20話 やっぱりこういう時に
「Gillyさん!」
酒場に入って店員の「いらっしゃいませ」より先に自分の名前を呼ばれたので、彼もすぐにこちらに気づいてくれた。
「ん……?シエルか。久しぶりだな」
「この前はお世話になりました!」
「お前もかなりレベルを上げたようだな」
後ろでやり取りを見ていた仲間たちも、彼が気になったのかのそのそと近づいて来る。
「シーフとは……珍しいですね。あなたの話はシエルさんからも聞いてますけど」
「確かシエルと二人でサンマイト遺跡の50Fを走破したんだって? そこまで強そうには見えないけど……」
酒も入っているPon太さんの少し失礼な物言いにも、彼は軽く笑って返した。
「そりゃそうだ。戦闘に関してはてんで駄目だし、正直言ってこの嬢ちゃんにも勝てる気はしない。あくまで俺は……泥棒だからな」
「堂々と言うねこの人~」
謙遜無しに自分は弱いですって言ってるのに、何でこんなに格好いいんだろう。みんなも彼に興味を持ったようだが、Gillyさんはそれを拒むかの如く顔をカウンター席の方に向けると軽く方をすくめる。
「どうやら満員の様だな」
「あのー、良ければ私達と……」
「それには及ばない。軽くつまんでとっとと帰るつもりだったからな」
Gillyさんは踵を返し入口の方に向かう。人(こんな美少女)の誘いをこうもあっさりと断ってしまうとは……根っからの一匹狼なのだろうか。
「Gillyさん……また一人でダンジョンに挑んでるんですか?」
「ああ、この前はサンマイト遺跡の60Fまで行ったところだ」
それまで自分たちの話題で盛りがっていた他の客たちも、彼の言葉が聞こえたのか僅かにどよめき始める。「マジか?」「ありえないだろ」と、他の冒険者たちもシーフに対して抱いている偏見、先入観を口にする。それも無理も無いけど。
「パーティーとかは? 誰かと組まないんですか?」
「シーフはロクな戦力にならないって前にも言っただろ? 悪いが俺は自分のための力しか持っていないんだ」
相変わらずこの人は一人で無茶な冒険を続けているのか……ゲームの中だったらそれでもいいだろう。死んだって経験値とアイテムが減るくらいで何度も生き返ることが出来る。しかし今この世界では……蘇生なんて出来るのか?いや、出来たとしても、毎回モンスター達によって惨い目に遭わされるかもしれないのに…
「Gillyさん、無茶はしないでください。こんなところで死んでしまったら何にもなりませんから」
自分でも訳の解からない気休めの言葉であった。冒険者は無茶をしてナンボ、命を削ってナンボ、そんな空気がここに、この世界にはある。というよりゲームそのものの雰囲気がそうであった。解かってはいるが、気遣わずにはいられない。
「ああ、そうするさ。お前も気を付けろよ」
意外な返事。そう言うとGillyさんは右手の人差し指で自分のこめかみの少し上あたりを2、3度突く。
「ココを、やられたくなかったらな」
この時の俺はどんな形相だったのだろうか、少なくとも周りの客はあんぐりと口を開けていたような気がするけど。凄まじい勢いで魔女っ子が店を出ようとするシーフの男の腕を掴んだ。まるでスリでもやられたかの如く。確かに一体何なんだとは思うわな。
「どうした……?」
「Gillyさん……今、何て……!?」
「お前も『こっち』に来ていたのか、シエル」
「じゃあGillyさんもがっ……!!」
すると彼はすぐに俺の口を押さえつけ、服の首根っこを掴む
「おい、女の子に何するんだ!?」
「悪いな、少し借りていくぞ」
後ろから仲間達が、ひいては他の客が俺を助けようと(?)一斉に席を立つが、当の俺が必死に手を横に振り「大丈夫、大丈夫」との合図を伝える。そのまま俺は口を押さえつけられたまま彼に引きずられ、店の外まで出てからようやく解放される。
「ぷふぁっ……ど、どうしたんですか?Gillyさん……」
「あまりこのことを周りの連中に知らせない方がいい」
「な、なんで……?」
「……町の外で話すとしよう」
俺達は酒場を離れ、人気の少ない町の郊外に向かう。ダンジョンまでの通り道なので人がいないわけでもないが、周りが身を隠す場所の無い更地なので話を人に聞かれることも無いだろう。俺達は適当な芝生の上に向き合うように座り、話を始めた。