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蓮花祝の大権現   作者: 終わり
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四十四話 海亀のスープ 1


 聞き慣れた少女の声で目を覚ました。まだ外は暗く、部屋の中にも光は差し込んでいない。


 眠い目を擦りつつ電気をつけ、ダイニングの椅子に座る。程なくして、一杯のスープが差し出された。


 「はい、これ。」


 スプーンで掬い、一口分のスープを口に入れると、独特で濃厚な旨みが口の中に広がる。中には、かみごたえのある肉が数片含まれており、噛み締めるたびにさらに旨みが染み出してくる。

 

 これは、亀のスープ。ダンジョンの隠し部屋に隠れている巨大な魔物のうち、希少な部位を切り出してそれを煮込んだものだ。他の様々なスープには無い個性的な味があり、わたしとしては非常に美味しいと思う。ただ……


「亀のスープはこれでおしまい。うーん、あんまり売れなかったなあ。」


 こう言っている通り、売れ行きはよくないらしい。こんなに美味しいのに。商売って難しいねえ。


 




 じゃあ、出発しようか。





  

 いつも通りダンジョンに入る。一階層を抜け、二階層を歩き、洞窟の壁面に宝石を嵌め、三階層へ。


 そこからさらに進んで、山を降りて、山の麓へ……





 「いらっしゃいませ。おめでとうございます!お客様は、当旅館の一万人目のお客様です!一万人の記念として、お客様は宿泊料金を無料とさせていただきます。ささ、どうぞこちらへ……」


 以前も来た、あのザクロの旅館だ。正式に着物を着用しているザクロが挨拶をして、宿泊を促す。


 ダンジョンでは、ミノタウロスや亀の例からわかる通り、魔物は定期的に復活する。当然、この旅館も例外でなく、全て焼けてしまってからしばらく経つと、元の通り復活した。


 それで、ちょっと試してみた。旅館に入り、そのまま宿泊せずに夜更けの前に宿を出てみたのだ。


 すると予想通り、宿はそのまま残った。おそらく、夜中にザクロが旅人の元に来る、あのイベント自体が起きなければ、ここに立ち入っても焼け落ちないのだろう。ということで。それを三階層の冒険者の間で共有して、イベントは起こさないようにしつつ、ここを休憩所として利用しているのだ。


 「祝子様、それで、今日は宿泊ですか。宿泊の場合、記念もありまして、いろいろと追加してサービスさせていただくこともできるのですが……」


 わたしが最初に首を切った時の記憶はないらしいが、何回もわたしが泊まらずに出て行った記憶はあるらしく、執拗に宿泊するよう言ってくる。

 

 いいよ。ちょっと休憩したら、すぐ出るから。でも、もしかしたら食べるかもだから、食べたかったら言うね?


「……はい!いつでもお待ちしております!」


 一応、こう言っておかないと、良いように使っているのがバレるかもしれないからな。……まあ、わたしが何回か使ったことは記憶しているらしいから、もうバレているかもしれないが……


 宿泊部屋に荷物を置いて、テーブルの周りに座り、今後の話をする。


 「えーと、わたしたちが今いる場所がここだね。」


 グラントが、三階層の地図の写し書きを広げて話す。わたしたちが最初いたのが、アスカ山。その麓に降りてきているから、うん。ここだね。


 「んで、おさらいだけど、()()()()の発見報告は、ここと、ここと……。やっぱり、イバ山が多いね。」


 イバ山というのは、この旅館の存在する平地と接する、アスカ山でないもう一つの山。グラントは、発見報告のメモの位置とイバ山の地図を照らし合わせて、ペンでマークをつける。そして……


 「とりあえず、そこを経由して行けるルートを取ろう。全部行けるなら、こうやって……」


 つけたマーク上同士を雑に繋ぎ合わせるように、マーカーで上塗りする。


 うーん、ギザギザ。まあ、各所巡るならそうなるか。ここでルート考えようって話だったけど、考えるほどでもないな。地図上に印つけて、その通りに登るだけだ。








 

 そんな雪山の深くまで何をしに行くのかというと、雪男探しだ。

 

 雪男。わたしたちの認識では、雪山に生息する、既知のものよりも明らかに巨大な類人猿だ。いわゆるUMAというやつだが、三階層でも、そのような生物の報告がある。……まあ、巨大というだけなら、三メートルを超える人間は知り合いに二人いるが。


 グラントは、これの肝が欲しいらしい。珍味として重宝されていて、一部の超高級料理店でごく稀に出されることがあると。あまりに美味かつ貴重なため、「雪男の肝を食べると、不老不死になれる」という伝承があるほどだとか。


 市場には出回らず、そういう料理店が生産者から直接買い上げてしまうから、実際の正体すらほとんど知るものはいないとか。


 ……これをだして、亀のスープみたいに、あんまり受けなかったらどうする?いや、わたしはいいけど。うまいもんたくさん食えるし。


 




 その後も計画を立てていると、唐突に襖が開く。振り返ってみると、襖のそばにザクロが正座して座っていた。……な、何か?もしかして全然ここに泊まるつもりがないのがバレた?


 「お客様方、まさか、イバ山へ向かわれるのですか。」


 そうですけど。……なんか、変な口調?

 

 「イバ山は、大変危険な山です。この街の人間で、あの山に入って帰って来た者はおりません。」


 そういって、地図を出してきた。簡単なルート表の、いくつかのポイントに印が記されている。

 

 「その中でも、このような場所で若者が死ぬことはかなり多いです。決して、この付近には近づかないよう警告いたします。」


 ……もしかして、情報をくれた?


  ザクロに言われなくても、どうせ倒すんだから、関係ないか。この情報はありがたくいただいて、討伐に向かうとしよう。


  ……しかし、もう旅館としての体裁を保つ気もないんだな。山から帰って来た奴がいないんだから、危険ポイントがわかるわけないじゃん。







 という訳で、アスカ山とは逆方面の山の麓から登り始めた。


 最初は簡単な道で、薄く雪が積もっているだけで歩きやすかったが、だんだん雪が深くなっていく。


 歩くにつれ、足首の上のところ程度、膝上、のようにどんどん雪が深くなっていって、ついには胸の下程度まで雪に浸かるほどになった。もう歩いている、というより、泳いでいる、という方が表現として近いほどだ。


 うーん。冒険者として筋力が強化されているとはいえ、ちょっと疲れるな。グラント、ここらへんで、ちょっと休憩……おや。


 横をみると、いつの間にかグラントがいなくなっている。ついさっきまで隣にいたのに。どこにいったんだろう……?


 胸元まで雪が積もっているので、雪をみると、各自通った跡がはっきりついている。グラントが作った跡の一番先端を覗き込むと、下に続く謎の空洞があった。


 雪に囲まれていて一見見えないが、ここはクレバスになっているのか。グラントも気づかずに踏み込んで、中に落ちてしまったのだろう。


 おーい。グラント、いる?




 

 ライトで照らすと、かなり下の方に人影が見えた。あれか。


 グラントー。ロープとかいる?


 「……ら…な……」


 遠いので聞き取りにくいが、その人影はちゃんと登って、近づいて来ている。多分、『いらない』かな。


「はー。びっくりした。」


 しばらく座って待っていると、グラントが地上に上がってきた。クレバスには気をつけなよ。


「いやいや。全く見えなかったんだよ。落とし穴みたいに、雪が穴の上に被さってて。それで、雪を踏んだら、いきなり。」


 うえー……そんなことある?これまで以上に注意して山行しよう。







 しばらく進むと、積雪はかなりおさまったが、逆に、足元がひどく凍っている。うっかりするとすぐに滑って転びそうだし、この状況で滑ったら雪がたくさんあるところまで止まらなそうだ。ちゃんと足のアイゼンを嵌めなければ。

 

 えー、最初のポイントに行くためには、……


 ザクロに教えてもらったルート上を実際に見ると、目の前に数百メートルもありそうな岩壁が屹立している。ほんとか?これ。

 

 あたりを見渡しても、ここ以外にこの先に進めるような場所はない。これ、マジでこのルートが正解なのか。


 仕方がない。クライミングだ。


 まあ、魔物の一匹や二匹と戦うのと比較すれば、ロッククライミング程度なんでも……


 そう思っていたわたしの考えは、すぐに改められた。


 この壁は、外から見るとわかりにくいが若干ハングしている。パッとみた以上に角度が急だし、それに脆い石が多い。全体重を乗せたら剥がれるかも知れないような石が結構多く、何回かそれで落ちてしまう。それを恐れて、この石は脆い、この石は心配、みたいな分別をしていると、掴む石がない。


 そうしているうちに、また落ちる……このようにして幾度も落下をくり返して、ようやく、壁の頂上まで登り詰めた。





 ここが、一つ目の発見報告場所の青岩。


 誰か知らないが、ここで謎の魔物の痕跡を見かけたという。巨大な人間のような、けむくじゃらな魔物。


 しかし、この青岩。普通の登山だったら名所にもなりそうだが、今までこれと比較にならない岩壁を登っていたんだから、正直、しょうもない岩のかけらだなって思ってしまう。


 雪男もいないし……


 しかも、雪も降ってきた。晴天だったのに、雪はすぐに勢いが激しくなり、もう一メートル先も見えなくなってしまう。


 もう帰らない?見つかんないよ。


 「だめだよ!まだ、痕跡も見つけてないのに。」

 

 ああああ。もう、帰りたいよ。


 そう話しあっていると、道端に一軒の建物を見つけた。

 

 赤い屋根に煙突がついている、大きめの一軒家のような建物だ。煙突からは煙が出ており、窓からは暖色系の光が覗く。ここにそのような家があるというのは冷静に考えれば不審なのだが、この豪雪で、それを考えるような余裕は全くなかった。


 まるで、誘蛾灯に誘われる虫のように、わたしたち二人は家に入って行った。

 


 「え?あ、いらっしゃい。」


 不審な小屋の中には、毛布を足に掛け、安楽椅子に腰掛ける女が居た。




 

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