15話 夢にしてはリアル過ぎませんか?
晶霊の洞窟、地下14F。
魔力が秘めれた岩石によって僅かに照らされる薄暗い洞窟に、住処を荒らす侵入者を排除しようと、モンスター達の異様な叫び声が木霊していた。
「シエルさん! 先制攻撃で!」
「りょ、了解! ファイヤーウォール!」
『ギャワァァーーッ!!!』
文字通り壁の如く立ち上がった火柱の列が、暗黒へと堕ちた妖精たちを焼き尽くす。その奥からはモンスターの第二陣、リザードマンの群れが迫って来る。
「よし、ここからは任せろ!」
YASUさんとPon太さんが前衛に飛び出し、無骨な剣と鎧で武装したリザードマン達と激しい斬り合いが始まる。味方が前に出ている時はファイヤーウォールは使えない。フレイムレーザーのスナイプで後方援護に勤めるとしよう。
……ここまで偉く自然な流れで進んだが、なーにやってんだろーな俺。
これは夢だ。中々覚めない夢だ。だったら、なるようにしかならないだろう。俺は深く考えるのを止め、周りのノリに身を任せることにしたのだ。
右も左も解からない異世界に飛ばされたのならともかく、ここはゲームの中の世界だ。世界観も、知り合いの仲間も、自分の能力も良く知っている。今やっているのは「晶霊の洞窟に突如立ち込めた瘴気の謎を解明せよ」という依頼、つまりクエストだ。
基本はゲームと一緒だ。雑魚敵を倒しながら洞窟を進んで行き、ボスを倒せば終了。普段はパソコンの上でやってることを実際に体感している状態だと思えば、この異常な展開に慣れるのにそう時間はかからなかった。実際に体動かすから結構疲れるけどさ。魔法って奴も何度も撃っていると軽く息切れを起こす。
「何か新しく来たぞ!」
「いったっ……! 吸血コウモリだ!」
前の二人が頑張ったおかげでリザードマンも粗方倒したが、今度はさらに騒ぎを聞きつけたのか吸血コウモリの群れ。ファイヤーウォールで一掃したいところだが、二人を巻き込むわけにもいかんしな。素早い空中の動きに翻弄されて、位置取りを考えるどころじゃなさそうだし。……こいつを使ってみますか。
俺はウィザードロッドを眼前に構え、軽く呼吸を整える。狙いは……広がっているけど、要は二人に当たらなければいい話だ。
「二人ともあんまし動かないでね!」
声が届いたかわからないが、とりあえず忠告。俺が念というか気合というか、とにかくそんな感じの物を込めるとロッドの先の赤い宝石に火の粉が回転しながら収束していく。まるで綿菓子を作ってる気分になりながら、軽くロッドを回してゆく。次第にロッドの先端には真っ赤な綿飴というか、丸い棒キャンディーのような火の玉が形成されていく。
「フレイムレーザー……ラピッドッ!」
自転する火の球から削れるようにして閃光の筋が次々に飛び出す。コウモリ達も危険を察知して始めの何本かは交わしたようだが、幾重にも飛んでくる炎の矢に対して徐々に対応しきれなくなり、犠牲者が出始める。「口径」こそは小さいがその分貫通力は高い。炎の矢はコウモリたちの羽、体、脳天を撃ち抜き、さらにその後方にいる者も貫く。まるで機銃を掃射している気分。炎の綿飴がロッドから全てほどかれた時には、コウモリの大半は地面へと墜落し、残った者も戦士たちの追撃を受けて息の根を止められていた。
「ふぅ……」
「うっひょ、すごいなシエル」
「おかげで助かりました」
しかしあれだけ撃っておいてなんだけど、コウモリ相手に機銃って普通に効率悪いよな。ファイヤーボールブラスト(簡単に言うと火の玉の雨)とかの方がああいう相手にいいんだろうけど。あんましスキルポイント消費したくないんだよなぁ。普段はファイヤーウォールで十分だし。
ソーサラーは習得することの出来る魔法の種類こそ豊富であれ、実際に使えるのはその一部だ。だから覚える魔法は出来るだけ無駄の無い物を厳選していきたいところ。俺が炎系の魔法しか持ってないのもそのためだ。
まるちーさんの回復魔法でみんなの準備が整った所で、一際多きい轟音が洞窟を包む。
奥の暗闇の中からぎろりと光る目玉が6つ。敵は3体……? いや、1体……
ケルベロスって奴か! なんかすっごい禍々しいオーラ出てるし。
「……! こいつがこの洞窟の瘴気の原因か!」
「みんな、とりあえず距離を……」
先程の反省から先にファイヤーウォールをかまそうと思った瞬間、自分の横にふわりと生温かい風が通る。あまりに一瞬の出来事だったので、視覚や痛覚が追いつかず現状を理解するのが僅かに遅れる。
そして遅れて来る衝撃。左手の感覚が無くなる。
視覚がようやく現状を捉える、それを見て混乱していた痛覚がまともに機能する。
(見なきゃ……よかった……?)
俺の左腕の上腕三頭筋辺りが、その、引きちぎられ。
骨も、見えちゃったりして。
「ぇ、ぁ、ぅああぁぁっぁぁーーーーッ!?」
やはりこれは夢。
夢であってほしいと全身全霊を込めて願った瞬間だった。