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17話 この時、始まりを知りました

 回復魔法とやらは凄いものだ。現実世界ならすぐにでも病院に突っ込まれて緊急手術を行うような重症でも、ものの数分で治してみせた。そのあと洞窟の精霊さんがなんかお礼とか言ってきて無事クエスト終了。俺達はすっかり暗くなった夜の町に戻り解散した。

 これから自分は一体どうなってしまうのか。ずっとこのまま魔法使いシエルとして生きなければならないのか。そんな不安に駆られつつ、俺は宿屋に入って床に付いた。




 ―そして翌日。




「注文はー?」


「Bランチで……」



 …………


 ……


 大学の学食なう。


 …………


 ……


 もしかして→ 夢だった?


 目が覚めた矢先に入って来たのはいつもの見慣れた天井。見慣れた光景。見慣れた部屋。布団、いつもの俺の顔。……いや、いいんだよ? 人間ありのままの自分が一番さ!

 もちろん自分の体には何の異常も無いし、夢の痕跡が落ちていたと言うことも一切無い。朝一番にゲームにログインしてみたが、シエルのステータスはそのままであった。4人で晶霊の洞窟をクリアしたなんてログも残っていない。

 ……とにかく、とてつもなく生々しい夢だった。ゲームの中の世界にトリップする夢など最近のラノベの読み過ぎであろうか。今度はなんか別の、もっと真面目な評論っぽい本とか買おうかなぁ。


 食堂の光景も相変わらずだ。12時ともなると、授業がある日は座る椅子も無いほどの大盛況ぶりだというのに、長期休暇中の現在は人もまばら。いやー相変わらず落ち着くわ。

 ん? あそこのテーブルに座っているのは同じクラスの……内山、だっけ? 男4人に女子3人。体格もいいし髪型もチャラいし、リア充だなぁ。他のは知らない顔だし、サークルの集まりだろうか。まぁいいや、元々そんなに話すほど仲良くないし放っとこう……って、何で近づいて来るんだよ。


「おい高瀬! 聞いたか!? 伊藤の話!」


 今時の女子にいかにもウケそうなすっきりとしたクセの無い顔立ちなだけに、その表情が彼の感情をストレートに表している。何焦ってるんだろこいつ。


「伊藤って……あの伊藤? あいつがどうかしたの?」


「死んだってさ…… 今朝あいつの家の中から遺体で見つかったそうだ……!」



 …………………


 ……は?


 いや、え?



「さっき伊藤と同じマンションに住んでいる矢野から連絡あってさ、これから学科のみんなにも回そうと思っていたんだけど……」


「いや、おい、伊藤が死んだって…… 何で!?」


「詳しくは俺も知らねぇよ。矢野からちょくちょくメール来てるけど、とりあえず事件とかではないらしいみたいでさ」


「伊藤のマンションの場所わかるか!?」


 俺は内山に詰め寄る。彼はえらく困惑しているようだが、普段はクラスの中でも空気な存在の俺が、こんなに声を荒げているのだから当然と言えば当然か。


「ど、どうしたんだよ…… そんなに気になるのか? まぁ、お前は伊藤と仲良さそうだったしな……」


「あ、いや、実は昨日あいつに電話したんだけど出なかったからさ…… それで気になって……」


「そうか…… それだったら、搬送先の病院に行って事情を聞いて来てくれないか? 警察とかも向かったみたいだし。俺はクラスのみんなに連絡送ってからすぐに追いつくからさ」


 そういえば内山の奴は学科のクラスの中でも委員長的存在であった。リア充でしかもまとめ役だなんて、いやリア充だからこそまとめ役なのだろうが。こういう時の彼の冷静な判断には舌を巻くばかりである。現場の方は矢野がいるしな。


「わかった。俺はそっちに行く。で、搬送先の病院は―?」


 胸騒ぎがしたのだ。サイトさんの妙な言葉といい、昨日の電話のことといい、そしてあの奇妙な夢の事といい。だけど、関連性はあってほしくなかった。病院に向かって自転車を全速力でこぎながら俺は、『この胸騒ぎは全て気のせいであってほしい』、そう願っていた。



……………………………




「脳梗塞…… ですか?」


 病院の窓口にいた警察官に事情を説明し、俺達は一緒に医者の説明を聞いていた。


「詳しくは解剖しないと解からないでしょうが…… 病死ですね。外傷が一切見当たらなかったのでレントゲンとスキャンを取ってみたんですが、ほらここの所が」


 医師はレントゲン写真を見せて淡々と答える。頭部、脳の所に大きな黒い部分が出来ており、明らかにそれが死因っぽそうだということが素人目にも解かる。


「あの、本人が死んでいた時はどんな状況だったんでしょうか?」


 俺は警察官に尋ねる。


「マンションの管理人さんが家賃を払ってないとかで、今朝彼の部屋を尋ねたそうで、その時にはもう。部屋に争った形跡も無いし、遺体は薄布団を着たまま眠っているように死んでいたようだけど」


「……死んでからどれくらい経っているんですか? 昨日そいつに電話したんですけど出なかったんで……」


「詳しい時間はまだ出せないけど、死後一日は確実に経っていますね」


 医者は表情を変えることなく答えた。その後も俺は警察から色々話を聞かれたが、現場や遺体から考えて事件性は無いと判断された。遅れて内山を含めクラスメイトが何人かやって来たが、警察官が遺族や学校側への連絡はこちらでやっておくから、君たちはもう戻りなさいと言われ、ほどなく解散。

 集まった人の中には女子もいた。伊藤も俺と同じくクラスではそこまで目立たない存在であったが、しばらくの間共に授業を受けていた人物が急死したとなるとやはり気になったりするのだろうか。単に野次馬根性だったり…… ってこれじゃ俺が捻くれているだけか。


 家に帰ってもゲームにログインする気は起きない。あいつが死んだばかりの時にって理由もあるけど、それ以上に何か嫌な予感が俺の頭の中を漂い続けていたからだ。…でも、どの道今夜はサイトさんに事情を伝えるために入らなきゃいけないか……


 何となく普段はほぼゲーム専用と化しているテレビを付けてみる。そのテレビゲームすら最近はやらないが。夕方の特に何の面白味のない地元のニュースをぼんやりと見ていた。



『まだまだ厳しい残暑が続いておりますが、この時期こそ体に注意してください。特に脱水症状から引き起こされる脳梗塞! 決してお年寄りだけの病気じゃありません!』


『先日は市内の20代の主婦と30代の男性が脳梗塞で死亡するという痛ましい事例も起きました。しかもそのどちらも朝、眠ったまま死んでいたというのです。専門家の意見によりますと、寝ている時の発汗は脱水状態を引き起こし易く……』

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