏か後原氏が有力か?』という、でかでかとした見出しが目を引く。ついこの間まで、新総理は誰かとか散々話題になっていたというのに、決まった途端にこれだ。本当にこの国の政治は大丈夫か? 国会とかまともに機能してんのかよ。いつもいつも権力争いのニュースばかりで、肝心の行政に関する話題はない。頼むから今の景気何とかしてくれよ。それがあんたらの仕事じゃないのか?国民の税金で食ってるんだからさ、頼むぜまったく。
って、今こんなこと考えてもそうしようもないか。まずは自分の命が最優先だ。
俺は号外の新聞をバッグに押し込め、家路へと急ぐ。
家へ帰るなり、即パソコンの電源をオン。そしてゲームにログイン。俺も俺で酷い生活してるよな。今となっては生き残るためだから仕方ないけどさ。
さて、まずは知り合いのログイン状況を確認。誰か……誰かいないか……?
……いた!×ぽんさん!よかった、無事だったんだ!早速チャットを送ろう。伊藤のことも伝えなきゃならないしな。
×ぽん(Lv.39)「シエルさん!ちょうどよかった。聞きたいことがあるんだけど」
シエル(Lv.30)「如月の事ですね?」
×ぽん「あいつは無事か?」
シエル「月曜の朝、亡くなりました。脳梗塞で」
×ぽん「やっぱり駄目だったか……」
シエル「事情はもう尋ねる必要もないですね?」
×ぽん「君もあのおかしな夢を?」
シエル「はい。サイトさん達は無事ですか?」
×ぽん「ああ、サイトもAseliaも何とか生きている」
シエル「それはよかった」
×ぽん「事情を知っているのなら話が早い。俺達に協力してくれないか?仲間多い方がいい」
互いに怒涛のチャットであったが、ここに来て俺の手が止まる。昨日のGillyさんの言葉を思い出したのだ。
――仲間を作るのはいいが、それによって生じる弊害もある。まだ謎が多い段階では、誰かの犠牲が教訓になって自分が助かることもありうる……
……確かに、これも現実的な意見だ。けど、今ここで下手に断ると、かえって疑いの目で見られるんじゃないだろうか。この人たちも日曜の夜からゲームの中の世界に入っているはずだ。人数が多い分、それだけ多くの情報を持っているだろうし。
シエル「もちろんです。今は少しでも情報が欲しいので」
×ぽん「ありがとう。それじゃ今夜、向こうの世界の宿屋『アートマー』に来てくれないか? 俺達はずっとそこにいるから」
シエル「わかりました」
Gillyさんのことをこの人達に話すべきか悩む。非常に頼りになる人だが、あまり人と組みたがろうとしなさそうだしなぁ。とりあえず今夜はまだ言わないでおくか。
Gillyさんと詳しい時間の約束をしていないのは失敗だったかな。でも向こうの時間の経過なんて解かんないし。サイトさん達は宿にずっといるって言ってるし、先にそっちから行ってみよう。
仲間を作ることによって生まれるしがらみか……あまりあってはほしくないけど……




