16話 激流に身を任せるってレベルじゃ
もう既に痛いという単語すら口から出ない。人間は死ねるような激痛を味わっている時はただ叫ぶことしか出来ないということが身に染みて解かった。解かりたくも無かったけど!
俺はその場に膝から崩れ落ちていた。左肩付近の筋肉が半分くらい無くなっている。そこから血がもうドバドバ出てるけど、手で押さえても全く止まる気配がない。強く押さえたら押さえたで更なる激痛が俺を襲う。
「マルチー! シエルを……!」
「うぁぁっ!?」
次に悲鳴を上げたのは まるちーさんか? くそ! 一体何だってんだ!? おいファイター二人何とかしてください! そんな所に突っ立てる場合か!
「速い!?」
「後衛の二人を狙ってくるなんて! ……伏せろ!」
伏せろって誰に対して!? でもとりあえず俺も伏せます!
今度は後頭部をかすめるように風が切り、魔導士の帽子が飛ばされる。目の前に転げ落ちた帽子は唾の一部がパックリと切れていた。顔を上げると前方5mくらいのところで、先程の禍々しい瘴気を放つケルベロスが振り向いて、ドス黒い瞳をギラつかせながら、涎を垂らしてこちらを威嚇していた。向かって右の頭は音を鳴らしながら未だに赤黒い肉を噛んでいる。
まるちーさんは……? 倒れているけど…… 遠くからなので死んでいるのか気絶しているだけなのか解からない。そもそも……そんなの確認している余裕すら無い。
『グゥゥゥゥ!』
『ピチャ、クチャ……』
くそ、ケルベロスってこんなに素早いのかよ…… 頭が……ボーっとしてくる…… 出血のせいか…… 体に力が入らない……
すぐさま俺達のフォローに入ろうとファイター二人が横からケルベロスを斬りつけようとする。しかし剣は空を切るのみ。気づいた時には、全く正反対の方向まで距離を取られている。Pon太さんが俺の前に立ってカバーしてくれているみたいだが、YASUさん一人では奴を捉える事が出来ない。
あの速さでは剣や矢ではまともな有効打を与えることが出来ない。だが、足止めに広範囲の魔法を使おうとしても……
『ガァッ!』
再び側面から神速の如く飛びかかり、俺に襲いかかる。反射的にその場を跳びのいたが、今度は奴の鉤爪に脹脛の肉がバッサリと引き裂かれてしまい、着地のバランスが取れずに地面を転げ回る。畜生! これじゃあ立ち上がることも出来ない!
向こうとしてもソーサラーは天敵なのだろう。だから優先的に潰す。魔法を使わせる暇も与えてくれない。最初にソーサラーを潰すと味方はそいつのカバーにも回らなければならない。その分攻め手が限定されてしまうのだ。
こうなってしまえば相手の完全に思惑通り。後はファイター達の動きに気を付けながら、その素早さを生かした一撃離脱の戦いに持ちこめばよいわけだ。
「こんな…… 化け犬野郎に……」
人間4人が完全に手玉に取られるなんて。何か手は……
「この野郎! ちょこまかと!」
YASUさんとPon太さんが必死に剣を振り回して相手を捉えようとするが、圧倒的なスピードに翻弄され全くカスリすらしない。ケルベロスは俺に動きが無いと見ると、ファイターの二人に狙いを絞って、その鋭い鉤爪と頑強な牙で攻撃を仕掛ける。フレイムレーザーではとても狙えない速さだし、何より二人に攻撃をしつつも3つの頭のどれかが常に俺の動きを見張っているようだ。変な素振りを見せようものならすぐにこちらに襲いかかって来るのであろう。完全にジリ貧の展開だ……
4人で挑んでも全滅なんてこのゲームの中では良くあったことだ。だが、この夢なのかよく分からない世界では、実際に痛みを味わうことになる。死んだ後町に戻されて生き返ることが出来るとしても、死ぬまでに何をやられるかわかったもんじゃない。参ったしても向こうが手加減してくれそうにないし、体食われそうだし…… というか一々グロい。血生臭い。
何か無いか…… 俺の魔法…… わざとこっちを狙わせて近距離で叩きこむか? フレイムレーザーならギリギリ間に合うかどうか。……これじゃあ本当にマンガだな。
ウィザードロッドはさっき落としたしこいつで仕留められるかどうか解からないが…… 少なくともこの一発を外したら間違いなく次は即死だ。魔力を集中させた時点ですぐに相手は気づくであろう。
だから、頃合いを、タイミングを、ギリギリのところまで……
来るなよ…… こっちに気づくなよ……! 向こうの反応が最も遅れる体勢になる時を待つんだ。まだ二人に注意が行っているうちに……
ゲームの中だったらこのギリギリが一番楽しいはずなんだけどな……
生憎俺にそんな性分は無かったようで。……今だ!
「フレイム……!」
銃を形作った右手の人差指に魔力が集中する。当然相手もこちらに気づき、恐ろしい速さで方向転換し、突撃して来る。動きは捉えられずとも最短で来るのなら直線を通る!
「レーザー!」
俺の指から赤い閃光が放たれ、本当に銃でも撃ったかのように反動で腕が跳ね上がる。
その鋭い軌跡の中に……生命の姿は無かった。
(よ、避けられた!? どこ、に?)
俺の視界前方360°に奴の姿は無い、ということは…
「上だ!」
YASUさんの声。
上… 跳んだのか……!? 俺を狙って、来る…なら。
「……ラピッドォッ!」
狙いを付けてる余裕なんてない。反動で上を向いたままの指に魔力を込めて撃ちまくる。僅かに悲鳴にも似た唸りが聞こえたと思った瞬間、俺の目の前に蜂の巣にされた化け物が落ちて来る。胴体からモロに落ちたし、かなりの重傷を負わせたのだろう。
コウモリ相手には長時間の掃射のために魔力を集中させたけど、本来はこれが(フレイムレーザー)ラピッドの正しい用途。チャージ時間が滅茶苦茶短いので、接近戦で非常に使える魔法だ。攻略サイトでもオススメされている。最初に撃ったのは威力が欲しかったから普通のレーザーだったんだけどさ。とっさの判断が間に合って助かった。
『グ、ウゥゥ……!』
まだ生きているのか! ……いや、二本の首は倒れたままだ。最後の一頭が何とかして一矢報いようと必死に体をばたつかせる。
「手こずらせやがって……」
俺の指から放たれた細い閃光が最後の一頭の脳天を貫く。三つ首の化け物は今度こそ動かなくなり、それと同時に洞窟の中の重苦しい空気が消える。
魔物の瘴気から解放された洞窟は、本来の心地よい魔力の波動を取り戻していた。岩場がやんわりとした優しい光を放ち、俺達の戦いを労ってくれているようだ。
「……終わりましたね」
「シエルさんがいなかったらどうなっていたことか……」
ほんとだよ、全く。
……あれ? 何か痛い。左腕が凄く痛い。そうだ、派手に噛みちぎられたんだっけ。
「いぎゃぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
戦いの終焉と共に脳内の興奮性伝達物質の分泌が終了。ちーん。
むしろ空気読めよ俺の脳!
「マルチーさんは?」
「う~ん、いたた… あれ? みなさんご無事だったんですか?」
「早く治してぇぇー! 死ぬーーっ!!」
「動くとますます出血が……!」
もう嫌だ! 痛い! 左腕が使い物にならなくなったらどうする気だ!
で? 結局これって夢じゃないの? 覚める気配が1ナノも無いんですけど!
こんだけ腕を痛めて現実ではどんな状態になっているのかも逆に気になるけどさ!
いや、本当に……ゲームの中の世界にトリップしてしまったのか……?