四十七話 海亀のスープ 4
さて、待望の雪男の目撃情報のスポットについたが、時間はもう昼過ぎだ。ここから次のスポットに行ったら、帰るのが夜遅くになってしまうだろうから、ここでお昼ご飯を食べて、もう帰ってしまおう。
ちょうどここも広場となっているので、テントに使うシートを地面に敷き、各自食事の準備を始める。
グラントー。出してー。
「はいはい。」
そう言いながら、グラントが鞄から器具類を取り出し、準備をし始める。わたしは、ダンジョン内のご飯は完全にグラントに一任しているのだ。まあ今回はしゃあなしだよね。グラントの提案だし。
唐辛子や牛肉など様々な材料を鍋に入れ、火を炊いてコンロを作り、煮始める。火鍋かあ。寒いし、ちょうどいいね。
「え?これ、なーに?」
火鍋の匂いを嗅ぎつけて、アルベルトがやってきた。火鍋って言って、唐辛子とか使った辛い鍋だよ。食べてみる?
「いいなー。食べてみたい!」
一から作るわけではなく、その場で温め直すだけなので数分ですぐに完成する。グラントがわたしの取り皿によそってくれるので、それをアルベルトに渡す。辛いから気をつけて。
「ふんふん……辛っ!」
火鍋の具材を口に入れた瞬間、顔を勢いよく飛び退かせる。地上のほかの料理店でも唐辛子をこのように大量に使っているのはあまりみなかったから、スヴィの人間でもあまりこういうものには親しみがないのかもしれない。大丈夫?水飲む?
「うん。あ、でも、なんか……ちょっと食べたくなるかも。もう一口もらってもいい?……」
いいよー。火鍋の具材は大量に用意してあるから、そう簡単に尽きることはない。三階層は魔物のサイズがでかいから、肉には困らないんだよね。
「祝子、それ美味しいの?」
匂いとアルベルトの反応に誘われ、アレクサンドラも寄ってくる。うまいよ。食べてみるか?
「うん。……かっら!でも、確かに……」
やはりこの周囲の人間には刺激が強すぎるようだが、一回食べて拒絶しても、ついつい食べてしまうのが辛いもの。アレキサンドルも気に入ったようだ。
二人の評判を聞いて、ほかのみんなもわたしたちの食べている奇妙な鍋の周りに集まって食べ始める。
「あ、そうだ。このパン。これつけたらもっと美味しいんじゃない?」
アルベルトたちが持っていた携行食のパンを持ち出す。確かにそれはうまそうだ。
鍋のスープにパンをちぎって浸し、一口食べてみる。
おー。辛いのが、パンで緩和されてうまい。刺激的で、水で休み休み食べるのが良かったが、辛さを適度に抑えてどんどん食べられるようにするというのもいい。
「これもいいんじゃないか。」
アレキサンドルは、軍の携行食の中から、チーズを出してきた。取り皿に取り分けたものの上に振りまいて、肉によく絡ませて食べる。辛いものにはチーズがよく合うが、これは格別。今度から、チーズも持ってきておこうか。
このような提供も経て、結局十人全員で鍋を囲むことになった。
「この鍋、美味しいね。カインゼルの伝統料理とかなの?」
全然違う。……うちの本当の特産は、肉サンド……?
「このチーズ、美味しいですね。よく溶けて具に絡む。普段食べてるので同じことやったら、多分塊になっちゃいますよ。」
「うちの特産だ。あまり上手いとは思っていなかったが、鍋向きだったか。今度機会があったらやってみよう。」
「アクサだと、確かビールが有名だとか。これと合わせて飲みたいなあ。」
「え、あれ、新作出てるの!?知らなかった。うち、実習に入ると数ヶ月はずっと出れないから。その時に出たのか。」
「で、出たのが、三ヶ月前の八月十五日、なんだけど……」
「……ギリギリだあ。くそー、実習明けたら絶対買うぞ。」
「さっきの、外伝のやつでしょ?うちにも売ってるかなあ。」
………
「うん!美味いねえ。」
「美味しいねー!いや、この寒さに染みるよ。」
美味しいでしょう。……まあ、前に何回かトドロキ亭で食べただけだから、わたしが誇るのもなんだと思うけど。
「うむ。雪中の余裕がある時なら、なかなか軍用で用いるにしてもかなり役に立つだろう。軍部に申請してみようか?」
「……」
「……」
……
「……何だ。何か?」
「ユリアンさん、真面目だよねえ。こんな時まで、軍のこと考えてるなんて。」
「こいつはずっと真面目だよ。昔から。休みの日、何やってるか言ってみ?」
「は?……まあ、基本は読書だな。読みきれていない兵法書が山ほどある。」
「あー。」
「ほらね。」
よくもまあそんなに。何か、軍に関係ないことをしてる時間とかないの?
「う……何か………軍に関係ないこと……そうだ。実家に、花がある。花壇にあるわけではないが、それが日に日に育っているから、それを、軍から帰った時に毎回見るんだ。」
「……あとで、私の漫画貸してあげるよ。」
わたしの娯楽小説も。
「私からは、官能小説を贈呈しよう。大事に読みなさい。」
「だいぶ不本意だが……多少は気をつけよう。アレクサンドラ、お前の官能小説は没収する。作戦行動にそんなものを持ち込むな。」
「そんなー」
……
火鍋の材料は相当量を持ち込んでいたが、全て食べ尽くしてしまった。全身が唐辛子の効果でポカポカだ。服を脱ぎたいくらい。
それより、みんなの反応だ。各々、最初に来た時とは
やはり、食事は人が仲良くなるためには最適だ。それに、わたしがさっきやった仕掛けが効いている。
登ってきた時妙な組合わせになっていたが、これは、体力のない人をある人がカバーするという名目で、それぞれのチームをシャッフルしたんだ。
さっき、わたしがユリアンとかアレキサンドラとかと喋ってたのは、ユリアン、アレキサンドラをわたしとアルベルトでサポートしたから。カヤ・ミカ・エリザの三人は、ノア・グラント・もみじでサポートしてもらった。
それで、それぞれ少し仲良くなってくれたのではないか。殺人事件が起こってから、みんなピリッとしてたから。
一応様子を見る限りは、四グループでの何となくの境目というのはなくなって、境界なく仲良くしている。このまま、何も起きないまま過ごせればいいが……
全て食べ終わって、片付けも終わった。じゃあ、そろそろ下山しようか。もう今日はここ以外のスポットに行くのをやめることにしたから、帰りはゆ〜〜っくり行こう。
その後、談笑しながら下山した。行きは一瞬ほかの場所も巡ろうと思っていたから急いだが、もうその必要が無くなったため、ゆっくりと下山する。急がなければ、それこそふざける余裕も出てくる。
「ユリアン、この子、草に詳しいらしいぞ。あれ、教えてもらえよ。」
「あ、はい。一応、植生学を専攻していますが。」
アレクサンドルが、ユリアンの元にミカを連れてくる。草というと、あれだろうか。
「ああ、あの花か。見ても何の花か誰もわからなかったが……」
ユリアンは懐から写真を取り出し、それをミカに見せる。こちらから見える限りは、白く、花弁の長い奇妙な花だ。
「確かに、変な花なんだよな。こんな花見たことないし……」
ミカが見て、いくらかの時間をかけて返答する。
「これは、幽霊の花と呼ばれる花です。西の小国、クイバーノにのみ咲く花で、場所によっては有名ですよ。」
幽霊の花……そんなものがあるのか。
「クイバーノとウチって、相当離れてるよな。一体、なんでそんな?」
クイバーノがある場所は、こことは大陸からして違う、という。アクサにはあるはずもない花なのだが……
「この花は、生命力が豊かで、肥沃な土地と種さえあれば、おそらく咲くと思います。クイバーノ固有種なのは、繁殖にクイバーノ特有の生態系が必要だからで……。ご家族の方に、国と国の間を移動する方はいませんか?」
「確か、私の家系は、軍の高官の伝統があったが、ほかにも輸入業に参画する者も多かった。そうか……」
幽霊の花、ねえ。そんなものがあるとは。でも、綺麗な花だったし、花を趣味にするっていうのはユリアンの気性とも合いそうだし、いいんじゃない?
その後も数時間の行軍を続け、山小屋に到着した。ふー。なんか気疲れしたなあ。
相当な時間過酷な登山をしてきて、みんな体力が相当削られている。そのため、昨日とは違った理由でそれほど帰宅後に談笑するでもなく、電気を消灯し、皆就寝した。
そして……。ミカが、路上に晒されて死んでいた。




