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「すまない。やはり別の世界なんだな。わかりやすく言うと、こちらの人間を媒介にすれば可能だ」
「は?」
冷水を浴びせられたような、恐怖のようなものが全身を走った。
「そ、それ、つまりは人間の体を乗っ取るってこと?」
「人間ほど意志が強い存在を媒介にするのは難しい。安心しろ」
「そ、そう」
思わず目の前で安堵の息を吐き出す。
「可能性としてそういう存在もある。過去、虚人は確かに出現し、存在は確認された。ここではないどこか、また別の世界かもしれない。その時の記録もそれほどなく、あまり参考にはならない。
そもそも、異界の者がこちらの世界の人間を媒介にすることは不可能だ」
「不可能? でも虚人は出てきたことあるってことだよね?」
「『育つ』しか方法がないが、同時に様々な存在を媒介にし、移り変わらなくては無理だろう。プロセスを経て、最終的に人間を媒介にできるまでなど、相性のいい人間を何度も渡り歩くか、方法はすべて推測でしかない。
それに、相性がいいだけではそんなことは無理だ。強い感情を育てていき、それを支柱にしなければならない。ひとつの感情だけではなく、愛、憎しみ、様々なものと共鳴しながら己という存在が消えないようにしなければならないし、結果としてこちらに居続けても、それはもはやその人物ではない。別のなにかだ。
三号、もし異界の人間の考えがいきなり強制的に頭の中に割り込んで来たら、排除しようとするだろう?」
「ま、まあ? そ、そうかな」
「人間でさえ異物を排除しようとするのだ。三号たちはこの世界の人間だ。それを、別の世界の人間のほうが乗っ取れるほど『強い』などということはない。君たちと違って、別の世界のものは、この世界では圧倒的に脆弱にできている」
「…………」
「可能性はほぼ皆無だからこそ、使者は必要最低限のことを成せば消えてしまう。その頃には、私がいなくても虚獣の存在を感知できるようになっているはずだ。だから、虚人になる前に見つけることができる」
「そっか! そういうのになる前に気づくってこと?」
「ああ。三号も感知能力は高い。見つけ出せる」
なんだ。良かった。
「もー、なんかのフラグかと思ったじゃん」
「前もって出る芽を潰せる。君たちは強い」
力強く言うナナサンの言葉に、俺は照れてしまう。そっか、そうだよ。先にこっちがなんとかすればいいってことだ!
*
「なんか予想してたのと違う~……!」
髪型までやってもらったのか、五号は元の無頓着な姿とは違っていた。それは妹もだった。可愛らしい桃色の浴衣がよく似合っている。
小さな神社の境内に並んだ屋台の数は少ないし、俺たちみたいな子供はほとんどいない。
「焼き鳥おいしい」
もぐもぐと食べている妹は、どうやら焼き鳥が気に入ったようだ。全員で座って、ナナサンがここの近所の人に踊りの手ほどきを受けているのも眺める。
「おかしい~! こういうのって、ほら、屋台が並ぶ中を練り歩いたり、ちょっとひと気のないところでさあ~!」
「こっちに助けを求めないでくれ……」
「四号はそれでも青少年なの!? おかしいでしょ!」
「全高校生を敵に回すようなセリフだ……」
「くそー! あとは盆踊りかー! 指先が触れてどっきりとか起きないと全然楽しくない~っ!」
また無茶苦茶言ってる……。
あたりはもうすっかり暗い。空へ目を遣ってから、不覚にもぽかんとしてしまった。
「すご……」
星空が、なんか、広い。うまく言えない。
俺につられたように妹が焼き鳥を食べながら空に視線を向け、「わあ!」と目を輝かせた。うん、その気持ちはすごくわかる。
「田舎の星空を見て目を輝かせる兄妹とか、尊!」
誰かこの人を止めてくれないだろうか。
四号は焼きそばを食べている。俺も同じように焼きそばだ。五号はかき氷だった。
「待たせた」
境内に現れた一号は、浴衣姿ではない。「なんでー!」と五号が悲鳴をあげた。
「ど、どうしちゃったのユズちゃん! うそでしょ……みんなで記念撮影しようって思ってたのに……」
そんなこと考えてたのかこの人!
一号は少し困った顔をする。
「ここに来る前に汚した。さすがに洗ってる時間がなくてな」
全員が静まり返った。汚したって、絶対に浴衣姿で無茶な動きをしたんじゃない……の? いつもの調子で。戦ってる時に無茶苦茶な姿勢でも平然と攻撃をしている姿を思い出す。
「友達はどうしたんだ?」
「もう病院に送り届けた。……まあ、浴衣姿でそこらを散歩しただけだが、はしゃぎ過ぎて体調を崩してな」
「そう、か」
さすがに四号は言葉もない。俺も同じ気持ちだった。境内まで来れなかったのか……。どうしても、今より幼い妹のことを思い浮かべてしまう。
妹も、今より小さな頃、いつも熱を出して寝込んでいた。苦しそうな妹になんて言えばいいのか、そして頻繁に辛そうな姿を見るのに罪悪感がすごくて……避けてしまったことも、けっこうあった。いまだにどうするのが正解なのかわからない。
「残念だけど、また元気になったらどこかのお祭りに連れていってあげたら? ユズちゃん」
「え? 面倒だからもういい。一回って約束だったしな」
……え。一号、めっちゃひどくない?
「さすがに引くわぁ、ユズちゃん……」
「そうか? わたしの浴衣姿の写真を撮って、喜んでいたが」
そういうことじゃない! それってお祭りの思い出っていうか、記念ってことで嬉しくなっただけだよね絶対!
そのお友達と一号の温度差に全員愕然としてしまう。うちのリーダー、やっぱどっかおかしいって!
「しかしおまえたち、ナナサンを見張ってろと言ったのになにをしているんだ?」
あ。
そう言われて、みんな視線を逸らす。普通に買い食いばっかしてた……。
「で、でもナナサンは踊りの練習ばっかりしてたよ! 今もしてるよ!」
いいぞ我が妹よ!
「そ、そうそう。今も……」
ひ! めちゃくちゃ睨まれてる!
「な、なんでそこまでナナサンを警戒するんだ? あいつはオレたちに協力してくれてるのに」
「おまえ頭は大丈夫なのか? あいつは別の世界の存在なんだぞ」
ああっ、四号がすっごい落ち込んでる!
「でも助けてくれてるのは本当だし! い、一号は神経質になり過ぎだよ」
一号がゆっくりとこちらを見てくる。怖すぎて冷汗が出てくる……。
「あいつは地球以外の惑星の知的生命体と言えば、想像しやすいか?」
こわい。めちゃくちゃこわい。
「別の言語を使い、別の文化を持つ、『人間』と自称しているべつの生命体だ。おまえたちは火星人や木星人が地球人のふりをしていても、なんとも思わないのか?」
「…………」
「それにあいつは協力なんてしてない。こっちに責任を押し付けてるだけだ」
ナナサンが「尻拭いしろ」って言われたって……。なんでこんな時に思い出しちゃうんだよ。
「で、でも……みんなと会えたの、仲間になれたの……ナナサンのおかげだし」
「二号、それは違う。わたしたちは犠牲者だ。勝手に病原菌を持ってきた相手に感謝するな」
「さすがに言い過ぎだ!」
俺の言葉に一号はまったく怯まない。それどころか、視線を奇妙なポーズをしているナナサンに向けた。




