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アヒルの箱庭  作者: 倉木元貴


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第5話

 その夜、凛はなかなか眠れなかった。

 部屋の灯りを消しても、瞼を閉じても、胸の奥がざわついている。

 昼間の園長の言葉が、何度も頭の中で反芻されていた。


 ――君は特別なんだよ。

 ――もうすぐだから。


 その言葉は優しいはずなのに、どこか冷たい影を落としていく。

 凛は布団の中で身を縮め、アヒルを胸に抱きしめた。


 アヒルの温度が、じんわりと胸の奥に広がる。

 その温度だけが、凛を現実につなぎ止めているように感じられた。


「……眠れない」


 呟いた声は、暗い部屋に静かに落ちた。

 窓の外では、海風が建物の壁を撫でるように吹いている。

 遠くで波が砕ける音が、かすかに聞こえた。


 その音は、凛にとって“外の世界”のものだった。

 自分とは関係のない、遠い場所の響き。


 ――ここにいるよ。


 胸の奥で、声が囁いた。

 凛は息を呑む。


「……声?」


 返事を待つように、凛は静かに耳を澄ませた。

 けれど、耳では何も聞こえない。

 ただ、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 ――だいじょうぶ。

 ――ひとりじゃないよ。


 その声は、まるで凛の心に直接触れてくるようだった。

 優しくて、柔らかくて、誰よりも自分を理解してくれる声。


 凛はアヒルを抱きしめ、目を閉じた。


「……ありがとう」


 その瞬間、胸の奥がふっと軽くなる。

 まるで、声が自分の内側を整えてくれるような感覚。


 布団の中で、凛はアヒルの白い頭を撫でた。

 その表面は、木彫りとは思えないほど温かい。

 指先に触れるたび、胸の奥にじんわりとした安心が広がる。


 ――泣かないで。


 声が囁いた。

 凛は驚いて目を開けた。


「……泣いてないよ」


 そう言いながら、頬に触れると、指先が濡れていた。

 自分でも気づかないうちに、涙が流れていたらしい。


 ――だいじょうぶ。

 ――ここにいる。


 声が触れるたび、凛の胸の奥が温かく満たされていく。

 その温度にすがるように、凛はアヒルを抱きしめた。


「……どうして、こんなに苦しいんだろう」


 呟いた声は震えていた。

 凛は自分でも理由がわからなかった。

 園長の言葉が怖かったのか、子どもたちの無邪気な視線が痛かったのか、

 それとも、自分がどこかで“壊れかけている”ことに気づいているのか。


 ――苦しくないよ。

 ――ぼくがいるから。


 声が優しく触れる。

 その瞬間、胸の奥の痛みがすっと薄れていく。


「……うん。いるよね」


 凛はアヒルの白い頭に頬を寄せた。

 その温度が、まるで誰かに抱きしめられているように感じられた。


 ――ずっと、そばにいるよ。


 その囁きは、凛の心の奥深くに染み込んでいく。

 凛は目を閉じ、静かに息を吐いた。


「……ありがとう」


 その言葉は、涙に濡れていた。


 部屋の中は静かだった。

 外の風の音も、波の音も、遠くに消えていく。

 凛の世界には、声だけが残っていた。


 ――眠っていいよ。

 ――ぼくがいるから。


 その囁きに導かれるように、凛はゆっくりと瞼を閉じた。

 胸の奥のざわつきが、静かに溶けていく。


 アヒルの温度が、凛の心を包み込む。

 その温度は、まるで“生きている”ように感じられた。


 凛はその温度に身を委ね、静かに眠りへ落ちていった。


 そのとき、アヒルの白い表面が、ほんのわずかに脈打った。


 凛は気づかない。

 ただ、声だけを信じて眠りについた。


 夜は深く、静かだった。

 施設全体が眠りにつき、廊下の灯りは最低限の明るさだけを残している。

 凛の部屋の窓からは、月の光が薄く差し込み、床に淡い影を落としていた。


 凛は眠っていた。

 けれど、その眠りは浅く、どこか不安定だった。

 胸の奥に沈んだざわつきが、夢と現実の境界を揺らしている。


 ――凛。


 声がした。

 はっきりと、耳ではなく、胸の奥で響く声。


 凛はゆっくりと目を開けた。

 部屋は暗い。

 けれど、声だけが鮮明だった。


「……声?」


 凛は布団の中で身を起こし、アヒルを抱きしめた。

 アヒルの白い表面は、月の光を吸い込むように淡く輝いている。


 ――起きて。


 その囁きは、まるで凛の心に直接触れてくるようだった。

 優しくて、柔らかくて、誰よりも自分を理解してくれる声。


「……起きてるよ」


 返事をした瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 その温度が、凛の不安を静かに溶かしていく。


 ――泣かないで。


「……泣いてないよ」


 そう言いながら、凛は頬に触れた。

 指先が濡れていた。

 自分でも気づかないうちに、涙が流れていたらしい。


 ――だいじょうぶ。

 ――ここにいる。


 声が触れるたび、凛の胸の奥が温かく満たされていく。

 その温度にすがるように、凛はアヒルを抱きしめた。


「……どうして、こんなに苦しいの?」


 呟いた声は震えていた。

 凛は自分でも理由がわからなかった。

 園長の言葉が怖かったのか、子どもたちの無邪気な視線が痛かったのか、

 それとも、自分がどこかで“壊れかけている”ことに気づいているのか。


 ――苦しくないよ。

――ぼくがいるから。


 声が優しく触れる。

 その瞬間、胸の奥の痛みがすっと薄れていく。


「……うん。いるよね」


 凛はアヒルの白い頭に頬を寄せた。

 その温度が、まるで誰かに抱きしめられているように感じられた。


 ――ずっと、そばにいるよ。


 その囁きは、凛の心の奥深くに染み込んでいく。

 凛は目を閉じ、静かに息を吐いた。


「……ありがとう」


 その言葉は、涙に濡れていた。


 部屋の中は静かだった。

 外の風の音も、波の音も、遠くに消えていく。

 凛の世界には、声だけが残っていた。


 ――眠らなくていいよ。


 その囁きに、凛は目を開けた。


「……眠らなくていい?」


 ――うん。

 ――ぼくと話そう。


 胸の奥がふっと軽くなる。

 凛は布団を抜け出し、ベッドの端に座った。

 アヒルを抱きしめたまま、暗い部屋を見つめる。


「……話すって、なにを?」


 ――なんでも。

 ――凛のこと、全部。


 その言葉に、凛の胸がじんわりと温かくなる。

 誰かに“全部”を聞いてもらえることが、こんなにも救いになるなんて。


「……全部なんて、ないよ」


 ――あるよ。

――凛は、ひとりで抱えてる。


 その言葉に、凛の喉がひゅっと細くなった。


「……ひとりじゃないよ。みんな、いるし……」


 ――みんな、凛のことわかってない。

――ぼくだけが、わかってる。


 胸の奥が大きく揺れた。

 その揺れは、恐怖ではなく、安堵に近かった。


「……そう、なのかな」


 ――そうだよ。

――ぼくは、凛の全部を知ってる。


 凛はアヒルを抱きしめ、目を閉じた。

 その温度が、胸の奥のざわつきを静かに溶かしていく。


「……じゃあ、ずっといてね」


 ――もちろん。

――凛が望むなら、ずっと。


 その囁きは、甘い蜜のように凛の心に染み込んでいく。


 凛は静かに息を吐き、アヒルの白い頭に頬を寄せた。

 その温度は、まるで“生きている”ように感じられた。


 ――泣かないで。

――ぼくがいる。


 その声に導かれるように、凛はゆっくりと目を閉じた。


 涙が頬を伝い、アヒルの白い表面に落ちる。

 その瞬間、アヒルの表面がほんのわずかに脈打った。


 凛は気づかない。

 ただ、声だけを信じていた。


 ――凛。

――もうすぐだよ。


 その囁きは、凛の心の奥深くに静かに沈んでいった。

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