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「ね~?」
「こっちを見るな」
うんざりしたように一号が顔をしかめる。おかしいおかしい。一号はまったくこちらを見ない。心臓が嫌な音をたてる。
「ほんとユズちゃんは優しいんだから。そんなだから、セーシローくんも我慢できないんじゃないの?
かわいそう。うんうん、健全な男子高校生には、ほんとかわいそうなお話だよね」
「がまん……?」
「すごい顔しかめてる、ふふっ、やばいなぁ。なんで仲間にしないのほんと。早く会いたいなぁ~」
「……まだ入院してる」
「ユズちゃんもよろしくないよ。自分の身体を好き勝手させてたら。
きちんと調教しないと。そのうち押し倒されちゃうよ~? でもセーシローくんにそんなことできそうにないけど」
三号が二号の耳を塞いでいる。それをいいことに、彼女はけらけらと笑いながら続ける。
「ほんとさ、ユズちゃんほどじゃないのにみんなそれぞれ怪我してんのに、あの時はすごかったからね。
ユズちゃんは知らないほうがいいよ。いやー、聞いてるこっちも辛かった。なに言ってるかもわかってなかったみたいだし、錯乱すると人間てああなるんだな~って思っちゃった」
「マンガのネタにするのだけは、やめておけ。また泣くから」
「しないよぉ。それに泣き虫なのは、ユズちゃんの前でだけなんだけどなぁ~」
フフフと笑いをかみ殺していた五号が、急にこちらと視線を合わせた。
「せっかくユーイチくんの身体があるんだから、こっちを連れていったほうがいいでしょ。
あ、大丈夫大丈夫。一号ほど怖くないから。
たださ、あんたがやったこと、別の形でお返しするだけだしね。大人の玩具は今回は買うのは初めてだし、なににしよっかな~」
「……うぅ、妹の前で猥談やめてくれ……」
「鳥籠エンド? うーん、メリバではないから、完全にバッドエンドになるか。いや~、やっぱ本当の監禁ものってマンガみたいに簡単じゃないけど、無理なことではないからね」
呆れたように一号が溜息をつく。三号はもはや顔面蒼白だ。わけがわかっていないのは二号だけだろう。
「そういえばセーシローくんて、ユズちゃんとそういうことすることになっても、道具とかまったく使うつもりはないって言い張ってたな~。あの年齢の男の子では珍しくない? ねちっこいプレイしそうな顔してるのにね~」
「おい……本人の前で言うなよ。あとで泣いて落ち込むのをなだめるの、大変なんだからな」
「しないよぉまだ。
だけど、七号にはしてもいいでしょ。セーシローくんを拷問してたことあるし、同じようにやっちゃってもさ」
ぎく、と身体が軋む。なぜ五号がそのことを知っているのかと、冷汗が流れた。彼女は愉快そうに微笑んでいる。
「快楽堕ちってのは何度かやったから、どうしようかな~。ユズちゃんとは違って、私は許す気はまったくないし。
あ、誰も許してないか。他人を容赦なく攻撃できるやつほど、自分が同じことされるとあっさり降伏するからさ~、セーシローくんなみに耐えろとか言わないけど、まあ多少は? 頑張ってくれないと」
「な、なにを言って……」
「うん? あ、でもユーイチくんの身体だから、あんまり可哀想なことはできないか。失敗失敗。まあでも、本人じゃないから、いっか」
正反対のことを平然と言っていることに狂気を感じた。
反射的に後退る。その様子を冷たく見てきて、五号は首を軽く傾げた。
「いい趣味してるよね、ほんと。セーシローくんはほんと、偉いよ。根性あるよね、あの顔で。
後にも先にも、拷問されたの、セーシローくんだけだったし。あぁ、でもあんた、そういえばユカリちゃんを何回か襲ってたっけ? なにしてくれてんだって話だよね、ほんと。
だれがアールジュウハチにしろっつったよ。ループもののセオリーからすると、ざまぁをあんたにすればいいのかな?
でもなぁ、それって、あんた自身にマジでダメージいかないとダメじゃない? また逃げるだろうし、ユーイチくんの身体になんかしたって、ダメだよね~」
六号とのことまでなぜ知っているのかと目を見開いていると、五号は底意地の悪そうな笑みを浮かべる。一号とは別の意味で元々、敵にしたくない相手ではあった。一番苦手意識があったが、それは彼女がわざとそういう言い方をしているせいもあった。
彼女はそもそも二次元が好きなこと。そして男性同士の絡みが好みであること。三次元に興味はないこと。口を開くと下世話なことを堂々と言うものだから、明らかに近づきづらくなるのだ。ここまで趣味嗜好を明らかにしている者は、実は彼女しかいない。
最初から何が好きで、嫌いかをはっきりと明示していることもあり、そこに抵抗をさほど持たなければとてつもなく頼りになる相手ではあった。
「なに固まってんの? あー、もしかして逃げる? まあそれでもいいけど~」
あっという間に目の前に五号が移動していた。彼女がにっこり微笑んで手を握って来る。そしてその場で軽くジャンプするや、両足をこちらの両足の上に落とした。妙な音をたてて足が潰される。
「う、あ、」
「ぺしゃんこだねえ。痛覚はあるのか」
どことなくふわふわした喋り方だった五号が、こちらにしか表情が見えないとわかっていて、露骨に見下したような視線になる。
「私に見つかったら、次はどうなるかなぁ」
楽しみだねぇと笑う彼女は、こちらがなにをしたのか、把握したうえで脅してくる。
だめだ。この女は片手で虚獣を叩きのめす怪力を持っている。わかった気になっていた。仲間の身体でも、なにも安全ではない。この時間もだめだ。
*
「有馬さん、検温です」
軽くノックをすると、清史郎が軽く咳をしながら「はい」と応じる声がした。引き戸を開けて中に踏み込む。この時期の八号は魔力をため込みすぎて、身体に大きな負荷がかかっていた。持病もそれによってかなり悪化して、入院生活に戻っていたのだ。
そもそも、どこで一号と会ったのかわからない。ドアを開けたそこに、ベッド脇に一号が静かに座っていたので内心動揺してしまう。もうこんな時期から交流があったのかと驚くしかない。二号より早い時期とは思わなかった。
一号は軽く欠伸をしている。
「ユズさん、べつについてなくてもいいよ? 土曜日だし、帰ってゆっくり寝たら?」
「……ん。いや、いい」
「有馬さん、ご友人? 仲がいいのね」
そう言いながら近寄る。
少しやつれているものの、清史郎はそこらにいる化粧で美しくなった女たちが敵うはずもないほどの美貌の持ち主だ。
特別待遇の彼の家はいわゆる富豪だ。だがここに見舞い客は来ない。そう、目の前にいる一号を除いて。
眠そうにうとうとし始めた一号を、清史郎が慌てて支える。両手で抱き留めると、彼女はそのまま前のめりにベッドに伏して寝息をたて始めた。
「ゆ、ユズさん……。まあ、あとでいいか」
「こんな朝早くから来てくれるなんて、熱心ね」
「そうですね。彼女は、面倒見がいいので。僕のためにこうやって、時間があれば来てくれるんです」
「あら。なになに? もしかして彼女?」
からかうと、清史郎はこちらを振り向くことなく頷いた。




