四十六話 海亀のスープ 3
山小屋の中で見つかった死体の正体の同定は非常に容易だった。その場にいない者を宿泊者から引けば、自ずと正体が見えるからだ。
まもなく、死体の衣服等からも、身元が確認できた。
アクサ軍属士官候補生。アルコン家第十三子。
――――――――ソフィア・マリア・エリザベート・アウグスタ・フォン・アルコンが、最初の犠牲者となった。
「まだ暖かい……おそらく、少なくとも三十分以内だろう。失礼だが、各自の三十分前の行動を確認させてもらう。それぞれ……」
ユリアンが、状況の整理をし始める。司会となり、それぞれに犯行予想時間に自身の取っていた行動を述べるよう促した。。
「わたしたちは、集団で一階の広場に居た。いつ事件が起きたか知らないけど、少なくとも一時間前くらいから、ずっとここにいたよ。」
『わたしたち』とは、発言者アルベルト、わたし、グラント、アレクサンドルの四名だ。夜中の一時にふと目が覚めて、暇だからグラントと一緒に広場に行ったらアレクサンドルが居た。程なくして、アルベルトも来たんだ。
「ふむ。その四人は、お互いにお互いのアリバイを確認できるという訳か。」
そうだ。で、それ以外は……
「私は、二階のバルコニーで整備をしてた。ずっと放置していると、壊れちゃうもんでね。同じく、三時ごろからずっとそこにいた。確か、ユリアンとは目が合ったと思うけど。覚えてない?」
「確かに、葛城殿が廊下を歩いているのは目に入った。ドアを開け放していたのでな。」
「ついでに言うと、私たちはずっと起きていた。明日以降のことについて少し計画を変更する必要があったから、ユリアンと二人で少し話し合っていたのだ。」
重ねて補足をすると、二階の構造的に、ノアたちの部屋の前を通らずにバルコニーに行くことは物理的に不可能だ。バルコニーは廊下の突き当たりにあるのだが、廊下に沿って、アルベルトたちの部屋、ソフィアたちの部屋、ノアたちの部屋と配置されていて、行くにも戻るにもその廊下を通らなければならない。もみじの部屋は一階だしな。ノアらの証言は、それを踏まえてのことだろう。
で、最後……
「私は……死体発見前は、寝てました。起きて、トイレに行こうと思ったら、こんな……」
「ぼ、僕も、同じくです。少し前に多分ミカが起きたと思うので、そこまではお互い確認できると思いますが……」
「私もです。すいません……」
この三人は、お互いにアリバイを確認できない。ただ、この三人の中に犯人がいるとは思えないが……
「四人とも、荷物を確認させてもらおうか。」
四人の荷物を開け、不審な物がないかどうか確認する。
各自、探索時の武器として、あるいは雑具としてナイフなど刃物類を所持していたが、それを異常に使用した痕跡はなかった。荷物や服にも、血が付着している様子はない。犯人を特定できうる情報もなく、アルコン家の令嬢が死亡したためか、ユリアンの様子からは焦りが感じられる。
エリザを問い詰める。
「エリザベート。お前はソフィアと同室のはずだな。なぜ気づかなかった。」
「はい、申し訳ありません。寝入っていて……」
ユリアンは、完全に冷静さを失っている。叱責は徐々に激しさを増していき、もはや罵倒に近い領域に近くなっていく。
「もういいでしょう、ユリアン。ここで怒鳴りつけてもしようがない。この後のことを考えなければ。」
ユリアンは、アレクサンドルの諌めにより、落ち着きを取り戻した。そうだよ。ちょっと冷静になった方がいい。エリザは容疑者だけどひどく動揺していて、それをしつこく追及することが正しいとは思えない。
それより、この後のことだ。ここにずっと居ては、誰がいつ死ぬか全くわからない。殺人犯がこの中にいるのなら、また引き続き殺人が起こる可能性が高い。
それに、冒険者でなければ考えられないことだが三階層は理解不能な魔物が数多くいる。この状況なら普通は人間による殺人を考えるが、何らかの方法で魔物が殺したということも考えられる。
誰が、あるいは何が殺したのか。現状では全く掴めない。
ノアの提案で、十人全員、今日一日行動を常にともにすることになった。
ソフィアが死んだということで、少なくとも下手人を確保したい。それで、現場での検証を進めたいということだ。ここで誰か一人でも帰してしまっては、犯人を逃すことになる。わたしたちは、皆それに同調した。
実際それを差し引いても、気候情報を確認すると、今日は晴れるものの明日は大雪。明後日から何日か晴れが続くらしいから、帰るなら今日はやめておいたほうがいいらしい。
魔物の出現の脅威を考えても、アルベルトたちは今日帰還を始めるべきではない。ということで、皆それに賛同した。
ただ、ノアらは、わたしたちにも目的があるということを考慮して、全員で同行するという条件で、山行を認めた。アルベルトらは観光のため特に目的がなかったため、わたしたちの雪男捜索に皆で出発することになった。
今日の雪男捜索だが、まずはある台地に向かう。ザクロの街の若者が目撃したという場所だが、ここから五キロほど北上した後、一キロ上がったところに、半径十メートルほどの広場がある。どうやら、そこで休憩しようとしたところを襲撃されたらしい。
そこまでは、ここから徒歩で二時間とかかな。じゃ、早速。
雪面を登り始める。
それぞれ、アルベルトたち三人、私たち三人、ノアら四人で別れて行動している。
この状況では昨日まで全く知らない人と一緒に仲良く登山するというのは少し気が引けて、元々のグループ間での行動が多くなっている。昨日は多少、打ち解けていたと思ったのだが。
「まさか、殺人が起きるなんて。とんでもないことになっちゃったね。」
小声でグラントと話す。そうだね、ダンジョンで、まさか魔物ではなく人間のせいで人が死ぬとは。それに、誰が殺したのかもわからないというと。
「結局、どうなったんだっけ。えっと……」
死体が見つかったのは、二階の廊下の階段そば。そこから少し曲がって廊下になり、そこからアルベルトたち、ソフィアたち、ノアたちの部屋と続く。二階の奥にはバルコニーがあるらしい。
そして、階段を降りると、左に同様わたしたちの部屋、葛城の部屋。そして、右に広場。
アリバイがないのは、部屋で寝ていたエリザベート、カヤと、発見者のミカだが……
構造上、バルコニーから直接現場は見えないとはいえ、三つの部屋から誰か出て来たとあれば、もみじがわかるような気がするし、ノアたちは起きていたので、そこの前の廊下も通れない。
事件が起きたのは、おそらく一時五十分〜。今朝の最初の議論ではノアたちの動きが掴めていなかったが、訓練ということで、交代で広場に行き、見張りをすることにしていたらしい。二時からソフィアの見張りの約束。
アレクサンドルとの見張りの交代をしに行ったと思われるが、ソフィアはきっちりとした性格なので、規定の時間の二時の十分前に到着しようとしていたと思われる。そこで、首を刈られたわけだ。
一体誰が……
「すまない、一回、休憩を挟んでくれないか?うちのがちょっと苦しいらしい。」
「こっちからもお願い。二人がばててて…」
考え込んでいると、後ろのパーティから声がかけられる。どうやら、少しハイペースになっていたようだ。そうだね。休憩にするか。
適当な平地まで移動して、岩を椅子にして休憩する。
「ハア……ハア……」
後ろにいたグループは、皆疲労困憊といった様子だった。皆わかりやすく息を切らしており、山行というよりは、運動量の多いスポーツをやっていたかのようだ。ずいぶん、頑張らせてしまった。考え込んだ、というのとは別に、純粋にわたしたちの身体能力と他とで乖離が激しいのだろう。
逆に、わたしたちと同様全く疲労していないように見えるのが、アルベルトとノア。ノアは、軍内でも傑出しているというのだから運動能力が高いのはわかるが、アルベルトは意外だ。ただの大学生のはずでは?
「うーん。生まれつき、結構運動神経とかいいんだよね。……カヤ、大丈夫?飲み物とかいる?ミカも……」
ふーん。ここまで来れたのも、アルベルトの役割が相当大きいのだろうな。しかし、生まれつきとは不思議だ。
元気なノアとアルベルトが、疲労したグループの面々の面倒を見ているが、人数比があっていないから大変だろう。
……そうだ!ねえ。いい事思いついた。
かなりペースを落として、昼過ぎにようやく一つ目のチェックポイントに辿り着いた。
「はッ、……はッ……大丈夫だ。これしき……」
「ふーーーっ……疲れたあ。」
後ろから、ユリアンとアレキサンドルが続いて登って来た。多少息は切らしているものの、あれからここまで結構長かったし、上りになるところも経由したのに無事到着できている。ちょうどいいペースに調節できたかな。
「ナイスファイト!ここまで長かったねえ。無事辿りつけてよかったよ。」
「いや、ずいぶん疲れた。学生の時を思い出した。」
「懐かしいね、軍学校に入りたてのころ。いつもゲロ吐いてる奴がいたなー。」
「黙れ。……お前が、もう少しまともだったら、こんなことには……」
確か、この二人は同期だったと聞いていたが、何か関係があるのだろうか。そういえば、ずっとタメ口だな。
わたしたち以外のメンバーも、次々と登ってくる。
「あ、ありがとうございます。あ、綺麗……」
エリザが、ノアに引き連れられて登頂した。言われて見てみると、岩壁の下に、綺麗な太陽が顔を覗かせている。
その下には、一面を全て覆う雲海が見える。もう雲の空域を超えたから、雲も上から見えるんだ。綺麗。
一同は、ようやく辿り着いたスポットから見える絶景を息を呑んで見つめていた。
……ここ、一応雪男の目撃情報のスポットなんだけど。……まあいいか。居ないし。




