四十三話 地上の異変
亀肉だけど、グラントは大層喜んでくれた。
昨日早速調理に取り掛かって、夜遅くまで何やら作業していた。一体どうなるんだろう。亀の肉は食べたことがないから、全く想像がつかない。
と、いうわけで。えー、申請番号、出品内容……ヨシ。確認できたよ。許可証返すね。
「ありがとーございます、巡回さん。」
はいよー。
また暇になっちゃったので、今度はシスタにお願いしてお仕事をもらった。今しているのは、屋台許可証と実店舗を比較して、無許可な屋台が出てないかを確認する巡回の仕事だ。
まあ、正直に申請すればいいだけの話なので、違反店舗なんてそうそうない。気楽な仕事だ。天下りの人ってこういう仕事してんのかな。
「お!祝子ー。あれ、完成したよ。」
グラントじゃん。あれ、というと亀料理か。昨日の今日だというのに、早いね。
「亀を塩と酒でたっぷり煮込んで、煮込みにしてみた。単純だけど、これが一番美味しいと思うな。食べてみて。」
亀の煮込み。亀の肉を見た時、赤くてうまそうだから刺身で食べたいなーとか思っていたけど、やっぱり生食はダメか。どんな味がするんだろう。
煮込みを一口食べると……おお。濃厚で、コクがすごい。亀って、イメージとしてあまり味が濃くなくて淡白なイメージだったんだが、噛み締めるたびに濃厚な旨味が染み出してくる。
これは癖になりそうだ。
「でしょ!めちゃくちゃ美味しい。いやー、開けるのが楽しみだよ。」
こりゃあ売れるだろうなー。って、まだ開けてないの?
「設営がまだでね。あと一時間程度で開けられると思うけど。」
ふうん。楽しみだね。
ああ、一応。屋台の……
「ああ、巡回?これ、許可証ね。」
はーい。ありがとー。
次の店舗は、……あれ?ここ、違うのか?飲料水販売って書いてあるが、そんな様子はない。
名簿をよーく見ると、わたしが見ていたのは別のスペースだった。少し身を乗り出すと、向こう側に、瓶詰めの飲み物を机上に並べているものがある。そして、このスペースは書類上何の屋台も出ていないことになる。もしかして、ここ無許可の屋台?
こんにちはー。巡回に来ました。
「はい、いらっしゃい。って、祝子か。巡回?」
シロネ……。
許可証出して。
「許可証!?そんなのが必要なのか。知らないよそんなの。いいだろ?ちょっとぐらい……」
絶対、だめ。こういうのを守らないと、どこでおかしなことをしてるかわかんないんだから。
まあこのスペースは空いてるし、今すぐ出せば問題なく許可が取れるでしょう。だから、今すぐ行ってね。
全く、困るわ。それで、これは何?
「質屋で買った抽選機だ。これで一等が出たら、豪華賞品をプレゼント。祝子も一個引いてみるか?」
抽選機の受け皿の下に、一回五十ゴールドと書かれている紙が貼ってある。まあ、くじに罪はないし、せっかくだから一つ引いてみよう。
抽選機を回すと、おや。金色の……
「おめでとうございまーす!一等の最新のゲーム機でーす!」
鈴を上に掲げてうるさく鳴らしながら大声で言う。
お、これは。デパートで買ったの?
「そうだ。前、キララが言っていたゲームというやつだろう?わたしも買ったから、ついでにな。」
結局キララに教えてもらったゲーム、買わなかったんだよなあ。グラントがあまり好きじゃなさそうだったから。これを機にやってみるか。
しかし、一回で一等が出るとは。運がいいな。
「昨日から、これで五個目だ。皆、運がいいな。」
昨日から?
……何人くらいが引いたの?
「え?えーと、十人くらいだったかな。」
ちょっと、色々見直した方がいいんじゃない?
「え?うーん。それはいいや。じゃ、許可取り行ってくるわ。ありがとな!」
………行っちゃった。
……
……
あいた!
曲がり角から子供が飛び出してきたのか。うっかりぶつかってしまった。全く、気をつけてよね。って、お。
「あ、祝子ー。」
ぽぷりじゃん。ってことは。
後ろから、次々と見慣れた面々が現れる。ヒトカ!それに、……三人を呼ぶのめんどくさいな。
「一応わたしたち、一緒に窮地を乗り越えた仲ですよね。ひどいです!」
くじら。名前は覚えてるけど、お前たちを総称する言葉がないの。数も多いし。なんか作ってよ。
「いや、ごめんね、祝子。この子たち、祭りでテンション上がってるっぽくて……」
いいよいいよ。みんなで屋台を巡ってるんだ?
「そうー。祝子、一緒にまわろ?」
あー……。今ちょっと仕事してるから。終わったら遊んであげるよ。えーと、名簿にあるのは、あの一店舗。ここで終わりだから。
「じゃ、一緒に行くー。」
え。まあいいか。あとちょっとだし。
ここは――――
ああ、あの人ね。射的の。元気?
「あ、祝子さん。どうも。」
こんな大所帯で申し訳ない。巡回で……って、あれ。閉めてる?
「この前のからもっと難しくしてみたんだけど、今度は青い髪の女の子が全部とっていっちゃってね。もうやめようかな……」
青い髪……詳しくは知らないけど、サットサンガたちのパーティの一人かな。あの人ら銃とか使うから、射的は得意だろう。
うーん。わたしの友人がごめん。
許可証見ました。何発撃っても一つも当たらないわたしみたいのもいるから、頑張って。
「祝子ー。終わった?終わった?」
終わった。じゃ、どこに行こうか?
ぽぷりたちがやいやいと意見を出す。それを聞いていると、すぐそこで店を開けようとしている人がいるのに気づいた。
木箱を開けて、商品を出す。箱から幟を取り出して、屋台のそばに設置。今なら、街のどこに居たって見られる光景だけど……あの人たち、もしかしてケーキ屋の店員じゃない?何回かしか見てないけど、なんとなく似ている。
屋台の陳列に並んでいる商品は……あれは、リンゴ飴か。いいな。
「ひとかー、あれ、欲しい。」
「ええー?祭りで使うお小遣いはあげたでしょ?もう使い切ったの?」
「もう無い。欲しい、欲しい!」
一個五百ゴールドか。……いいよ、ヒトカ。全員分買ってあげる。
わたしの発言に、くじらたちはわっと歓声を上げた。
「祝子ちゃん、あんまりこの子たちを甘やかすと、将来……」
この街、甘いものはあんまり無いからね。ケーキも行列でなかなか買えないし、たまにはいいじゃない。
財布を取り出し、りんご飴屋に向かおうとする。
その時、店頭に一気に人が殺到し、その場はすぐに人でいっぱいになった。やはり、ここの人は甘いものには目がない。
人ごみの中なんとか手をだしてりんご飴を五ついただいたが、元の位置に戻ってもヒトカが居ない。
なんとか、ぽぷりたちは全員確保した。ヒトカはいる?
「どっかに行っちゃった。あーって言いながら。」
混雑に負けたのか。情けないやつ……仮にも冒険者だろうが。
あちこちに声をかけても、ヒトカが来る様子はない。しょーがないな。わたしたちで、ここらの屋台を見て回ろうか。いずれ見つかるでしょ。
「祝子、あれ、何かしら。」
のいずがとある屋台を指指して言う。巨大な木桶に水を入れ、そこに金魚がたくさん入っている。おや、こんな屋台があったのか。
あのね、あのちっちゃい奴で金魚を掬って取るゲームだよ。取ったらもらえるの。
「えー、やりたい!」
いーよ。一回百ゴールドか。………はい。みんなもやりたいみたいだね。残りは三百ゴールド。これくらい安いものだが、わたし、ダンジョン攻略で金銭感覚が狂ってたりしないかな。財布の紐が結構緩いかも。
金魚掬いの店主から、各々にポイが渡される。
「ふふ、これもまた、一興。」
どういう中二病なんだ、お前は。
四人が仲良く金魚すくいをしているのを、後ろから静かに見る。
金魚が、水中をゆるゆると進んでいって……
ちょうどくじらのポイの上を通過したとき、鮮やかに金魚が踊り、器の中に入る。
おー。うまいね。これで、五匹目。くじらは何かと器用なようだ。
「姉さん、見てるだけじゃなくて、自分でもやってみないか?」
確かに、ちょっとやってみたくなってきたかも。でも、簡単でしょ?この金魚を紙の網で掬って…。
しかし、一回目でわたしは金魚を逃してしまう。あれっ、意外と……難しいな。あともうちょっと……
一匹取れた。でも、ポイも破れちゃったな。
「ね、姉さん!ちょっと!」
ん?何?今いいところ……あっ!
横で金魚掬いに夢中だったはずのくじらたちがいなくなっている。はてなだけは残ってくれているが。……もう、ちょっとだけ目を離した隙に。………これ以上彷徨うのは良くないな。今度見つけたら、委員会の建物に送って、ヒトカに回収してもらおう。
とりあえず、くじらたちが行った方へ歩いて向かっていると、はてなが道の途中で立ち止まった。
「おー。お嬢ちゃん、いらっしゃい。これ全部、一個五百ゴールドだ。安いよー。」
奇妙な格好をしている男に声をかけられる。その男は、路上に商品を広げて商売をしているようだ。地べたに麻でできたカーペットに、プラスチックでできたようなアクセサリがバラバラと置かれている。欲しいの?
はてなは、こくりと頷く。……みるからに安物だけど、まあ五百ゴールドならいいか。
「え……えへへ。」
はてなは、その中から緑色の大きな飾りをつけた指輪を選んだ。それを指に挿して、頭上からの日光に透かして楽しんでいる。わたしも小学生の頃、食玩で出てくるああいうの好きだったな。しかし――――
見るからに怪しい屋台だ。地面に近い場所で、食玩のような質の悪いアクセサリーを売っている。確かこの場所も委員会管理だったはずだが、ここって許可証あるのかな。
「お嬢ちゃんら、もっといいものあるよ。」
その男は、後ろに置いてある荷物からいくつか袋を取り出した。
「これをな、火で炙って、鼻から吸うと、いいんだ。ほら、これで試してご覧。」
袋から濃緑の粉末を手に取り出し、はてなに嗅がせようとする。はてなをわたしの後ろに回した。
……
ここって、公認なの?ヘクト祭実行委員会の公認の許可証はある?
「おお。公式だ。ほら、許可証が……」
ボロボロで、拙劣な字で、許可証と書いてあるハガキサイズの紙を見せられる。ちなみに、本物の許可証は、文字はタイプライターで打って、委員会独自で作成した承認印を一つ一つに押すととりきめられているし、サイズはA4。
そっか。わたしはヘクト祭実行委員会の警邏だ。もう一度言ってくれ。
わたしが肩につけている腕章を強調しつつ言うと、その男がござから裸足で逃げ出すが、もう遅い。
そこに落ちている安物を投げつけ、後頭部に当てて昏倒させた。
「祝子さん、さっきのってなんだったんですか……?」
知らなくていいよ。一刻も早く、くじらたちと合流しなければ。
その後、下手人を捕縛し委員会に差し出し、屋台の調査を憲兵に依頼した。
謎の粉末は幾つか発見され、官能検査および燃焼試験などの結果から、多くがカンナビノイド、つまり大麻の成分を含む幻覚剤と判明した。
大麻は当国では、十年ほど前にパニックが起こり、それ以来厳しく禁止されたとのことで、下手人は逮捕され、これから関連人物の聞き出しと裁判が始まるそうだ。
こんな路上で違法薬物を売っているなんて。何か、妙なことが起こっているのか……?




