6-2
「枯渇させるわけにはいかないか……。めんどくさいな。
まあいい。おまえはそのうち、わたしのことが好きになるらしいから、それでいいだろ」
なにが? なにがいいの?
「とりあえず戻るまでに服をなんとかしておけ。変態に見えるぞ」
そう言いながら、彼女は窓のほうへ歩いていく。いやいや、誰が上を破ったんだよ! 変態はこっちのセリフだって!
素早く彼女は窓を開けると、窓枠に片足をかけた。そしてその夜の闇の中へと、跳躍して消えた。え……。えええー!
「もっ、もう見えない! どうなってるんだ? まぼろ……しな、わけないよね……。僕のハジメテが……」
男のくせにセンチメンタルだと思われるかもしれないが、それでもあんなわけのわからない人に……。く、くそ……気持ちよかったとか、情けない。本当に、情けない……。
強い敗北感を感じてはいるものの、なぜか彼女を憎めないのも不思議だった。発言があっさりしていたから? それとも驚いたから?
普通の男なら、怒るのかな……。なんか、わけのわからないうちに襲われて、わけのわからないうちに去って行かれたから、正直理解が追いつかない……。
*
新しいパジャマに着替えたあと、破られた衣服をそっと隠した。普通に捨てれば、さすがにまずいだろう。
「戻ったぞ」
「わああ!」
あまりにびっくりして大声をあげたので、慌てて片手で自分の口を塞ぐ。そして振り向いた。
出て行った窓から戻って来たみたいだ。ここ、一階とか二階とかいうレベルじゃないんだけど……なんなんだよこの人。
目元のゴーグルを消すと、彼女はぴしゃんと窓を閉めてから、カーテンまでさっと片手で引いてしまう。え、ちょ。
「? なぜ逃げる?」
「に、逃げるよふつう!」
「は?」
本気でわかってない声のトーンだ……。なぜかショックを受けているのは僕のほうだった。
「な、なにが目的なの? 金銭目当て? なにかの脅し?」
「身体が目当てだが」
「っ」
ひゅ、と喉が鳴った。こんなに堂々とそんなことを言う女の子が実在するとか、嘘だよね……。じわじわと恥ずかしくて、頬が熱くなる。や、やばい。本物の痴女だ。
「……えっと……なにかの撮影……?」
「なぜ涙目なんだ」
「だって、全然知らない女の子と……」
「なにが不満なんだ。わからないやつだな」
わからないのはあなたのほうだよ。
「わたしの裸でも見たいのか?」
苛々しているのか、腕組みしてこちらを目を細めて見てくる。なんで……こっちが悪いみたいな態度……。
ちっ、と舌打ちしてから変身を解くと、彼女はあっさりと目の前で制服を脱いだ。「ひっ」と僕の喉から悲鳴が出る。ろ、露出狂……?
「ほら、どうだ」
「え? あ、わっ、ちょ! 着て着て!」
慌てて両手で視界を塞ぐ。呆然としていたので、彼女が下着姿になるまでボーっとしてた。なにやってるんだよ僕は!
「べつに普通だと思うけど……なにか変だったか?」
「いやいやいや! 女の子が目の前で脱いだらダメだって! そういうのは好きな人の前で!」
「……おまえの彼女になるんだから、べつにいいだろ」
「ハ?」
どういうこと? 驚きに思わず顔をあげてしまう。ウッ!
「わーッ! なんで全部脱いでるんだよ!」
め、めちゃくちゃ見ちゃった……!
「こ、これ以上はひとを呼ぶよ!」
「へえ」
ぎくっとして動きを止める。両手で顔を覆っているけど、なぜか声が目の前でした。ウソだろ……。
「ん」
硬直している僕の片手を彼女が掴んだ。唖然としている僕の前で、その手を移動させる。思わず、自分の手を目で追う。そして、その手の感触と目の前の強烈なものに、頭が真っ白になった。いや、え、ん?
「ワーっ、やめてやめて!」
羞恥心で顔が熱いし、瞼をぎゅっと閉じたけど、なんか柔らかいし! ど、どうしたらいいんだよ! 明らかにヤバイ女の子の胸のサイズ、すごい好みとかもう最悪なんだけど! 喜んでたら僕の方が変態じゃないかこれ!
「おまえは好きな子としかしたくないって言ってたから」
「も、もう、手ぇ放して……!」
「そうか? おまえ、わたしの胸、すごい好きだったんだが、好みが変わったのか」
彼女が手を放してくれた。……のに、僕の手がまったく動かない。
たしかに! 確かに僕はどっちかというと、ムッツリなほうではあるけど! こんなラッキースケベみたいな、マンガみたいなことする子とかいるわけ? これ絶対夢だろ! 夢だ夢!
***
「…………」
あー……。
両手で顔を覆う。項垂れるとは、このことか。
「ユズさん、身体拭くね」
「ん……」
瞼閉じたまま返事してる。
「ユズさん、口あけて」
「あ」
「ん」
食べるようなキスをすると、彼女が薄く瞼を開いて睨んできた。
「ちょっとは起きた? 身体拭くから起き上がって」
「めんどくさ」
「ダメだってほんと。ほら」
促すと、舌打ちされる。本当に態度悪いな……。でもそこも可愛いとは思う。
彼女の身体を拭くのが習慣となりつつある。多少なにかちょっかいを出しても、彼女はまったく怒らない。それがエスカレートするとマズイので、怒るようには言うのだけど、彼女は頓着しない。このままでは、恋人以外に触られてもまったくの無反応になりそうで嫌だ。
「ユズさんはなんで僕のすること怒らないの?」
「べつに嫌じゃないから」
「…………僕のこと好きだからって言って欲しい」
「はいはい。清史郎はわたしに甘いな」
自分がこんなに執着するタイプとは思わなかった。世界を守ってるヒーロー。その決して仲間にはなれない僕。
彼女が一人で戦っているこれまでの間に、仲間が増えているらしい。一人で無茶をして戦っている時よりはマシだとも思えたけれど……。
「で、実験はどう?」
「大抵の傷は治る。能力は増幅するが、短い時間しかもたない」
「そうか。怪我したらすぐに来てね」
「キスマークこんなにつけといて、よく言うよ」
げんなりしたように言うけど、なんだかんだで僕がしんどい時は来てくれるのに。ほんと、素直じゃない。それに、僕は彼女の学校に通っているわけじゃない。彼女の仲間にも秘密にされてる存在だ。こんな日陰者で、半端者なせいで表舞台に出ることが許されない。
僕は操者らしい。だけど、強い汚染を受けて身体に未発見の物質が蓄積されているらしく、それでこうして病院生活を送ることになっているらしい。でも、その物質がなくなっても、元々の持病があるから僕は良くはならない。
薄暗い室内で、彼女の小さな体を抱きしめる。僕のだ。僕のヒーローだ。
なんでこんなに好きになっちゃったんだろう。僕ばっかり好きで、負けた気分になる。
「おい……またするのか?」
「しない……。ユズさんをぎゅーっとしたいだけ」
「あっそ」
はあ、と大きく溜息をつかれる。まぁ……揉んでたら、そういう反応するよね。だって掌にちょうどおさまるから……。やわっこいし。
でも、本当にそういうことをする気はない。好きで、好きでたまらない。あの衝撃的な出会いの夜は、絶対にそんな関係にはならないと思っていたのに、気づいたらこっちがずぶずぶと沼にハマっているような状態だった。
こうして抱きしめておかないと、遠くに行ってしまうような錯覚に陥る。まいった……重症だ、ほんとに。




