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六話 大溢流

六話

 部屋の入り口から魚人がやってくる。しかも、ニ体も。また次にもやってくるだろうな。


 魚人の口や手に、赤黒い汚れが見える。そういう食性なんだろうか。


 らちがあかない。いったん離脱しよう。


 魚人の一人を足で蹴り倒し、そのまま走り抜ける。虚を突かれたようで、魚人たちは一瞬だけ動きが止まった。その後、追いかける体勢が整った頃には、わたしは遥かかなたに逃げ去っている。ばーか。


 そのまま、一応通路をひた走る。一応帰り道を進んでいるはずだが、急いでいるからだろうか。しばらくするともう道がわからなくなってしまった。


 後ろを振り向いてみると先ほどの魚人の気配はないため、安心していったん立ち止まった。


 しかし、あの魚人が増える現象。あれはどういったものなのか……


 大溢流(スタンピード)の言葉が、脳裏によぎる。毎回ああだったら、経験値稼ぎにもなるが、疲れても休めない、耳をとる暇もないとなると、それはちょっとこまるなあ。レベルは上がるだろうが、金が……。パーティを組んでいたら、こういうところで助かるのかな? 



 ただ、これが今日限りとなると、帰るのもちょっと勿体ない。ここで一稼ぎっていうのも選択肢にあがるだろう。でも、さっきの、ちょっと危険だよなあ。

 



 ……よし。一旦出よう。今変なところに来てしまっているが、それも逃げた通りに戻れば、記憶にある道に出ると思うから、それで帰ろう。


 戻ろうとすると、先の方で人の気配がする。なんとなく人間な気がするから、冒険者だろう。一応、その冒険者に道を聞こう。





 !?

 

「ひ…ッヒィッ…た、助けてっ…」


 気配を辿って、冒険者のいる方に行くと、そこには血塗れの人間がいた。魔物に傷を負わされたのか?


 「ぎ……魚人をッ倒してたらッ…いきなり魚人…が増えてッ…」

 

 息が切れているのと、顎が折れているようで、喋るのに苦労している。そういえば、さっきのあいつじゃないか。五人パーティで魚人二人と戦闘していた奴。残りは?


 「死んだッ……みんなッ……首からッ血が…」


 そうか。

 

 その冒険者の様子を詳しく見ると、顔面に多くの打撲傷があり、体幹部の鎧は酷く凹んでいる。左手を触ると痛みの反応があり、動かせもしないらしい。


 左手の骨折と、顎骨骨折。他にも、肋骨とか鎧に包まれている部位の骨が折れていることは確実だろう。これでは一人で帰れもしない。連れて帰る必要があるな。


 道、わかる?


「あ……ッああ……あ…ッち…」


 震えながら指を指す。大変だろうから、声は出さなくていいよ。


 指で帰りの道を案内してくれる。その澱みない様子から考えると、ここにはもう何度も来ているのだろう。これは、それだけの熟練者が経験したことのない事態なのか?

 

 誘導に従ってダンジョンを進むと、急にその冒険者が立ちどまる。


 どうした?


「あ……あ……」

 

 その冒険者越しに前を見ると、ニ体、新しい魚人の群があった。ニ体の体には赤い血痕が残っており、こいつと戦闘していた奴だろう。


 手でこいつを押し除けて前に出て、刀を振い始した。この程度なら、逃げるより始末した方が早い。それに、負傷した冒険者が走って逃げられるかわからないし。

 


 怪我人は、目を丸くしている。わたしの戦闘風景を見て驚いているのだろう。ふふ。まあ、格の違いというやつかな?





  ん?……これ、指を指してる?


 「あひゅ…な…」




 


 振り返ると、別の通路から魚人が向かってきている。

 

 完全に出てくる前に一体の頸を切るが、それでもまだかなり……四体いるな。



 やはり、何らかの異変が起きているのか……?


 四体の魚人を倒そうとしていると、後ろからか細い声が聞こえる。見ると、さっきわたしたちが来た方からも魚人が。

 



 こうなると、挟み撃ちが怖い。けが人を壁に引き寄せて、壁を背にして両方の魚人を同時に相手取ることにした。









 


《 ハフリ ユメ のレベルアップを確認しました。》

 

 ハフリ ユメ

職業【神巫】

Lv:7

HP44/75 →80

MP60/75 →80

筋力:75 →80

魔力:75 →80

速度:75 →80

防御:75 →80

抵抗:75 →80

【スキル】

:【剣術】Lv.3【経験値アップ】Lv.1


 もうそんなに倒したか。

 

 先ほどの体勢のまま、魚人を倒し続けていたが、限界が近い。囲まれることと、後ろに攻撃を通してはいけないことに左右されて、リスク覚悟で攻撃を通さなくては行けない場面が多くなった。


 何とかインパクトの瞬間をずらして腕や足で受けていたが、一発腹に受けてしまってから、体力もちょっと減ってしまったな。動きには支障ないから問題ないが、もうちょっとなんか有ったらどうにもならんかもな……


 目の前には三体、ここからどうするか……




 そう考えていると、目の前にいる魚人が、三体とも砕け散る。


 「大丈夫か!?これ……」


 この大槌と声は……グラントか!


 三体の魚人を屠ってなお、魚人は私たちの方に集まろうとしている。普通こういう時は離脱するんだろうが、立っているのもせいぜいといったこの冒険者を擁している今、逃げることは許されない。


 グラントに一言でわたしの現状を伝えようとしたが、グラントはわたしのそばの負傷した冒険者を見て、それだけで事情を把握したようだ。


 「援護する。わたしの余りを撃破しておいて。」


 “余り”…


 そう豪語するだけあって、グラントの大槌の威力は凄まじかった。


 自身を独楽の中心のようにして、大きく一周振り回すと、槌に接触した魚人は、その部位を弾け飛場されていた。最初もそうだったが、一振りで三体の魚人を巻き込み轢き潰すというのは、わたしでは考えられない威力だ。


 そして、その威力と槌の質量ゆえに、フォロースルーを大きくとらなければいけないようで、かなり大きい隙ができる。


 なるほど、ここの隙をつかれないように、か。


 準備のできていないグラントに襲い掛かろうとしている魚人の頸を刈り取る。


 そのまま、何体かは討伐しつつ、魚人が溜まってきたら……


 「離れろ!」


 グラントからの合図でわたしが離脱し、周囲の者を全て消し去る。その間はわたしが……


 


 あっ、危ない。蹴り飛ばして、魚人を退ける。


 わたしの方は、一体ずつの頸しか切りとばせない。処理速度がこれ以上上げられないのに、魚人の出現スピードはますます上がってきている。無理な分は、フィジカルコンタクトで飛ばすしかない。


「“大槌”!」


 えっ、もう!?


 疑問に思ったが、確かに四体ほどに直撃している。わたしの処理速度が追いついていないから、殺さずに処理した分の魚人がそのまま戻ってくるのか。


 わたしが、もうちょっとちゃんと魚人を処理できなければ、その分グラントの攻撃のペースは早くなる。あれだけの大立ち回りだから、体力の消耗も著しいだろう。大丈夫か……?


 大槌の直後、向かってくる魚人の頸を切り取るが、やはり、魚人が向かってくるまでの時間では、二体が限界。残りはやはり吹っ飛ばして耐え凌ぐしかない。

 


「“大槌”!」


 かなりのハイペースで“大槌”を使ってしまっている。横目で一瞬グラントの方を見ると、やはり体力の消耗は大きいようで、早くも肩で息をしている。


 このままでは、パーティ崩壊も時間の問題だ。


 刀を振る回数を変えるのは無理だ。とすれば、……迫り来る魚人の全ての頸の位置関係を正確に捉え、的確に力を入れる……直撃位置がどの場所でも関係ない…意識を集中する。



 この瞬間、わたしには確かに全ての者の位置関係が完璧に理解できた。


 “やや左斜め下に切り下げる。“


 右の一体は、全体で一番前に位置している。身長は標準程度。刃は、全体のちょうど中間程度、腹の部分が当たる。手を前にしているため、脇の下、腕の付け根部分から入り、肋骨一本ほど下にずれて出るだろう。


 中心に位置する一体は、標準よりも大きいサイズだ。位置は後の一体を含めて中間。刃は先端よりも手前の部分が当たる。くびれから、へそを通るような形の刃筋となるが、脊椎には微妙に接触しない程度になるだろう。腹直筋及び腹横筋、消化管系の甚大な負傷を及ぼすだろうから、受傷後に動く心配はない。


 もっとも左に位置する一体は、かなり小さめの個体だ。前後関係はもっとも後ろで、左腕の前腕部を巻き込んで頸を飛ばすつもりで、その関係で最もよく切れる、刃の先端の物打ちの部分で当たるように調整した。


 《 スキル【剣術】のレベルアップを確認しました。》


 正確な情報把握によって放たれた一撃は、見事に三者を切断した。


 グラント、体力が回復するまで待ってて。それまでの間はわたし一人で凌ぐから。


 グラントは何やら言おうとしていたようだが、様子の変わったわたしの太刀筋を見て、回復に専念してくれたようだ。


《 ハフリ ユメ のレベルアップを確認しました。》


 ハフリ ユメ

職業【神巫】

Lv:7→8

HP44/80 →85

MP60/80 →85

筋力:80 →85

魔力:80 →85

速度:80 →85

防御:80 →85

抵抗:80 →85

【スキル】

:【剣術】Lv.3→4【経験値アップ】Lv.1


 最後の一体の魚人の頭を、唐竹割りにして切る。よーし、これで、最後!



 


 周囲には魚人一人たりとも立っておらず、周辺は倒れる魚人の死体だらけだ。ついに、周囲全ての魚人を倒し切ることができた。


 わたしが数体を一撃で倒すことができるようになって、わたしとグラントで交代交代で倒し続けるという戦略が取れるようになり、魚人の前線は完全に崩壊。最後の方は、幾許かの余裕すらできていた。

 

 ただ、何体かもわからないほどの魚人を倒し、その疲労のあまり、お互い何も言わずに床にへたり込んだ。




 


 さて!やることはやろう。周りの魚人を全て1箇所にまとめ、一つ一つチェックしていって、全ての右耳を切り落とす。


 わたしが頭部をアキシャル面に切ってしまって耳が頭ごと真っ二つになっているものや、グラントの大槌で潰れているものもいくつかはあったが、全てカウントして113体ということになった。


 各々が討伐した数の算定は不可能だったので、ちょうど半分ずつ山分けする。一余った分はグラントがわたしにくれるというので、遠慮なくいただくこととした。

 

 つまり、本日の清算は([113➗2]+1+12)✖️1000=69000ゴールド。


 一日目標達成どころではない、七倍近い稼ぎを出すことができた。ただ、今日みたいなのはしばらくいいかな……


 「あ…あり…がと…ござ…ま…」


 負傷している冒険者だ。どうやら、感謝してくれているようだけど、いいよ、顎も割れているし。さっさと帰ろう。




 ダンジョンから出て、すぐ負傷した冒険者をギルドに見せに行く。意識は清明だが、全身くまない打撲と何箇所かの骨折により迅速な治療が必要とのことで、カウンター内に連れ込まれていた。


 わたしたちも、それほど長居することはないと思い、カウンターで換金だけしてその場を立ち去った。

 

「じゃあ、わたしは用があるから。また会えるといいな。」


 そうだね。


 今日は、とても得るものが大きかった。結構な貯金ができたのもあるが、ダンジョンの攻略仲間に会えたことは大きい。


 いつまた会えるかわからないが、またどこかで一緒にダンジョンを攻略したい。


 さて。ギルドの寮に戻ってきた。貯金は、メムに貰った五万ゴールドのうち四万ゴールドと、今日貰った六万九千ゴールドで大体十万ゴールドだ。ホテルの値段が仮に一泊一万だとすると、十泊分……


 ちょっと心許ない。まだ貯めたいな。


 それはいいとして、夕食を食べに行こう。6時近くまで潜っていたから、店ももう開いているだろう。願わくば、ちゃんと美味しい店があるといいが……


 シャワーを浴びて、また外へ出て行った。





 今日の朝と昼は外れだった。その店は外すとして、夜はどうしようかなー。


 暗い夜道を歩きながら今日の夕食を考える。


 看板があちこちに出ているが、大概が意味がわからない。わたしの知らない文化の料理店なのだろう。あちらでは、何となく文体や文言でどんな店かわかるものだが……


 ただ、どうせどれも知らないわけだから。覚悟を決めてどっかに入ろう。


 この看板……轟、トドロキと読むんだったよな。トドロキ亭。何となく語感が気に入った。ここに入ってみるか。



 中に入ると、そこはいかにも大衆居酒屋といった風情だった。カウンター席に、座敷席が二テーブル。壁にはびっしりと紙製のメニューが貼ってある。客 は数人いるばかりである。


 案内されるままカウンター席に着席した。


 座席に一つ用意されているメニュー表を見ると、ラーメン、チャーハン……。予想外に、聞き慣れた中華料理の名前が。こういう複雑な料理は、こっちでは見かけない。適当に入ったが、意外と期待できるかもしれない。


 どうしよう……そしたら、チャーハンでも頼もうか。


 注文を済ませると、聞き慣れたような中華鍋の音が聞こえてきた。





 数分もせずに、カウンターに料理が届く。届いたチャーハンは、米、卵、ネギ、小海老に焼豚などが入ったもので、わたしのよく知るチャーハンに近い。


 さて、どのようなものか……。


 一口分レンゲで掬いとって、恐る恐る口に入れる。



 口に入った瞬間、ぱらりとほぐれた米粒が、舌の上で軽やかに踊る。中華料理店特有の高火力と鉄鍋で一気に仕上げたことのわかるはっきりとした米の扱いだ。米は一粒一粒が立ち、油をまとうことで艶やかに輝いている。


 また、焦がし醤油のほのかな苦みと、ラードの奥行きのあるコクが絶妙なバランスを保ち、最後に胡椒がきりっと全体を締める。海老や焼豚といった具材は、全体のバランスを乱さないアクセントとなっており、時に一口の中に入り込むことによって、噛み締めた際の多幸感を増している。





 あまりのおいしさに、全て一息でむさぼってしまった。


 いやー、美味しいものがこんなに貴重なものだったなんて、感動した。これ、あっちでも相当美味しいだろうな。



 一体、ここの店と他の店、一体何が違うんだろう。あまりに美味しすぎる。


 あ、そ、そうだ。今は六時。一応ディナーのピークタイムなのに、こんなに客がいないなんて、潰れたら困る。


 店主の人の顔を覚えておこう。顔を上げて、店員の顔を見る。


「お客さん、どうかしましたか、って…は…祝子!」


 厨房には、白髪で大きいツノのついた店員が。別れを惜しんだ友との、早々の再会となった。

余談ですが、グラントはバイトとしてトドロキ亭に入店しています。一人でダンジョンに潜っていたのも、そのせいです。

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