19話 ここでOPに繋がります
「今日もお疲れー」
『かんぱーい!』
「……乾杯」
俺はネット上の様々な所を巡り、最終的に一つの地へ辿りついた。
日本最大級の某電子掲示板の中でも秘境中の秘境、一般人お断りの異界の地、その名も「オカルト板」。生半可な覚悟で覗いてはいけないと散々外で言われてきただけに、そこに入るのにはちょっぴり勇気が必要だった。実際に入って数分ほどは後悔の嵐、だがその中でようやく俺の探し求めていた言葉があった。
この「アカシックドミネーター」というゲームについての黒い噂。知らないうちにゲームの中の世界に入っていたとの文章。そこでの体験。もう出血しまくり、手足とか吹っ飛びまくり、二度とあんな体験はしたくない、など。
途中から元々の住民が面白がって、これは呪いだとか、安易にアカシックレコードとかいう単語を使ったからだとか、おめぇここ(頭)大丈夫か? などと、茶々を入れる文章が続いていた。そっから先は……まともな神経の持ち主には苦痛しか感じなかった。
――やはり自分と同じ体験をした人物がいる。
仲間がいるかもしれないと知って一筋の希望を持った。だが、そこから先は? 自分と同じ目にあった奴がいるとしてこれから何をすればいい? コンタクトを取ろうにも匿名掲示板だし。
他のWebサイトでは「ゲームの評判を落としたくて変な噂を流している連中がいる」「構ってちゃんの荒らしは無視の方向で」「むしろ賞金のライバル減らしじゃね?」「大体ゲームの中にトリップとか完全にガキの発想じゃん。俺だったらもっと上手い方法考えるわ」「最近ネットに消防、厨房増えすぎ、ネット利用の年齢制限をしろ」などなど。全く取りつく瀬も無い。
結局夜中の3時まで粘ったが、サイトさん達は表れなかった。唯一話が通じそうな人たちとも会えず終いだったのだ。俺も睡魔には勝てず若干の不安を抱きながら床に付いた。もちろん寝る前は念のために水分補給をしっかりと。
で、
「シエルさん?何か浮かない顔してますねー」
「何か考えごと?」
「まぁ……そんなところです」
ご覧の有り様だよ!
やっぱり夢じゃねよこれ! 夢かもしんないけどおかしいだろ絶対!
気がついたら再びこの世界にいて、またもやシエルになっていて、そして例の如くパーティー仲間の3人に引っ張られてダンジョンへGO!またもやお約束の如く手強いモンスターが表れて、最終的にはガーゴイルの群れ!昨日と同じように至近距離からのフレイムレーザー狙ったんだけど、今回は間に合ったのか間に合ってないのか。いや、敵の脳天はふっ飛ばしましたよ? でも俺を狙って来た奴の腕の勢いは止まらず、俺の手首に直撃、そのままポロリ。昨日に引き続き、俺は両手を吹っ飛ばされるという、現実世界ではなかなか滅多に無い体験をすることが出来ました。ちゃんちゃん。両手は今ではぴったり元通り、回復魔法あればもう外科医いらなくね?
そんなこんなで、今日は早めに依頼が終わったので仲間と一緒にモナドの酒場で飲んでいるのだが……
「はは~ん、さてはお前だけジュースだから拗ねてるな? お前も飲んでみるか~?」
YASUさんが赤ら顔で俺に酒を進めようとしてくる。完全にオヤジだ。確かにメンバーの中では俺は群を抜いて最年少だけどさ、肉体的には。こんなロリロリな少女の体じゃ、話す時に一々上を見上げないといけないし、運動能力も落ちてるし。高い所の物に手が届かないわ、そしてそんな俺の様子をニヤニヤしながら見つめる周囲の男どもの視線のキモいこと!あと女言葉を使い続けないといけないのが地味に辛い。書き込むのと違ってどうしても素が出るもん。実際に女声だからいいけど、性同一性障害の人ってこんな感じなのかな。ちょっと甘く見てたわ。段々自分自身も気持ち悪くなってくる。
しかし、再度この世界に来てみて、新たに気づいたこともいくつかあった。正確に言うと、違和感を覚える所が何箇所かあった。
まず気になるのは、何故他のパーティーメンバーは俺の様に意識が同化していないのか、ということ。実際しているけど単に言わないだけという可能性も捨てきれなくはないが。だが、他の人のしゃべり方、ひいては性格が微妙に違うのだ。YASUさんはチャット上では礼儀正しく細かい気配りの出来る人だ、なのに、こっちの世界ではこんな風に俺に対してオヤジ臭い絡みを見せたり、言葉使いも少し悪い。続いてまるちーさんはチャット上では割とぶっきらぼうな話し方だけど、こっちの世界ではいかにも聖職者って感じの物腰丁寧な人だ。キャラになり切って中身の性格も変わる……ってことはないだろう。そもそもこのゲームのアバターに性格などの詳細な設定などない。
気になること2点目。世界観が全体的に妙に日本的。ゲーム画面上は表示されないが、料理はこちらの世界、というか日本人にあった味付けだと思う。使っている材料もそこまで物珍しいと感じず、何の違和感も無く食べることが出来る。ゲーム中では入れないトイレも水洗式。ファンタジーの世界なのに変なところで科学が発展している。
そして何よりも一番気になるのは、ゲームに比べて遥かにモブキャラ、つまり一般人が多いこと。実際に人が多く住んで、町が出来ているという点に関してはこれが正しい姿なのだろうが、その多くが日本人の顔をしていると言うことであった。最初来た時は夢だと決めつけていたから何とも思わなかったが、街並みはヨーロッパ風なのに住んでいるのは日本人だというのはどうにもおかしい。別に他のアジア系の人と混同しているわけではない。中国、韓国、モンゴル、インド、ベトナム、タイ…… 詳しく国籍まで言い当てることは出来ずとも「日本人以外の人」ということならば大体見分けることが出来る。町を歩いている人の大半はほぼ間違いなく日本人だ。「ゲームで表示されるモブキャラ」は大抵欧米風味な顔なだけに、妙な違和感を覚えずにはいられない。
(はぁ……でも違和感を覚えたところで、今のところはどうしようも無いんだよなぁ……)
今ここで、ここはゲームの中の世界だ!と声高に叫んだところで何になるだろう。自分と同じ境遇の人物が他にいるという可能性はどのくらいだ? 下手したらこの世界でもキチ○イ扱いされてしまうだろうし。
(とりあえずは今日のクエストも無事に終わったし、後は夢が覚めるのを待つばかりか……昨日もそうだったし帰れないことはないだろう、多分)
俺はローストチキンを齧りながら柑橘系のジュースでぐいっと流し込む。……女の子だからすぐにお腹いっぱいになっちゃうよ。飯自体は美味いのに、もったいない。
仲間達は酒が入って勝手に盛り上がっちゃてるし、適当に飯食いながら周囲の観察でもするか……何か色々手掛かりが得られれば……
その時、店の玄関の鐘が鳴り響き、新たな客の来店を告げる。酒場は繁盛しており客の出入りは引っ切り無しに起こっているため、一々そんなことを気にする客は誰一人としていない……が。
知っている顔だった。俺は思わず目を見開いて瞬きをした。
かつて会った時とは装備が多少変わっているが、その風貌は間違いなく彼であった。痩せ形の体格、バンダナで覆われた金髪、全身が身軽な装備で武器も腰の短刀らしき物しかない。あんな職業を選ぶ人はほとんどいない。
俺は久しぶりの再会の喜びと、この世界での遭遇による驚きも手伝って思わず声を上げてしまった。