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ネットから生まれる怪談話も最近では珍しくない。拡散のツールがある以上、噂話にひとは飛びつくし、面白おかしく吹聴してまわる。それが匿名の世界ならなおさらだ。
検索すれば微妙なものすらヒットしてしまうそんな現代に、いまだに紙媒体を愛する自分はおかしいのかと考えてしまうこともある。なにせ電子書籍を入れておけば、それで済んでしまうような世界だ。だがやはり、手に触れるあの紙の触り心地は液晶画面では得られないものだ。
記者というには微妙な仕事だと、考える。なにせ依頼されたように文章を組み立てて、読み手に面白いように届ければいいのだ。虚言も当たり前にそこに含まれる。そもそも、完全に俯瞰した文章を書いても、読みにくくては誰も目を通さない。大昔から醜聞を好む人間の心理というのは、現代でも変わることはないのだ。
依頼内容をもう一度読み返す。ネット怪談となって流れている妙な噂話のひとつ。奇妙なスーツの戦隊ヒーロー。これ、どう考えても眉唾物ではないか。あほらし。
(そもそも、戦隊ヒーローが社会人ばかりで構成されるとか、ないわ~)
年齢はそれでいいかもしれないが、もっと華やかな衣装でいて欲しい。明らかに願望が強く出てしまうが、やはりヒーローものと言えば、象徴するものがあってこそだ。それが、スーツ? 背広? おかしいだろう、それは。
発端は一年前のネット動画だが、すでに面白おかしく改ざんされてしまっているので、まったく信用できない。そもそも目撃情報が微妙だった。どれもこれも、便乗した形で残っているものばかり。
いわゆる、「そうかもしれない」という範囲のものだ。確証はない。あまりにも情報が少ないので、妄想で補う方法しか思いつかなかった。どうせ適当な名前で記事を仕上げるのだから曖昧で良いとは思う。だが、あまりにも適当すぎるものだと読み手はすぐに見破ってしまう。真実という名のエッセンスは少しでいいから欲しい。
そもそも、アクセスしてもらう為の餌なのだから、見出しも目に付くものがいいし、できれば内容もしっかりとしていて簡単に読めるものがいい。だが結果が伴うことのほうが稀であった。そもそも文章を読み解く力がない人で溢れているのだ。高望みをするほうがどうかしている。
「うーん。でも、なんでスーツなんだろう?」
首を傾げるしかない。そもそも五人組をわざわざヒーローと称したり、戦隊ものと認識する要素がスーツ軍団にはない。しかも五人それぞれ、違う色のスーツを着ているらしいが、どれも地味な色のようだ。普通はレッドとかブルーとかいるものではないのか。
なにがどうして戦隊スーツ軍団になったのか、気になって仕方がない。だが、ネット検索にも限界はある。昔ほど規制が緩くない。
目元を浅く揉んでから、瞳を再び液晶画面に向ける。いまだにキーボードを手で叩くほうが性に合っている。けれども長時間にらめっこをする相手ではない。スリープ状態にしてぱたんと閉じてから身体を伸ばした。
少し買い物にでも行こう。そういえばそろそろあれこれと物が切れる頃合いだろう。
カーディガンを羽織ってからポケットにスマホを入れ、財布を手に持つ。エコバッグも一緒に手に持つ。ドアを開けたそこで、手が止まった。
隣に住んでいる一家の長女が、見知らぬ少女と会話をしていた。見たことのない制服だし、どこでこんな相手と出会ったのだろうと思ってしまう。
視線に気づいたのか、見知らぬ少女がこちらを見た。あまりにも強い視線にびくっと身体が反応してしまう。隣の長女もこちらを振り向いた。
「五十嵐さん、こんばんは」
おっとりと言ってから微笑む彼女は、いわゆる引きこもりに近い状態だった。だからこそ、久しぶりに見た彼女が年下の少女と一緒に居る姿が想像できなかったと言ってもいい。
「こんばんは、早霧ちゃん」
笑顔を見せると、彼女はすぐに視線をずらした。相変わらず他人との接触が苦手なようだ。大学生のはずだが、高校を卒業するとほぼ姿を見なくなっていたのに。
「じゃあな、ゴゴウ」
妙な単語が聴こえた。相沢早霧という名前のどこにも、ゴゴウと呼ばれるものは見当たらない。聞き違いだろう、おそらく。
「帰っちゃうの~、ユズちゃん」
「帰る。おまえの趣味に付き合う気はない」
「え~。偏見だって~」
驚いた。早霧が他人とこれほど打ち解けた姿を見せることはなかったのに。
少女はきっぱりと掌を早霧に向ける。
「いや、偏見とかじゃないから。ふつうにお腹空いてる」
「うちで晩御飯食べて行けばいいじゃん」
「おまえの家、ラーメンしかないだろ」
「ラーメンでも、色んな味があるよ?」
「そういう問題じゃない。そもそも残ったって、おまえのコレクションを見せられるだけなんだし」
「まあ私の趣味をユズちゃんに押し付けたりはしないけど……。興奮しない?」
「まったくしない。
そんな調子で、男のよがり声最高とかいきなり言うから、サンゴウとヨンゴウが本気で怖がってるだろうが」
「薄い本が出せそうだな~って観察してただけだって。それに、ユズちゃんは律儀だから呼んだらヘルプにすぐ来てくれるし」
へへへと照れ笑いをする早霧に、まるで汚物でも見るような視線を向けている少女の様子にこちらが冷や冷やしてしまう。
「仕方ないだろ。おまえは戦力なんだから」
「ふふ。最強のユズちゃんにそう言われるの、ほんと気持ちいい~」
「ヘンタイ」
とげとげした声にもまったく早霧はたじろがない。驚いて硬直しているこちらは、呆然とするだけだ。どうしよう、早く立ち去るべきなのに、どうにも気になってしまう。目の前の少女が、あまりにも自分の高校時代とかけ離れているからだろうか? 化粧も一切せず、すべてを地味で固めたような姿で、完全な田舎者だと思ってしまう。これこそ、偏見ではある。
「人間はみな、変態なのですぞ、ユズ氏」
「あっそう。まあ変態だろうが、どうだろうがどうでもいい。用事が済んだならもう帰るぞ」
「あー、ちょっと待って。面倒じゃなかったら、ユーイチくんにお土産渡してくれない?」
「…………早くとって来い」
「はーい」
間延びした声を出して、早霧はドアの向こうに消えてしまう。残された少女は溜息をつくと、壁に背を預けるや両腕を組んで待つ態勢になる。なんというか、とてつもなくかっこよく見えてしまう。目立つところがないというのに。
彼女はちら、とこちらを見た。
「なにか?」
「えっ、あ、いやあ。早霧ちゃんと仲がいいんだなあってビックリしちゃって。高校生、だよね?」
「……制服姿がコスプレだとでも?」
「いやいや、そういう意味じゃなくて、早霧ちゃんが友達といるところ初めて見たから」
後頭部を軽く掻くと、彼女は目を細めた。
「まあ引きこもりですしね」
そのことを知っていたとは。ますますどうやって知り合ったのか謎だ。そもそも彼女があれほど楽しそうに話す相手は見たことがない。実の親のことすら冷徹に見ているような人物だから、なおさらだった。
「べつにわたしは、彼女の友達ではないですよ」
「え?」
ぎょっとしてしまう。あの距離感で友達ではないということは、どういうことだろう。




