プロレタリアの分銅
鳥になりたい。
昔、何かの文集にそう書いた事がある。
その時何故そう思ったのかは覚えていないが、そう書いた事ははっきりと覚えている。
「ノリ。やってるか……」
田代さんがいつもの様に、食料を抱えて、玄関の鍵を開けて入って来た。
「はい」
僕は薄暗い部屋で数台のパソコンとスマホを並べて文字を入力していた。
食料と言ってもディスカウントスーパーのビニール袋いっぱいにカップ麺やスナック菓子を持って来るだけ。
もう既にカップ麺にも飽きている。
「お、なかなか良くなって来たじゃないか」
田代さんは僕の入力しているメールの内容を覗き込んで言う。
自分のやっている事がまともな事じゃない事は百パーセントわかっていた。
金持ちのふりをしてお金が欲しい人の集まるサイトから相手を見付け、相談相手になり、嘘の相談をし、対価を払う事、相手には何の負担も無い事を約束する。
話を重ねる上で情も沸くのだろうか。相手は相談に乗り、話をする事自体にどんどん楽しみや喜びを感じて行く。
そして一週間程するとその対価を支払うという連絡をし、更に一週間毎に数十万の対価を支払う事を約束する。
ここまでなら良く出来た、いわゆる「良い話」だ。
しかし、僕たちがやっているのは慈善事業ではなく、いわゆる詐欺。
支払日の前日の夜まで、相談を持ち掛けた金持ちのふりをして相談相手を呷り続ける。
そしていざ、支払いの日に、お金を振り込むのに「保全保障認証ライセンスコード」というモノが必要になると相手に言う。
それが一万円。
その一万円を支払ってもらったら一週間の対価を即入金すると持ち掛ける。
もちろん相手は渋る。
それに対し、既に情の湧いている相手のふりをして泣きのメールを入れ続ける。
それに折れて入金される一万円が僕たちの収益となる。
もちろん、その後、対価が入金される事など無い。
元々そんな金なんて何処にもないのだから。
労力の割に一万円は安くないかと田代さんに聞いた事がある。
「一万円なら警察に垂れ込まれない金額なんだよ。三万、五万、十万になって来ると警察に垂れ込む奴も出て来るからな」
田代さんはタバコの灰を空き缶に落としながらそう説明してくれた。
「それによ。こんなサイトに登録してくる奴が五万も十万も持ってないんだよ。せいぜい持ってて一万円だ」
僕は「なるほど……」と自分に置き換えて考えると頷いてしまった。
更に、入力されたクレジットカードの情報はフィッシング詐欺グループに売られる。
そっちの方がどうもお金にはなるらしいが、僕らには公開されない。
すべての相手が騙される訳じゃない。
せいぜい十人に一人。
僕は今、一人で百人程を相手に色々な金持ちの女の設定でメールを送り続けている。
ある時は加奈、ある時は紹子。
色々な名前と設定を使い分け、相手の情に訴える様な内容のメールを送る。
金持ちだからこそ、誰にでも相談できる訳じゃないという建前らしいが、不自然な話でもある。
僕も好きでこんな事をやっている訳じゃない。
シンガタの流行で会社をリストラされ、寮生活だった僕は、一週間の間に退去しろと言われ、追い出される様に寮を出た。
両親は田舎にいるが、そう簡単に「帰ってきました」と戻れる関係ではない。
仕方なく、安い漫画喫茶に入り、二週間程過ごした。
もうそろそろ手持ちも尽きそうな頃、漫画喫茶のシャワールームから出て来た所を田代さんに声を掛けられた。
「仕事しない。ずっとここで生活してるでしょ……。部屋も準備してあげるし、食べ物も支給するよ。給料は出来高だけど、住むところと食べる事には困らないから、今より良くない」
田代さんはドリンクバーのグラスを片手に僕にそう言ってきた
僕は長い事考えたつもりでいたが、田代さんに言わせると即返事をしたらしく、次の朝には田代さんに連れられて、このワンルームマンションにやって来た。
一万円の入金があると、僕と田代さんで折半になる。
つまり一日五人に入金させると二万五千円の日給になる。
サラリーマンをしてた時の倍以上の収入だ。
毎日数十人の客を相手に、相談を持ち掛ける金持ちの役とサポートセンターの山田の役をしてメールを送り続ける。
投資家の女だったり、IT企業の社長、アパレルの社長、女優の娘や医者の娘、何にでもなる。
相手は男に限定しているらしい。
女は直ぐに警察に垂れ込むと田代さんは言う。
今日の報酬と称して毎日金額を積んで行く。
その金額が積まれて行く事に相手も高揚していくのだろう。
大体一週間で七十万程になる様に設定する。
そして翌週からは二十万を最低保証として振り込む事を約束。
まあ、全部嘘だけど。
「ノリ、今日の給料」
田代さんは封筒を机の上に置いた。
僕は封筒の中を見た。
四万円。
昨日、僕は八人に一万円を振り込ませたという事になる。
僕はジーパンのポケットに封筒を捻じ込んだ。
「今日は何人だ」
僕は振込を確認出来る画面を開いた。
「今日は六人が確定です。今、最後の泣き落としを六人してます」
僕は画面を覗き込んで答えた。
「ほう。お前拾って良かったよ」
田代さんは僕の肩を叩いた。
「その調子で頼むよ」
そう言って玄関で靴を履いた。
僕の様な人間を十人程雇っている様で、毎日、そんな奴の所を車で回っている様だった。
だから僕の所に居るのも長くて十分。
日に何度か電話は入るが、夜、六時を回ると連絡は取れなくなり、翌朝早くに仕事を始めろと連絡してくるまではフリーだ。
だけど、稼ぎたいなら寝ずに働けば良いという事でもある。
僕の演じる金持ちの女はみんな夜十時には寝て、朝は七時には起きる事にしている。
夜は夜で、ネットカジノの勧誘を行っている。
この報酬は月に一度まとまって入って来る。
先月は三十万、その前は十三万となり、昼間の方と合わせると百万近い収入がある事になる。
机に並ぶパソコンのキーボードの前にカレンダーの裏紙を広げ、メモを取る事にしている。
そしてそんな情報をまとめたノート。
相手に対して会話を間違えたら全部が無駄になる。
これを始めた夏の頃、何度か間違えた事があった。
相手が疑い始めるとサイトごと新しいモノにする必要があり、費用が掛かる。
それは田代さんから僕に請求が来て、僕が払う事になる。
シャワーを浴びて夕食のカップ麺を食べ、缶ビールを飲みながら窓を薄く開けた。
まだ夕方で、街の喧騒が隙間を抜けて部屋に入って来る。
向かいのビルの隙間から見える空はオレンジ色に染まり、今日が終わる事を教えてくれる。
部屋に備え付けのベッドに横になり、何にも汚されていない僕のスマホを見る。
この部屋にあるスマホやパソコンは汚れてしまったモノばかりだ。
ピロンと音がする。
パソコンにメールが届いた。
ケンさんという客からのメールだった。
僕は由佳里という投資家の役でこのケンさんの相手をしていた。
「由佳里さん。今日の仕事はいかがでしたか。商談は上手くいきましたか」
そんな内容のメールだった。
午前中に不動産投資の商談をするとケンさんにメールを入れていたのを思い出した。
間違えると大変なので、基本的に会話のやり取りはしない。
一方的に質問をしたりするが、その質問はその場限りで終える事にしている。
「良いお話でしたが、少し条件が合わず、今回は見送る事にしました。ケンさんはお仕事終わりましたか。今日も一日お疲れ様でした」
と打ち込み送信した。
会話の流れは決まっていて、仕事で稼いでいてお金はあるというアピールを最初にやって、次の日には母の介護が大変だという事と、献身的に母の世話をしているという事をアピール。
その次の日には、ケンさんに出会えて本当に良かった、凄く癒されていると話を持って行く。
そして支払日が近づくにつれ、お金の話をしてケンさんに感謝を示すにはお金しか無くて……と振込額に特別にプラスしてお金を振り込む事を約束する。
ケンさんは昨日の夜に登録してきた人で、今日が二日目。
相手の反応を見ながら話を進めていく。
僕は缶ビールを飲み干すと、空き缶をテーブルの上に置いた。
僕は何をやってるんだろうか……。
ふと気を抜くとそんな感情を覚える事がある。
「鳥は鳥でも、サギにしかなれなかったな……」
僕はそう呟いてベッドに横になった。
翌朝、早くに部屋のドアが開いて、田代さんが入って来た。
「ノリ、起きろ」
田代さんは、寝起きの僕に言う。
「どうしたんですか。こんな早くに」
僕は壁に掛けたジーパンを穿いた。
「持田の野郎が引っ掛かったんだよ。サイタイに。サイト、リニューアルするから、二日程、休みだ」
サイタイ。
良くは知らないが「サイバー犯罪対策本部」という警察の機構らしい。
インターネット犯罪に関する取り締まりをしている部署らしい。
僕はつけっぱなしのパソコンに目をやった。
ケンさんからのメールが数通来ている事に気付く。
「今の客は……」
「そんなモンほっとけ……」
田代さんは慌てて出て行った。
僕は田代さんを見送るとケンさんのメールに返事を入れた。
「今日は母の検査の日なので、朝から病院に連れて行く予定です。検査が終わった後、母とランチをするのですが、今から何にしようかと考えています。多分、母はうどんが良いというのでしょうが」
ケンさんは直ぐにメールを返してきた。
多分、通勤の途中なのだろう。
電車の中でメールをじっと見ていたに違いない。
「僕はうどんよりそばが好きですね。由佳里さんはうどんとそばどっちが好きですか」
由佳里はそばが好きな設定にしよう。
僕は、
「そばが好きです。だけど、母は言い出したら聞かないので、たぶんうどんになると思います。どっちもあるお店に行けば済む話なのですが」
そう返した。
僕は今、継続して相手をしている客のリストを抜き出して、保存した。
リニューアルした後、再登録してあげれば、そのまま継続出来る。
いったん途切れると客が付くまで大変だったりする。
僕は客の全員にサポートセンターの山田のふりをしてメールを入れた。
「緊急メンテナンスのお知らせ」と題し、数日メンテナンスを行う内容のメールを入れた。
メンテナンスが終われば、必ずこちらから連絡を入れますと書き込み送信した。
僕はパソコンのデータのバックアップをマニュアル通りに取ると、久しぶりにパソコンとスマホの電源を落とした。
最後のスマホの電源を落そうとした時にピロンと音が鳴り、スマホにケンさんからのメールが届いた。
僕はケンさんのメールアドレスをメモに書き、ポケットに捻じ込んだ。
田代さんから受け取った封筒を取り、上着のポケットに入れると僕は部屋を出た。
そしてマンションの向かいにあるコンビニのATMにその金を入金した。
このコンビニ以外で金を使う事が無いと言っていい程にお金を使う事は無かった。
それ程に部屋から出る事が無い。
今回は緊急事態だが、この休日を楽しもうと僕は外に出る事にした。
カフェでコーヒーを買い、駅前のロータリーでそのコーヒーを飲みながらスマホを見た。
勿論、友達らしい友達も居ない僕は、来るはずもないメッセージを何度も確認した。
これは一種の職業病なのだろう。
ふと、思い出し、ポケットに入っているケンさんのメールアドレスのメモを取り出し、フリーメールで由佳里のアドレスを取ると、そこからケンさんにメールを送った。
「今、母は検査中で、私はカフェで一人コーヒーを飲んでいます。サイトがメンテナンス中という事で、私のアドレスから直接送らせて戴いてます。このやり取りは報酬には関係ないので、ケンさんは返信しなくて良いですよ」
サイトがリニューアルされたら消せば良い。
僕はそう思ってメールを送った。
すると直ぐに返信が来た。
「直アドレスからメール戴けるなんて嬉しいです。報酬なんてどうでもいいんです。私は由佳里さんとこうやって繋がっていれる事が嬉しいので」
男って馬鹿だな……。
僕はそのメールを鼻で笑い、飲み干したコーヒーのカップをゴミ箱に捨てた。
続けてメールが来た。
「由佳里さんの母上が通院されている病院って平和病院ですか……。先程、由佳里さんらしき人をお見掛けした気がして……」
そんなメールだった。
そんな事ある訳無いだろう……。
僕は、返事をせずにスマホをポケットに入れた。
相手の男には田代さんが準備した数百枚の写真から適当に由佳里のイメージの写真を送っている。
その大半が何処かのサイトからコピーしてきたモノだと言っていた。
だから、本人に会う確率は極めて低い。
僕は行く当てもなく、駅の改札を潜った。
部屋に戻ったのは日が暮れてからだった。
僕は色々と買い物をして晩飯を食べて帰って来た。
ポケットの中のスマホを出す。
由佳里のメールに十数通のメールが来ている事に気付いた。
一通はメール会社からの通知だったが、他はすべてケンさんからのメールだった。
昼食は中華にした、昼からの会議は眠い、やっと仕事が終わった、夕飯はとんかつを食べます、そんな内容だった。
「母の自宅に行き、掃除をして帰ったらこんな時間になっていました。私は母と夕飯に鰆の西京味噌漬けを食べました。母はお肉が良いと言ったのですが、今日は無理矢理魚にしました」
僕はそんな内容を送った。
それに味を占めたのか、ケンさんからのメールは何度もやって来た。
由佳里のふりをして男と会話をする。
下ネタなどになると耐え切れない。
僕は適当に話をすり替えながら会話をした。
やり取りを続けていると田代さんからの電話が鳴った。
「今回は少し厄介そうだ。一週間程、準備に掛かりそうな感じだから」
田代さんは一方的にそう言って電話を切った。
僕はケンさんとこのまま一週間メールのやり取りが続く事を覚悟した。
「ケンさんと出会えて本当に嬉しいです。私からはケンさんに報酬をお渡しするくらいしか出来ませんが、私は心からケンさんに救われています。末永く私の相談を聞いて下さいね」
「報酬よりも心優しい由佳里さんみたいな人と繋がっていれる事が嬉しいです。私に出来る事なら何でも言って下さいね」
あれから数日、僕はケンさんと色々な話をした。
どうやらケンさんは完全に僕の作り上げた由佳里に惚れ込んでしまった様子だった。
僕はサギだ……。
僕は手に持ったスマホをベッドに投げ出して、白い天井を見た。
仕事が無い日は田代さんからの食料の差し入れも無い。
僕は夕飯を食べるために部屋を出た。
近くの定食屋で晩飯を食い、コンビニに寄る。
缶ビールを数本取り、レジに並んだ。
「ケンさん。飲み過ぎですよ」
酔った数人の男がそう言った。
僕は「ケンさん」に反応し、その酔った男の顔を見た。
勿論、メールの相手のケンさんではない筈だった。
ケンさんは由佳里の顔を知っている。
だけど僕はケンさんの顔は知らない。
勿論、由佳里の写真は拾い物ではあるのだけど。
僕はレジで金を払い、ビールの入った袋を提げて部屋に戻った。
「ケンさん、こんばんは。私は今、家に戻り、今日は珍しく晩酌をしています。なんか少し飲みたい気分になってしまって。生きていると嫌な気分の日もありますね……。出来ればそんな思いをせずに生きていきたいですね」
僕はビールを飲みながらメールを送る。
しかし、ケンさんからの返信は来なかった。
僕は続けて、
「いつか、ケンさんと一緒にお酒が飲めたらいいな、なんて思ってしまいました。その時は私の手料理なんかも食べてもらえると嬉しいです」
僕はそんなメールを入れてスマホをテーブルの上に置いた。
妙な自己嫌悪を感じた。
「ケンさんってどんな顔してるのかな……」
僕は酔ってそんなメールを送った。
別に見たところでケンさんに惚れる事も無い。
ただのサギのターゲットでしかないのだから。
しかし、普通のやり取りでも仲良くなれば顔写真のやり取りくらいはするだろう。
僕は数本目の缶ビールを飲み干して空き缶を握り潰した。
遅い時間にピロンとスマホから音がした。
僕は眠ってしまっていた様で、その音で目を覚ました。
「すみません。忙しくてメールを見る暇が無く、こんな時間になってしまいました」
ケンさんからのメールだった。
「私も眠ってしまってしまってたみたいです」
僕は重い頭を振りながらメールを返信した。
「私の顔、見たいですか……」
そのメッセージにどう返すか僕は戸惑った。
酔って送ったメールだったが、ケンさんの顔を見てしまうと、この先騙し通す事は出来ない様な気がした。
「相手を知ってしまうと騙せなくなる。メールで会話するくらいがちょうど良いんだよ」
と田代さんも言っていた。
僕は躊躇いながらメールを返した。
「はい。見たいです」
僕はホテルに居た。
マンションを逃げ出す様に飛び出し、そのまま数日ホテルを転々とした。
持田と田代さんが警察に捕まった事を僕はテレビで知り、その直後に部屋から出た。
多分、警察は既に僕を探している筈だった。
ホテルの部屋で明かりもつけずに僕はベッドに横になっていた。
田代さんたちの逮捕にも驚いたが、僕はそれ以上にケンさんに驚いていた。
「私の顔、見たいですか……」
「はい、見たいです」
僕の返信から数分してメールが来た。
僕はメールの下に添付してあるケンさんの顔の写真を見た。
その写真は女性の顔だった。
そしてその写真の下に、
「由佳里さん。あなたは男ですよね」
と書かれてあった。
僕は誤魔化そうと思い、長い文章を書いた。
そして一度深呼吸をして、その長い文章を消した。
「すみません……。男です」
僕はそう書いた。
翌日、僕はホテルをチェックアウトして、表に出た。
「会いませんか……」
ケンさん、いや、優子のメールにはそう書いてあった。
僕は、彼女を裏切った事で胸の奥が重く、簡単に「はい」とは言えなかった。
しかし、彼女は一方的に今日の日付と時間、この場所を指定したメールを送って来た。
そして僕は、今、その彼女が指定した場所の傍にいた。
駅前のホテルだったが、まだ出来て間もない街で、駅から数分歩くと未開発の土地が広がっていた。
僕は少し離れた場所に立ち、自販機で缶コーヒーを買った。
風が冷たく吹き抜ける。
手が悴んでいて、温かい缶コーヒーで冷たい指に体温を戻した。
足元を見ると百円玉が一枚、冬の太陽に照らされて鈍く輝いていた。
「芸術も音楽も文学もよ、元々は貴族と呼ばれる奴らが楽しむためのモンなんだよ。金もそうだ。金持ちのために作られたモンでよ。貧乏人には世の中に出回っている金の極僅かしか回って来ない様に出来てるんだ。それを手に入れようと思うなら貴族に喧嘩売るしかないんだよ。それが出来ないなら、もっと下の階級、いわゆる奴隷みたいなやつからでも取るしかないだろう」
初めて部屋に連れて来られた日、田代さんは昼飯に鰻をご馳走してくれた。
その時にそんな事を言っていたのを思い出した。
僕は足元の百円玉を拾い、ポケットに入れた。
「貧乏人が貧乏人じゃなくなるための手段なんてこの国には無いんだよ。悪い事でもしない限りは貧乏なままなんだよ」
田代さんは口元を歪めながらそう言った。
僕はあの時、本心から田代さんの言葉に頷いたのだろうか……。
僕は高い空を見上げた。
そして南へと飛んでいく鳥を見付けた。
僕は鳥になりたかった。
自由に空を飛べる鳥になりたかった。
僕の前にコンパクトな外車が停まった。
その車の窓が開くと、写真で見た事のある顔が僕を見て自然に微笑んでいた。
「由佳里さん」
彼女は僕をそう呼んだ。
僕はコクリと頷いた。
「乗って……寒いでしょ……」
彼女は車を降りると僕の荷物をトランクに乗せ、ドンと閉めた。
僕は彼女に促されるままに助手席に乗り込み、シートベルトを締めた。
「色々とすみませんでした」
僕は彼女にどう謝ろうか、ずっと迷っていたが、この言葉を選んだ。
「お互い様でしょ……」
彼女はそう言って僕に微笑むとゆっくりと車を走らせた。
「何て呼べばいいのかしら」
彼女は僕の横顔を見ていた。
「典行です。三島典行」
僕の言葉に彼女は頷く。
「何処に行けばいいかな。ノリの好きな所に行くわ。警察でも、南の島でも……」
彼女はアクセルを踏み込み、車を走らせた。




