その2:オープニングは船の上 (中)
【ロスト】の世界内でたまたま最初に話したのが俺だったという理由なのだろうか。
好奇心で船からダイブして死ぬ、という愉快な死因から復活した豹女から、俺は話し相手として見込まれたようで、しきりと話し掛けられていた。
「ところで、さっきからずっと気になっていたんだけど、あんたって男? それとも女?」
「……男だけど、だから何だよ。見て――わからないよな。口調で察してくれ」
「男! よくそんな可愛い外観を引き当てたわね。リアルラック使い果たしたんじゃない?」
「縁起でもないことを言うなよ! いくら見栄えがよくてもな、こんなマニアックな外観に運を使い果たすなんて――おい。
おい、やめろ。
ズボンを下げようとするな。いや、だからって直接触ろうとするな!」
「男の娘? こういうのって男の娘っていうのよね!」
「いや、知らないし。だから確かめようとするなって! にじり寄るな! そんな嫌な手の動きを俺に見せるな! ハラスメント行為でGMに通報するぞ!」
「ちぇーっ。わかったわよ、やめるわ。代わりにスカート履いて見せて」
「うるさい。代わりってなんだよ。履く義理なんてないぞ」
「自分のこと私、って言ってみて! ボクでもいいわよ!」
「もうお前めんどくさい」
うっとうしくはありつつも、俺はこれまで言われたことのない囃し立てられ方をされて、そこはかとなく嬉しくもあった。
「今度一緒に寝ましょう! あなた可愛いから抱き枕にいいと思うのよ」
なんて女の子から言われるなんて、現実じゃ考えられなかったよ! 例え偽の姿、ゲームの話でも嬉しかった! なんかそれだけで全てを許せる気分だったので、俺は彼女のマシンガントークに付き合っていた。
展望台を見に行かない? と豹女が誘ってきたのは、満足しきった表情でしばらくまったりしていた時だった。
俺も展望台に行くつもりだったので、断る理由もない。
そうして、俺たちは上り階段の行列の一部と化していた。
「RPGゲームで遊んでいるはずなのに、気分は観光地にやってきた旅行者だわ」
「それもVRゲームの魅力の一つだと思うぞ。リアルさが売りなら、特にな」
人混みに埋もれながら、俺は新鮮な体験をしていた。
現実では長身だったので、人に囲まれても視界を遮られることはあまりなかった。しかし、今は四方八方に人の姿しか見えない。不便を感じるよりも、面白い、と観じてしまう。
リアルとヴァーチャルの違いについてひとしきり話が盛り上がった後、種族によるステータスの違いについて興味が向き、お互いに能力値の確認し合うことになった。
ステータスには、戦闘で自キャラの生存に直接関わる、生命力、精神力、スタミナという項目があり、これらは視覚的にわかりやすくゲージとして表示されている。
また、あらゆる行動の基盤となる基礎能力として、筋力、知力、敏捷、器用、体力、幸運の六種類がある。
基礎能力は、種族固定であり、パラメータ変更などは出来ない。こういう理由もあって、種族選びが重要になってくるのだ。
他にも、キャラクターの社会的な立場を数値化した名声値などがある。
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[名前] アルヴィン=ヤツシロ
[LV] 1
[生命力] 38
[精神力] 49
[スタミナ] 36
[筋力] 8
[魔力] 8
[体力] 8
[敏捷] 8
[器用] 8
[幸運] 20
[名声値] 0
[特性] 【人の和】 【幸運の星(五等星)】
____________________________________
なんという微妙なステ。
しかし、なんでこんなに幸運偏重?
人間種って平均的な能力が売りじゃなかったっけ?
…………ん、そうか。
種族で混血を選んだのが原因だ。
どんな種族の血が入って、こんなに運に偏っているんだろう。気になる。いつか親の血筋を判明させたいものだ。
ところで、この特性というのはなんだろう。
情報ウィンドウの【人の和】という名称に触れてみると、詳細が表示された。
【特性】人の和
人間種は、全人類と仲良くできる才能があります。
あなたが誠実であれば、どんな相手でも心を開いてくれることでしょう。
【効果】
コミュニケーション時、あらゆる種族に対し、警戒度に若干のマイナス補正。
コミュニケーション時、あらゆる種族に対し、好感度に若干のプラス補正。
……なるほど。これは、どうやら人間種の固定能力みたいだ。
となると、【幸運の星(五等星)】もそうか? いや、どう考えても違うだろうな。幸運関係だから、人間種じゃない方の親の特徴だろう。
これって、役に立つ特性なんだろうか。(五等星)というのが、そこはかとなく期待できない匂いを漂わせているけど。
一応、調べておこう。
【特性】幸運の星(五等星)
幸運の星が、あなたの頭上に輝いています。
光が強ければ強いほど、あなたはあらゆる場面で偶然に助けられることになるでしょう。
【効果】
あらゆる判定での失敗時、5%の確率で成功確率33%の再判定が発生する。
戦闘時、クリティカル判定に+3%。非クリティカル判定に-3%。
んん? この特性は……ちょっと、面白いんじゃないか?
特に、判定失敗時に再判定が入るという部分だ。
あらゆる判定、と書かれているが、【ロスト】の世界は、ゲームの世界。デジタルな世界なのだ。
例えば、命中やクリティカルといった戦闘での判定。
例えば、鍛冶や調合といった、生産スキルでの成否判定。
真実、何がどこまで「あらゆる」なのかは不明だが、こと俺に関しては、万が一、なんて低い確率とは疎遠な存在になるということだ。
どんな可能性でも期待値で1%以上あるのだ。数字にすると百分の一。
万が一ですら、百倍の確率で成功してしまえたら、もはや奇跡の叩き売りだ。
そう考えると、これはかなり有益な特性だ。
……ステータスを考えると、プラスマイナスゼロになっている気もするけど。
幸運特化で、俺にどうやって冒険しろと言うんだろうね。
全体的に弱体化した器用貧乏とか、マゾすぎる性能だろ。そういう遊びはは、全クリしたゲームで制限プレイするときにやるもんじゃなかろーか。
俺が自分の初期ステータスについて、喜ぶべきか嘆くべきか悩んでいると、隣から脳天気な声が響く。
「あれ? あたし【名声値】が-330だって」
なんだか彼女は楽しそうにそう言った。それが大きいのか小さいのかわからないが、楽しめるものじゃないと思う。
「……俺の【名声値】は0だな。デスペナじゃね?」
「あたしもそう思うわ。んー、敏捷重視なステータスだわ。全種族の、ステータスの違いとか知りたいなあ。……あっ、ねえねえ! こんなのがあった!」
「こんなのって?」
ステータス画面は、プライバシー保護の理由からも可視、不可視と切り替えることができるのだが、彼女のステータス画面が可視状態になったので、見ていいのだと判断して遠慮無く覗く。
まだ初期装備でレベルも上がっていない状態で知れるのは、せいぜい名前くらいのものだろう。
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[名前] めめんと=もり
[LV] 1
[生命力] 64
[精神力] 30
[スタミナ] 92
[筋力] 12
[体力] 13
[魔力] 2
[敏捷] 18
[器用] 8
[幸運] 7
[名声値] -330
[特性] 【野性】 【獣化】 【暗視】 【身軽】 【柔軟】 【魔法非才】
[称号] 【常識外れ】
____________________________________
目に入った彼女の名前は、ひらがなだった。
「めめんと=もり?」
メメント・モリ。
何語だったっけ。ラテン語? フランス語? 確か意味は、死を忘れるな、死を記憶せよ、とかいう意味だった気がする。
「もり、を漢字で『森』にしようかどうしようか、最後まで悩んだわ」
「頭悪そうな名前だな。略してメモリと呼ぶことにしよう」
「好きにしなさいよ。そんなことより、ここよ、ここ」
と、彼女がウィンドウを指差す。
彼女が指差したのは称号の部分。
【称号】常識外れ
あなたの常識に囚われない行動は、良くも悪くも人々の耳目を集めます。
少しくらい落ち着いた言動を心掛けてもいいのでは?
【効果】
名声値の変動の、上昇値、及び下降値に、10%の補正を加える。
【解除方法】
本(冒険者のマナー100選)を読破する。
「……うん、俺には称号がない。聞くけど、称号を確認したのは今が初めてか?」
「そうよ」
「と、いうことは、キャラ作成時にランダムで貰えたのか、そうでなければ」
「身投げした時に称号獲得したのかもね」
それは確かに常識外れと呼ばれるにふさわしい。うん、間違ってはいない。
しかし、船からダイブするだけで得られるとか、安い称号もあったもんだ。しかもデメリットがあるとはいえ、数値変動に10%プラスとか、地味に効果が高いと思うし。
「【名声値】の-330、30は補正の分って考えていいよな」
「じゃあ、あたしが死ぬ前にはこの称号を持っていたことになるわね」
「飛び降りで称号獲得できるのは確定かあ……」
微妙な気持ちになる俺とは裏腹に、メモリは称号を得られたことが嬉しそうだ。
「解除方法って書いてあるけど、称号って自由に効果のオンオフを選べないのか? 解除に手間がかかる分、解除イコール消滅な気がする」
「どうだろ。ヘルプメニュー見てみたんだけど、未実装で使えなかったし。ステータス画面もあちこち触ってみたけど、【称号】はいじれないみたいよ。持っている限り効果はあるみたいだから、パッシブスキルと思えばいいのかしら」
「そういうシステムなら、複数の称号が持てないと辛いなあ。消さないと新しい称号手に入らないとかだったら、称号の取得方法を探したりしなきゃいけないし、面倒くさすぎるぞ」
「この、冒険者のマナー、っていう本は売ってるのかしら?」
「かもな。もしくは、図書館みたいな施設があるのかも」
うーん、と二人で顔を付き合わせて悩む。
二人で予想を話し合ったり、情報ウィンドウで確認できる項目の確認などしていくうちに、待ち時間はあっという間に過ぎて、俺たちは展望台にたどり着いた。
高所に立つことで海面が遠くなり、視界に広がる海がより一層大きく見える。混雑しているせいでゆっくりと風景を楽しめないのが残念だが、これはこれで観光気分に浸れるからよしとしよう。
「あっ! あれが新大陸じゃない?」
「おおっ、そうだな。あれかー」
船の進行方向に、親指の先ほどの大きさの陸地が見えた。さすがに小さすぎて、まだ到着までしばらくかかりそうだなあ、としか思えない。もっと近づいて陸の形が分かるようになれば、もっと盛り上がるんだけどなあ。
展望台から見えるパノラマは素晴らしいが、後ろを見ると、大樹のように伸びるマストと、その巨大な船体も一望できて、なかなかの迫力があって見ごたえ十分だ。
「それにしても、あの銅像はなんなんだ。気になる」
展望台のど真ん中、俺の身長くらいある台座の上に、三メートルほどの銅像が置かれていた。三つ叉の矛を右手に、水差しを左手に持った、顎髭で顔の下を覆った男性の像だ。肩から布をまとうだけの姿だが、肩から伸びた腕は筋肉で盛り上がり、胸板も分厚く作られていた。
「なんか立て札あるわよ。像の由来でも書かれてるんじゃない? 見に行きましょ」
近づいてみると、像の台座に打ち付けられたプレートに【雨と海の神ネリオスの像】と書かれているのがわかった。
「海神? ポセイドンのパクリか」
「いいえ、ネプチューンよ、きっと」
身も蓋もないことを二人で言い合う。
「なんであんな像があるんだろうな?」
「験担ぎとかじゃない? ほら、船乗りは迷信深いとか言うし。船に女を乗せたら嵐にあう、とか昔は信じられていたらしいわよ」
「あー。船の守りにフィギュアヘッドを作ったり、とか?」
でかい銅像立てておけば守って貰える気になるもんな。そういう細かい設定まで考えて作ったのなら、ゲーム制作側の徹底した仕事ぶりに賞賛を送りたい。
「あ、双眼鏡が空いてるわ!」
展望台といえばおなじみの、お金を入れて動く真っ白い双眼鏡。メモリは目ざとく人の切れ間を発見し、駆けていくと文字通り双眼鏡に飛びついていた。
あの双眼鏡、現実と同じく有料なのか? ……あ、なんか入れてるみたいだ。やっぱり有料か。そういえば、初期デフォルトで所持金が1000GRあったな。
あいつはあいつで楽しんでいるみたいだし、俺は俺で、銅像の横にある看板に書いてあるであろう設定を読むことにする。
えーと、何々。
【ネリオス様と船乗りの願い】
新大陸の近海には、そこを縄張りとする巨大な海の魔物が住み着いている。
新大陸付近を航行する何隻もの船が、その魔物に襲われ鎮められた。
困り果てた船乗りたちは、救いを求め海の神に祈った。
すると、とある船乗りに、天啓が下ったのだ。
自分を模した銅像を乗せなさい。そうすれば、強大な存在から船を守ってあげましょう。
お告げを信じた船乗りは、私財を投じて立派な銅像を船に乗せた。
そして、船は海の魔物に襲われた。しかし、その銅像を乗せた船は、海の神が守護し、見事に魔物を撃退、無事に目的地にたどり着いたのだった。
それ以来、新大陸間の航路を行く船には、海神の銅像を乗せていくことが慣例になったのである。
「なるほどなあ」
他にも看板には、海神の信者になると乾きとは無縁になるとか、槍を武器として戦う者に祝福が与えられる、など書かれている。つまり、海神の信者は槍を装備するとボーナスがつくんだな、とシステムナイズな考え方で理解。乾きと無縁、という部分はいまいち理解できないが。
「神様が実在する世界か。しかも、実際に守って貰える実感があるっていうのは面白いな」
神にすがったらフレキシブルに救いの手が伸ばされるなんて、現実の宗教じゃ考えられない。さすがファンタジー。さすが空想世界。
「いつか神様の実物が見られるのかもな」
例えそれが作り物だとしても、神という信仰対象とコミュニケーションが取れるという世界観が実に興味深い。雨と海の神だという銅像を見上げ、俺はいつか来るであろう未来を楽しみにした。
ギロリ
「………………」
なんか、銅像の目が動いたような気がした。
ははは、まさかそんなことがあるはずがない。自分の勘違いを笑う。
ジィーーーーーーーーー
というか、現在進行形で目が合ってる。
怖っ! 銅像動くの怖っ! ちょっとしたホラーなんて目じゃねぇぞ!
「ノーノーノー。俺、楽しみ、未来。今、違う」
思わず言い訳して後ずさる。うわっ、動揺しまくってるな俺。片言になってるのを自覚してるのに口調を直せない。
唸る野良犬と相対した気分。目を逸らしたら飛びかかれるような緊迫感。神様を犬に例えるとか、知られたらバチとか当たるのだろうか。
なんでこんなことに。俺、何か悪いことしたっけ?
心底逃げ出したいのに、銅像と見つめ合うのを止められないという最悪な罰ゲームが続いていく。
と。
銅像が、
「浮いたーっ!?」
そして、首を船の進行方向から見て右へと向け、
「飛んだああああああああああああああああああああああ!!!???」
銅像が動き出すという、あまりに脈絡のない異変に、俺は思考を放棄していた。
銅像の異変に気付いていた、他のプレイヤーたちからも驚きの声が上がった。みんな銅像の飛んでいった方向を視線で追っている。
次第に小さくなっていく銅像の周囲に、紺色のもやのようなものが集まるのが見えた。もやがどんどん集まっていき、濃密な塊になっていく。
銅像はそれに矛を突き刺し――海面へと投擲した!
――――ドォォォン
海面がはじけ飛び、巨大な水柱が立った。遠雷のような、重い響きが後から届いていた。
水柱が重力に引かれ形を崩していくと、
「蛇……?」
まるで水柱の中から現れたかのように、蛇のような生き物の姿があった。
遠目にもはっきりと見える太く長い胴。海面からかなりの高さまで昇って言っているのに、まだ尾の先が見えないほどに長い体。
あの銅像が動き出した理由は、おそらくあの魔獣に攻撃をするためだろう。
どうして、動く銅像などという異常現象が、わざわざ攻撃をした? その理由は?
俺の疑問は、すぐに解答が得られることとなる。
大蛇が、吼えたのだ。
キィィィィカァァァァァァァァァァァァァァア!
それは、身の毛もよだつ、咆吼だった。
まるで肌を掻きむしられるかのような痛みと、背筋を凍らされて砕かれるような怖気。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
アレの近くにいたくない!
ただ、その声を聞いただけで理解した。してしまった。
あれは、人が出会ってはいけないものだ。
敵対してはいけないものだ。
怖くて逃げ出したいのに、ここは残念ながら船の上。
逃げ場などない。船内に隠れても安心できない。アレに襲われて、船が無事だという未来が想像できないのだ。
逃げられないなら、戦うか?
はっ、冗談。あんなのと敵対するぐらいなら今すぐ首掻き斬って自殺する方が気が楽だ。
どうする、どうすればいい?
「そうだ! ログアウトすれば逃げられ――」
――ログアウト?
はっとする。
ここは、ゲームの世界じゃないか。
仮想空間での戦闘が現実の肉体に影響があるわけがないのに、何を本気で命の危険を感じているんだ。
正しく現状を理解し、緊張していた四肢から力が抜けた。
俺一人だけがあんな怖い想いをするのは不公平だ。展望台にいるプレイヤーに、俺と同じ気持ちになった仲間はいないのか、照れ隠しと負け惜しみからさり気なく探してみる。
俺の周囲にいるプレイヤーの見る顔見る顔、真っ青になって額に汗を浮かべながら、海の向こうの大蛇を食い入るように見つめていた。
ああ良かった。怖がってたのは俺だけじゃなかった。仲間が一杯だ。
って。
洒落になってねえよ!
あんな鳴き声一つで、これだけの大人数を恐怖のどん底に落とすとか、どんなモンスターだよ。いや、ただのモンスターであるはずがない。間違いなくボスクラスだ。
あれだけ恐ろしい存在だということが、逆説的に正体を教えてくれた。
つまり、だ。
あの大蛇こそ、先ほど銅像の横にあった立て札に書かれていた、新大陸の近海で幾隻もの船を沈めた海魔であり。
海魔に先制攻撃をしたのだと分かる銅像は、まさしく雨と海の神ネリオスが船を守るために現界した姿なのだろう。
ネリオスは、大蛇が船に近づこうとしない限り、攻撃するつもりはないようだ。大蛇と船の間の空間に浮かびながら、じっと警戒を続けている。
そんな神の姿をあざ笑うかのように、大蛇はその長い体を波立たせ、ゆっくりと見せつけるようにして、海中からその全身を引きずり出した。
まず、驚くのがその大きさだ。
百メートル以上は離れているはずなのに、銅像の元の大きさを間近で確認しているおかげで、海魔の長大さが嫌でも理解できた。
銅像と蛇型魔獣の大きさと比べると、ハツカネズミとニシキヘビほどになるだろうか。
……あんなデカブツに襲われたりしたら、今乗ってる大きさの船でもあっさり沈むわ。神頼みしたくもなるってもんだ。
桃色の派手なたてがみを持ち、体には棘を帯のように幾重にも巻き付けているのが見える。体表の鱗は、太陽の光を反射してぬらぬらと輝いていて、表皮が蠢いている様が遠目からでもはっきり分かった。
大蛇の巨体が、ゆらゆらと左右に揺れる。
ネリオスの宿った銅像は、泰然自若と静止している。
そして。
大蛇が、人など軽々と丸呑みできるほどの大口を開き。
銅像へ向かって飛びついた!
ドゥッ!
ネリオスが三つ叉の矛を一閃し、自分の数倍も大きいであろう大蛇の頭を叩いて弾く。
しかし、弾かれた頭の勢いをそのままに、大蛇は全身し、尾をしならせて銅像を叩く!
今度は、銅像が海面に叩き落とされた衝撃で、巨大な水柱が立ち上った。
近海の主とされる大蛇は、銅像には見向きもせずに、最初からの目標であろう航行を続けるガレオン船――つまり、こちらに向かって直進してきた。
ぐんぐん近づいてくる巨体に、このままあっさり沈められるのでは、という嫌な想像をするや否や、再び海面が破裂。
海中から飛び出してきた銅像が、大蛇の下あごに体当たりをし、再び大蛇の体をはじき飛ばした。
大きく仰け反るようにして、大蛇はようやくこちらへ向かうのを止めた。ゆっくりと鎌首をもたげ、船を守るために立ちはだかる銅像に、顔を向けた。
そして。
双方が飛び出した。
体当たり。はじけ飛ぶ。
殴る。体をたわませる。
体当たり。吹き飛ぶ。
殴る。海面に落ちる。
ズガァン、ズドォン、と離れているのに体に響く勢いでぶつかり合っている迫力に、恐怖に硬直していたプレイヤー達が驚きによって解放された。
どよめく展望台のプレイヤー達の中で、
「きゃー! すごーい!」
一人だけ喜色満面の声を上げている奴がいた。あの豹女はこんな時でもブレないなあ。あいつを見ていると、このイベントを楽しめないのがもったいなく思えてくるから不思議だ。感化されてるのだろうか。
銅像と巨大蛇の戦闘を、それでも展望台にいるプレイヤーのうち、十分の一ほどは、楽しそうに見物しているようだった。これがゲームだと割り切ってしまえば、あの戦闘もイベントシーンの一つだと理解できるのだろう。
危機感を盛り上げるかのように、NPC船員たちにも動きがあった。
「お客様に申し上げます! 本船は魔獣の襲撃を受けており、ネリオス様の加護があるとはいえ、安全のために船内から出ないようにお願いします! 他の魔獣の襲撃があった場合でも、甲板や展望台が戦場となるため、非常に危険です! 船内は安全ですので、皆さん避難してください!」
船室に続く階段から駆け上がってきた船員が、大声で告げた。
船員が一人姿を見せると、続けて二人、三人と姿を見せはじめ、口々に避難誘導のための言葉を叫びだした。
「皆さん! 慌てず落ち着いて、しかし急いで避難してください! 外へ出ないで下さい! 船内は安全です!」
プレイヤーたちは、その言葉を聞いても、すぐには動き出さなかった。誰も動いていないから。集団心理が働いて、他人と違う行動を起こすのに消極的になっているのだ。
そんな間にも、切羽詰まったNPC船員は避難を叫ぶ。
そしてようやく、そんな声に背中を押されるように、一人、展望台から階段を降りていくと、その後に続く人の流れができあがっていく。
避難するプレイヤーを横目に、俺はどうしようかなあ、と考える。大蛇と神の派手な戦闘は、なかなかの見物なのだ。見逃すには惜しい。
そんな時。
「伏せろっ!」
誰かはわからない。
若い、少年らしき年齢から出た、年齢に不相応な鋭い声。
ほとんどのプレイヤーは反応できない。いや、反応しようとしなかったのだろう。
「っ」
俺は、望遠鏡に齧り付いていたメモリが弾けるようにして伏せたのを見て、自然と指示に従っていた。
ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ
「がっ!?」
耳から腕を突っ込んで脳みそを直接握られてブン回されるような振動に、俺は耳を押さえて我慢することしかできない。
いってぇ! 頭いってぇ! なんだこれ!?
例えるなら、雑巾を絞るように脳味噌から水分を取りだされている具合。
スリルやリアルさを求めるならこんな苦痛もエッセンスになるが、娯楽を求めるゲーマーには間違いなく不評な要素になるだろう。そして、俺は自分で自分を追い詰めるのは苦にならないが、他人から殴られる痛みは大嫌いなタイプである。
頭の内側から響く鈍痛に苦しみながら、痛みのフィードバックの容赦の無さに、今後の冒険者生活が憂鬱になる。
甲板の板床の上で苦痛に身悶えしているうちに、振動は収まった。
振動の余韻が目眩のように俺の三半規管を狂わせている。
しかし、視覚に問題はない。その無事な視力が、周囲の状況をしっかりと俺に理解させた。
ほんのわずかな間に、展望台にいたプレイヤーたちは二種類に別けられていたのだ。
その二つとは。
頭があるプレイヤーと、頭がないプレイヤーだ。
「うげぇ」
痛む頭を支えながら、首のない死体が林立している様子を眺める。直立した死体の密集している様子というのは、ちょっとした地獄絵図だ。
そのあまりの凄惨さに、見ているだけで心と体、双方から吐き気がしてくる。
幸いなのは、死体から血が一滴も流れていないことだろう。倫理コードに触れるグロさは排除されている。排除されていて、こんな悪夢の光景、というのは閉口せざるをえない。
やがて、首のない死体は色褪せて灰色になっていき、まるで壁画が剥がれ落ちるように、パリパリと体が崩れていく。地面に落ちて、粉々に砕け、塵よりも細かくなって消えていく。
死体が次々に崩れていくその様子は、幻想的ですらあった。
死亡したキャラクターは、こんなエフェクトで消えるのか。生々しさの欠片もない様子に、俺はほっとしていた。死に様までリアルさを追求されなくて良かったと、心の底から思う。グロいの苦手。
そうして、展望台に残った人影は、俺を含めて五つだけだった。
伏せていた体を起こし、その場にあぐらを組んで座る。頭の痛みがちっとも取れなくて、立ち上がる気になれない。
「ここには、百人以上いなかったか……?」
頭痛からの逃避に独り言を呟くと、期待していなかった返答があった。
「危険に対して悠長に構えていると死ぬ。ゲームとはいえ、当然だな」
俺の呟きに、すぐ横で倒れていた生き残りが応えた。金髪の髪と長い耳を持つ美形の男性。おそらくエルフ族のプレイヤーだ。仰向けになって額を押さえている。おそらく俺と同じように、頭痛に悩まされているのだろう。
「うわー、甲板に出てたプレイヤーも全滅くさいよ」
展望台から甲板を眺めて、のんきな声で洒落にならない報告をするメモリ。
その言葉を聞いたのだろう、四つんばいになって呆然となっていた少年が、飛び跳ねるように立ち上がると、甲板が見える位置まで駆けだした。
立ち止まり、五秒ほどじっと見つめた後、がくりと肩を落とした。
「百メートル以上先からの攻撃で根こそぎとか、あのバケモノどんだけ殺る気まんまんなんだよ。いくらレベル上げても倒せる気がしねー。無理ゲーくせー」
腕と足に羽毛を纏わせた、おそらく獣人種鳥族の少年が、遠くにいる海魔を睨みつけながらぼやいている。その聞き覚えのある声に、警告を発したは彼だと確信する。
頭の痛みは取れないが、我慢すれば話せるくらいに収まってきていた。
俺が生き残れた理由の半分は、彼のおかげだ。感謝の気持ちを伝えたい。
「あんたが声かけてくれたおかげで、助かった。ありがとう」
「ふん」
鼻を鳴らして尊大な態度を見せる少年だったが、口元が嬉しそうにほころんでいるのが見えた。このツンデレめ、と思えば彼の態度に腹も立たない。
「どうして、危ないってわかったんだ?」
初見であの見えない攻撃を見切れた理由が知りたい。
「ん? ああ、あのでっかい海蛇モドキが、大口開いただけで、神様吹っ飛ばしてんのが見えたからな。で、海蛇が神様吹っ飛ばした途端にこっち向いて口開いてたら、ヤベーに決まってんだろ」
「そうだったのか」
危ない、と思っていても、俺だったら警告しようなんて考えもしなかったな。無意識に、神様の銅像と近海の主の戦いは、ゲームのイベント、盛り上げるための見せ物だと信じ切っていた。
そろそろ、頭を切り換えてゲームだからという決めつける考えをなくさないとな。俺が反省していると、ぶつぶつと独り言を呟いているのが聞こえてきた。
「展望台で伏せたら助かったのに、甲板で全滅って、高さは違うのにどういうことなんだろう? あの攻撃の攻撃範囲と命中判定が知りたいなあ」
身長が一メートルほどしかなく、背中から半透明の羽が生えている少年が自分の思考に浸っていた。柔らかな栗毛と幼児独特の無垢な顔に反して、表情は思慮深さが伺えて、なんともアンバランスだ。
特徴からして、フェアリー族と思われる人物に、さっきから俺の視界に入っている、分かりやすい解答を教えてやる。
「ちょっと後ろ振り返ってマスト見てみな」
「はい? ……はい?」
フェアリー族の人は、それを見た瞬間、唖然とした顔で固まった。
塔のようにそびえ立っていたマストは、半ばから先が消滅していた。プレイヤーの大半を消滅させた、大蛇の謎の攻撃によるものだろう。消えている部分は、展望台から見上げるような高さにあることから見ても、攻撃範囲に高さと位置が関係していないのは間違いない。あんなに大きかった帆もズタズタに切り裂かれ、切れ端が残っているという有様だ。
「おそらく、攻撃を受けた時の姿勢が関係しているのではないか? 高さだけが問題なら、何故、背の低いフェアリー族が、彼以外に生き残っていない? 背の高さはバラバラなのに、死んだプレイヤーは皆、どうして頭部のみを失っていた?」
「あー」
「なるほど、立っているのがマズかったわけですね」
エルフの言葉に、他のメンバーが理解の色を示す。
未だ立ち上がれない俺と、体を起こそうともしないエルフ。他の元気な三人は、俺たちの周囲に集まって車座になるように座っていく。
それにしても、本当に、妬ましいくらいに、他の三人は元気そうだ。俺とエルフは、すぐに動けないというのに、あの脳みそシェイクは、種族によって耐性でもあるのだろうか。
「あの海魔の謎攻撃を、頭がパーンブレスと名付けましょう」
「おいばかやめろ」
元気だなあ、こいつら。
態度に余裕を見せる面々だったが、誰も彼も意識は暴れ回っている大蛇と銅像へと向けていた。
だって、銅像押されてるんだもの。
戦場がじりじりこっち近づいてきているんだもの。
はじめて乗っているガレオン船の威容を見たとき、船旅をするのにこれほど海難事故の心配をせずにすむ船はないだろう、と安心しまくっていたのになあ。
うん、襲われたら沈むね。確実に。
それに加えて、大蛇の咆吼もある。兆候を見逃せば、次こそ死ぬ。それに、遠距離からの攻撃方法が、一種類だけとは限らないのだ。警戒せずにはいられませんとも。
所詮ゲームの死とはいえ、痛みはあるし、生々しい魔獣の咆吼など、迫力だけで怖気が走るほどだ。
どこにいても、船が沈めばお終いだ。しかし、せめて船室にいれば、いくらか恐怖も薄れるだろう。
「お前らは、逃げないのか?」
なのに、誰も展望台から降りようともしない。
「なんか負けた気がするからイヤ」
「せっかくだし、神様と蛇のどちらが勝つかを見届けたいです」
「別に。なんとなくいるだけだ」
「……頭が痛い。動く気になれん」
四者四様の答えが返ってきた。みんな物好きだなあ。……エルフの人は例外だけど。
「あんたは?」
「せっかくのイベントなんだから、最後まで参加したい」
戦闘なんて出来ないだろうけど、いるだけなら。
現実なら、絶対にこんな事を言わない。俺は、危険からは遠ざかる性質である。
石橋は叩いて叩いて叩いて渡る。藪があっても絶対につつかない。転ばぬ先の杖を常備しているような人間だ。
だから、ゲームの中では、普段では出来ないことをしたくなる。理屈や効率よりも、その場の感情を優先して行動していきたい。これも一種の変身願望だろうか。
特に今、俺の目の前にはその典型であるメモリがいるのだ。つい、その行動を目で追ってしまう。可能であればついていきたくなる。
この場に残った五人は、それぞれの顔を見回して、自然と口元をほころばせた。
即死範囲攻撃を回避して生き残った者同士、なんとなく連帯感のようなものを芽生えかけさせていると、誰もいなくなっていたはずの甲板がにわかに騒がしくなってきた。
「急げ急げ! 気合い入れて押せ! さっさと搬出をすませろ!」
「抜剣隊整列! 剣士組は砲の搬出を手伝え! 弓士組は五人一組で配置につけ! 配置場所は弓限定パターン3! 魔法士隊は全員魔導砲の給弾要因として、船砲隊の指示に従え!」
階下で人の気配が増え、鋭い声が飛び交いだす。
俺たちは顔を見合わせた。
「なんだ?」
「プレイヤー? いや、船員かな」
様子を見ようとメモリはさっそく腰を浮かしていたが、階段を駆け上がるドカドカと乱暴な足音が続き、すぐに皮鎧を身に纏った十人ほどの姿を確認した。
向こうも、俺たちを発見する。
「はっ――――」
先頭に立っていた人物は、息を切るように一瞬言葉に詰まった後。
「――――発見! 生存者発見!」
甲板で作業していた船員達が、驚愕にどよめいた。
「なにっ!? 生き残りだとぉ!」
「すげえ! 海王の“首狩りの咆吼”をしのいだ奴がいたってのか!」
船員たちまで騒ぎ出しているのを聞いて、俺たちは顔を見合わせた。
「ひょっとして、即死イベントだったとか?」
「いやあ、即死イベントにしては温いと思いますよ。現に警戒していた僕は、彼に言われるまでもなく自発的に伏せてましたしね」
「なんて自慢げな! くっそー、くやしい! あたしだって油断してなきゃ……!」
「ンなことで張り合うなよ、うっとうしい」
「……これはあれか。頭の痛む私の周りで騒いでじっくりと痛めつけるという、婉曲な嫌がらせか」
俺たちはマイペースに盛り上がっていた。緊張感が続かないのは、やはりこれが命の危険がないゲームだからだろう。
のんびりしている俺たちに、船員は慌てた口調で警告してくる。
「とにかく、お客さんはさっさと避難してください! いくら生き返られるからって、無闇に死にたくはないでしょう!」
なんて直裁な物言いをなさる。
死んでも生き返るのは本当だけど、NPCが普通にそういうこと言うのか。これはシステム面からの発言なのか、それとも復活のメカニズムがきちんと世界の設定にあるのか。気になったので訊ねようとしたのだが、
「ちょっと待ってよ! あたしは逃げる気なんてないわよ! ここで戦うわ!」
メモリが食ってかかっていってしまって、質問のタイミングを逸してしまった。
と、いうか。
「ここに残るのは賛成。戦うというのなら、止めはしない。が、どうやって戦う?」
神の宿った銅像と、海の王とされる魔獣の戦闘は未だに続いている。ぶつかり合う度に海面が波立ち、蛇がビームのような鉄砲水を吐き出して、それを銅像が槍を振るって真っ二つに割ってみせたり。
……特撮?
「見るからに無理くさいんですけど」
あれは見る物であって、混ざる物じゃない。
「我々では逆立ちしたって海王を倒せませんよ。ネリオス様が少しでも戦いやすいよう、援護をするのです」
俺たちが避難するのを待っていた海兵が、神妙な顔で教えてくれた。
それにしても、海王とは。まさしくボスモンスター向きな名前だな。
「しかし、援護って……。ダメージ通るのか?」
「通りますが、船に積んでいる弓では無理ですね。では砲弾を、といったところで、海王は回避と防御の能力が高く、百発打って一発当たるかどうか、といったところです」
「ダメじゃん」
「ダメではありません。ダメージにならずとも、気を引くことはできます。注意をこちらに向けて、その隙をネリオス様に突いてもらうのです」
こっちに気を引くって……。
大蛇から逃れるために、大蛇に狙われなきゃならないと?
イベントだとかお約束だとかガン無視で、大蛇に船を沈められそうだ。
「そんなことが本当にできるのか?」
「できなければ、我々はみんな魚の餌になるだけです」
うーわー、そんな情報は知りたくなかった。それは明らかにフラグだろ。
船の無事はプレイヤーの頑張り次第と言っているようなもんだぞ。
ちょっと、やる気を出さないといけない気がしてきた。
「よーし、ぜったいに斬ってやるわ!」
こっちはこっちで、最初からやる気満点だし。
まあ、その脳天気さが、今は頼もしいんだけどね。
それにしても、彼女の脳筋思考は何なんだろう。
「なんでメモリはそんなに近接戦闘をしたがるんだ。というか、あんな空飛んでる蛇に、どうやって斬りかかろうっていうんだ?」
「せめて一太刀!」
わけがわからない。とにかく意欲だけは伝わってくる返答に、俺は彼女の考えを知る努力を放棄した。
「じゃあ、一太刀はいいよ。で、太刀はどこにある」
初期装備は身に纏っている衣服のみ。所持品に武器なんぞ、ない。
「人手不足なので、防衛を手伝ってくださるのでしたら武器は貸し出しますよ。そちらのお嬢さんは、剣でよろしいですか? 海に棲息する魔獣は多数存在しますし、海賊だっていますので、剣や鈍器も備えがあります」
さらりと言う船員。
「マジすか」
「よっし!」
うわあ、なんか満面の笑みでガッツポーズしてるよこの娘さん。
「それでは、協力してくださる方には武器をお貸ししますから、ついてきてください」
「はーい!」
海兵と、メモリが歩いていくのを見て、残りのメンバーも腰を上げていく。
「……じゃ、俺、弓借りてくるか。弓使い志望だし。ここで練習しときてぇ」
「あんな大ボス相手に練習というのも贅沢な話ですね。あ、僕は大砲撃ってみたいので、砲兵としてお手伝いします」
「魔導砲というのが、一番体を動かさずに済みそうだな……」
三人とも、すぐに自分の戦う手段を決めていく。もはやイベント終了まで寝たきりかと思えたエルフの人までが、ゆらりと体を起こしていた。まだ頭が痛むのか、顔をしかめているけど。
俺の方は、すでに頭の痛みは消えている。
立ち上がり、ため息をつき、大蛇を睨み付けて戦意を振り絞る。
「それじゃ、神のご加護とやらに期待して、やるとしますか」
気合いを入れ、俺は戦う覚悟を決めた。