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一年という歳月をかけても、虚獣が消えることはなかった。ナナサンのお話だと、永続的に流れ込んでいる物質のせいでどうしようもないことみたい。だけど、その話を聞くたびに、いちごうと、よんごうさんが凄く怒っている。根本的な解決がされないってことはさすがに私もわかる。
ナナサンには悪いけど、いちごうとよんごうさんの怒り方が真逆なので、見ているとちょっと笑いかけてしまう。いちごうは、ナナサンを思いっきり踏んづけたり、殴っている。最初はこういう暴力を振るう人なんだって、怖かったけど……そういうことをしているのはナナサンにだけだった。よんごうさんは、すっごく冷たい目でくどくどと説教をしていて、正座をさせられているナナサンがしょんぼりしていて、とってもおかしい。
六年生になっても、身体はなかなか言うことをきいてくれない。だから、友達らしいものができなかった。
ごごうさんは、のんびりと会話に入らずにいつも持参するスケッチブックに何か描いている。リクエストをしたら、好きなアニメのキャラクターを描いてくれた。すごくうまくて、今は大事な宝物だ。
だから、まさかナナサンの世界から、また別の人がやってくるなんていうのは、全員びっくりした。しかも、そのひとは、この世界がどうなってもいいとか、言い出した。
世界に未練はないいちごうも、よんごうさんも、ごごうさんも、一斉に目つきが変わった。お兄ちゃんも、すごく怒っていた。私には不思議だった。でも、今は少しわかる。私たちはべつに世界を守るヒーローなんかじゃない。誰かが困って泣いていても、手を差し伸べることはしない。
でも、言ってみれば、私たちは、特殊な病気にかかっている状態なのだ。その病気の進行を早くすると言われて、嬉しい人間はいないと思う。しにたいなら、違うかもしれないけど。
少なくとも、他人の手によって意図的に殺されるのを、いちごうが許すわけがなかった。いちごうは、みんなの中で特に責任感が強いほうだから。そう言ったら、お兄ちゃんが微妙な顔をしていたけど、いちごうは、最初から両親みたいに、私を煙たがったり、気分によって甘やかしたりところころ態度を変えることはなかった。いちごうは、ずっといちごうのままだった。それに、お兄ちゃんが部活で行けなくて私だけが行った時、まなっていう、未知の物質を消化するために一切手を出してこなかった。お兄ちゃんがいると、絶対に適当に戦うのに。それに、いちごうが一番戦わなくちゃいけないのに。
その男の人は、私が観ているアニメには出てこないような不思議な格好をしていた。浅黒い肌に、明らかに日本人じゃないとわかる顔。体格も、変身したよんごうさんに近い。
だから。
いつもは街に被害が出ないように戦っていた全員が、そんなことができないくらい、余裕がなかった。
虚獣はただひたすらに徘徊をするだけ。遮蔽物があれば平気で壊すけど、知能がないから力技でなんとかなった。でも、でも。
細い細い鋼の糸を操るよんごうさんが、素早く仕掛けても。ごごうさんが、いちごう顔負けの怪力を発揮しても。お兄ちゃんが、軽やかな身のこなしで背後に回っても。
いちごうが、その頭を叩き潰そうと本気で殺気をこめた一撃を拳に乗せても。
その男の人は、嘲笑うように肩をすくめて、全員の動きを止めてしまった。それは、まるで魔法だった。
私が反応できないことに、そのひとは、ちょっと笑っていた。でも、だって、私はお兄ちゃんにさがってろって言われて……。
「全員さがれ!」
いちごうの掛け声に、全員が一斉に身を引いた。お兄ちゃんが私を守るように前に立つ。まって……私だって戦えるよ……変身すれば、病気だって、かからない。それに、大人の私は、強い。いちごうほどじゃなくても、つよいはず。
一番近い位置にいるのはいちごうだった。よんごうさんが、ナナサンのほうを見遣っている。ナナサンも、なにか杖を取り出している。いつも変な髪型と恰好なのはいちごうの命令らしいけど、彼だって、魔法の国の人なんだもの。この世界に来れるってことは、きっと力のあるひとなんだよね……?
「おまえは動くな!」
鋭くナナサンへといちごうの怒号が飛ぶ。ナナサンが、ぴた、と動きを止めた。
いちごうは姿勢を正して、あれ、いつの間に唇が切れてるの? 血を乱暴に袖でぬぐって、彼女は男に向き直った。
「自己紹介もせずに攻撃して悪かったな、くそったれ」
じこしょうかいじゃないよ、とお兄ちゃんが肩を落としながら言っている。でも、私はいいと思った。だって、あの男の人、いきなり現れて、こっちは虚獣を倒したあとだっていうのに、攻撃してきたんだもの。私が防いで、それでみんなが一斉に攻撃をしたのは、仕方ないじゃない。
「これが操者か。乱暴者の集団の間違いじゃないのか?」
ナナサンへ向けてそう言う男の態度に、いちごうがこめかみに青筋を浮かべる。すっごく怒ってる。え、と。どっちにだろう?
「おいてめぇ……なにを優越感に浸ってんだぁ……」
じりじりといちごうが怒りを燻らせたようなすごみのある声で言う。男はいちごうを見る。
「一番の欠陥品だな」
瞬間、いちごうの姿が目で追える速度ではなくなった。男の眼前に現れると、その頭を両手で鷲掴みに……いや、え? 手が届いてない!
「これだけ濃度があるなら、こちらも強力な魔術が使える。脳筋女」
びき、といちごうの中でなにか危険な音が聞こえた気がした。ぐん、といちごうが身を引いてからその手に警棒のようなものを取り出す。あれはいちごうの武器の一つだ。無造作に振り上げて男の頭を狙うが、それがガァン、という音を響かせて阻まれた。私みたいに、防御の力を使うってこと……?
けれども、いちごうの手は弾かれていない。ぐるんと自身の手元から男へと、いちごうは視線を動かす。
「さっきと違うものだな……。跳ね返す力じゃない……じゃあ、これはどうだ」
ずん、と一号の足が地面に少し沈んだ。そして、警棒を握る手に血管が浮いている。う、うわっ、力づくで叩き壊す気だ!
まさに力と力のぶつけ合いだった。余裕そうな男の防御膜に向けて、いちごうが警棒にどんどん力を込めていく。そのたびに、彼女がずしんと地面に足を埋めていく。
異様なその光景に、ほかのみんなはまったく手を出せない状態になってしまった。みんなたぶん、あのいちごうが、っていうのがあったんだろう。でも、私は思ってた。たぶん、いちごうは、あれを、壊すって。
「おぉぉおおおおおおらあああああぁぁっっ!」
勢いをつけてもう一度振り上げて、降ろす。その動作を目で追うけれども。
いちごうが、叩きつけた力は先ほどのものより比較にならなかった。男の足元の地面がひび割れ、陥没した。すさまじい力に男がぐらっと体勢を崩す。続けざまにいちごうがまた警棒を振り下ろす。また、ずどん! と上から叩きつけるような衝撃で空気も、地面も揺れて、さらに足元が崩れた。




