9-4
「僕の体内濃度を下げるためにわざわざ来てくれて、本当に、迷惑ばっかりかけてて……。早く元気になって、助けになりたい」
「そうね。元気になるように、私も応援してます」
「ありがとうございます。
でも、あなた、ユズさんを穢そうとしましたよね」
突然声色が変わった。こちらの足も止まる。背中を向けたまま、静かに続けられる。
「僕の身体を使うなんて……。僕が憎いのはわかるけど、ユズさんを傷つけるやつを生かしておくほど、僕は優しくない」
「あ、有馬さん?」
「ユズさんも渡さない。彼女は僕のものだから。彼女を幸せにはできないけど、守ることはできるから」
「あ、あはは、の、惚気かな~? 最近の高校生はすごいなぁ」
「……僕は本来なら、二番目の操者になるはずだった。ユズさんと違って、元々持病があったからみんなに合流するのはかなり後になるけど。
どう? 自分より先に僕に彼女が奪われた気分は」
振り向いた清史郎は刃物のような殺気を帯びた瞳で見てくる。激怒している八号を目にするのは、初めてだった。
「自分のほうが先だったのにとか散々言ってたけど、僕のほうが先なんだよ。
もちろん、もう男女の関係だよ。お付き合いしてるしね」
「っ、おまえ……」
「それが聞きたかったんでしょう? ごめんね、ユズさんはもう僕のだよ」
「……おまえ、また一号をべたべたと汚したのか」
「そうだね。僕も男だから、好きな子に邪な感情は持つから」
小さく呟くと、その姿が変わる。
変身しただと! この状態ですれば、体が衰弱し、病気が悪化するのに!
片耳だけについている耳飾りをしゃらんと揺らし、八号はその手に武器を出現させている。一番の遠距離攻撃、支援タイプの八号は、この距離なら間違いなく的を外すことのない銃を選んだ。地球の銃に似ているが、違うものだ。
眉間を狙われている。この一般人の身体では、避けられない!
「僕は一度たりとも、ユズさんに無理強いをしたことはない。僕の欲望や願望なんて、どうでもいいんだよ。ユズさんを大事にできないやつが、近づくな。汚い目で僕らを見るな……!
……僕への拷問は気合いが入ってたよね。べつに怒ったりしないよ。ユズさんがあんな怪我をするより、全然マシだしね」
マシ? あれが?
爪を剥ぐとか、そういうものだけではない。目玉をスプーンで抉ったり、両手両足の指をハサミで切り落としたり……並べれば嘔吐する者さえ出てくるようなことを、この男にはしたのだ。それなのに、マシ?
「何度繰り返しても、ユズさんは僕のものになる。勘違いをしてるみたいだけど、彼女が僕と身体を重ねるのは、僕に蓄積された力を薄めるためだ。だから、僕は未来でみんなの仲間になる。通常濃度まで彼女が下げてくれるから。
彼女は言わないけど、本来の僕はユズさんに匹敵するくらい『強い』んだよ」
なんだと?
「『今』の僕は、彼女とほぼ同等の濃度だからね」
引き金にかけた手をあっさりと動かす。室内に、こちらを包囲するように無数の光の弾丸が出現して空中で停止している。今の一瞬で?
そのトリガーを完全に引かれたら、しぬ。この時間もだめだ。瞼を閉じるのと同時に、幕を下ろす。
*
はっ、と瞼を開く。
「大丈夫?」
隣の席の木下深雪が問いかけてくる。給食中にぼうっとしていたのを、心配されたようだ。
「ご、ごめん」
「ううん。いいよ」
微笑む二号は大人しく食べている。
目の前の給食を見下ろしながら、五号と八号の奇妙な態度を思い返す。一号だけが記憶を持ち越しているのではないのか? なにが起こっている?
「ねえ」
隣から声をかけられて、そちらをまた見る。
彼女は食べるのをやめて、教室にある時計をまっすぐ見上げた。昼休憩はそれほど多くはない。すでに食べ終わって校庭に遊びに出ていく生徒がいる。
「ななごうは、どうしてこんなことしてるの?」
「…………」
「なんで気づいたのかって思ったよね。
あのね、この教室で私に声をかける人は、いないんだよ? 返事もしてくれないの」
「…………」
「ろくごうをあれだけいためつけて、はちごうさんにひどいことして、なにがしたいの」
「……二号」
「私は毎回あなたにすぐ殺されちゃうけど、あなたがみんなをどう殺したのかは、知ってるよ」
瞳だけ、こちらに向けてくる。
「お兄ちゃんに化けた時も、よんごうさんに化けた時も、最初こそ上手だったよ。
お兄ちゃんのことに最初に気づいたのは、私だけどね、ななごう」
「…………」
「いちごうに化けるのは難しいよね。ごごうさんになったことはあるみたいだけど、よっぽど怖い思いをしたのかな……それに、はちごうさんはああ見えて、すごく強いよね。だから、ひどいことしたんでしょう? どんなことをしたのか、私は知らされてないよ。でも、みんな怒ってた。いちごうがあんなに怒ってるのも初めて見た。
何回もチャンスがあるからって、なにやってもいいわけじゃないんだよ?」
「……黙れ。なにも知らないくせに」
「知らないし、知りたくないよ、もう。
でももう、逃げ場はないよ。みんな、あなたがどこにいようと、『見つける』から」
「っ」
思わず席を立つ。その拍子に椅子がごとん、と倒れた。
「私なら騙せるって思ってたでしょ、ずっと。でもね、一番最初にあなたを見つけたのは、私なんだよ」
口元に笑みをうっすらと浮かべる少女を前に、この時間の幕を下ろす。
砂嵐が世界に満ちた。そう、六号が声にならない悲鳴をあげて世界をひっくり返す、その瞬間がきた。




