三十七話 火道神事の例大祭 前夜祭
祝子夢。十二歳、異世界初心者。
目の前には、ただの壁があった。
わたしが最初にやってきたのは、七ヶ月前程度だろうか……
駅で電車に轢かれたと思ったら、知らぬ間に異世界に飛ばされたことから始まり、魚人蔓延る鍾乳洞、二匹の竜が相見える山岳、魑魅魍魎跋扈する超自然的雪原を次々と踏破していった。
全ての難関はわたしを前にすれば全く意味をなさなかった。ダンジョンの全ての謎を解き明かされ、ついに迷宮の最奥となる雪山へと辿り着いた。ダンジョンの攻略もあとわずか……
……かのように思えたが、そこ止まり。
三階層のどこを探しても、攻略の糸口が見つからない。どこもかしこも雪だらけで、時折魔物には出会うものの、それを倒しても何も起きない。
一応、カフカやサットサンガにも聞いてみたが、思い当たることはないそうだ。特にサットサンガは三階層に到達してからずっとここで止まっているそうで、相当憤慨している。
レギウスはわからない。というか、あれからとんと見ないな。
もう三階層で探す場所も無くなってしまって、はたと困ってしまった。どうしたらいいのか……
ここ最近は何もない雪山をムキになって探していて連日地上に帰っていなかったので、とりあえず久しぶりに帰ってくることにした。
うーん。この懐かしい感じ。
まず、冒険者ギルドで、雪山にこもっていた分の魔物の討伐部位の証明を行う。今回潜ったのは2週間とちょっとと、相当な長期間だ。その大量な魔物の死体全てを一回で字片付けたので、相当時間を食った。
「お待たせしました。今回の報酬です。」
報酬を受け取って、そのまま家に帰る。しかし、今日は何かあるのだろうか、帰路の道端で何かしている人が多い。話しかけてみようか、とも思ったが、とても忙しそうだったのでやめておいた。
我が家に一週間も帰らないなんて、せっかくめちゃくちゃ掃除したのにもったいなかったかな。でも、ここにいてもすることもないしな。うーん、これからどうしようか。これまでわたしの生活はダンジョン一色だったから、特にすることが思いつかないな……
とりあえずご飯を食べよう。ここ最近はわたしの素人料理だったから、久しぶりに全うに美味しい料理が食べたい。
トドロキ亭に入店して、変わらずカウンターに座り、ラーメンを注文する。厨房の方をチラッと見るが、グラントは居ない。昼営業は確か居ないんだったか。
と、そういえば、そこにいる客は……
二本の大きいうねった巨大な角。間違いない。レギウスだ。レギウスも三階層冒険者だが、あれ以来会っていない。それこそ、地上で会うのは酷く珍しいな。おーい、レギちゃん?
「ああ、祝子ちゃん、久しぶり……」
あれ。元気がないな。うるさいくらい話すやつだったが。どう?攻略はすすんでる?
「んー、まあ、ね。まあまあ。進捗はないよ。」
ああ、わたしと同じく、つまづいてるんだ。だから元気ないのかな。あそこ、進捗がないと精神が参るからな。何せ、周りが雪しかないみたいな場所を延々と巡ることになる。雪焼け防止のためにゴーグルもつけなきゃで窮屈だし。
気分が沈んでしまった。何か、楽しい話題……
そうだ。なんか今日、変な人居ない?道端で、何か工作みたいなことをしている人がいるんだけど、今日何かあるの?久しぶりに地上に来たから、よくわからないんだけど……
「あれ。祝子ちゃん、知らないの?お祭り……」
お祭り。ううん?今日はお祭りなの?
「……結構話題になったじゃん、ヘクト祭。もう一ヶ月後だよ?」
え?
「あ、祝子さん!最近会わないので、ちょっと心配しちゃいましたよ。ヘクト祭のことですか?」
そう、そう!いつの間に開催できることになったの?
「二週間前ほどに本決まりしたんです。あの会議で結局、再開することをしっかり決めていただきました。それで、開催時期とかは未定だったんですが、最近急に話が進んで、一ヶ月後に開催することになりまして……」
「で、直近に開催ということになったので、市民に対する広報をほぼ同時期に行いまして。それで、市民の皆さん、祭り当日までも、屋台を出したいと言いましたから、現在はこちらの管理であちこちに屋台を出しています。」
そうなの。よかったねえ。
「ここの近くだと、西の大広場とかに結構屋台も集まってますので、行ってみたらどうです?わたしも一回行って見ましたが、結構楽しいですよ。」
見にいってみようかな。
ね、レギちゃん。一緒に見にいこうよ。ダンジョンに行き詰まって暇でしょ?
「うーん、そんなに言うなら……」
レギウスの憂鬱は、かなり深刻なようだ。わたしと一緒に屋台でも回って、気分を回復してもらおう。
広場に出てみると、色とりどりな幟が目に入る。その根本には数多の屋台があって、まだヘクト祭は一ヶ月も先だというのに、大層盛り上がっているようだ。
ここは、なんの店だろう。ちょっと覗いてみよう。
「あ、いらっしゃい、祝子さん!」
あ、どうも。久しぶり。実行委員会によくきてくれてた人だ。普段は確か大工をやってるとか言ってた気がする。ここ、何をやるとこなんですか?
「ここね。この銃で、遠くに置いてる景品を落としたらもらえるってしたら面白いんじゃないかって。素人だけど、作ってみたんだ。」
屋台の台の上に、いくつかの模造銃が置いてあり、そこから少し離れた場所にある棚に、いくつかの景品が置いてある。要するに、射的か。これはコルク銃。
「良かったら、やってみない?結構手応えあると思うよ?ほら、お姉さんも。」
コルク銃をわたしたちに差し出してくる。射的、漫画とかでは見たことあるけど、やったことないな。いっちょ、やってみるか。
「いいんですかい。わたし、上手いですよ。」
おお、じゃあわたしと競争しようじゃない。
えーと、どうするんだろう。とりあえず、何をとるか決めようか。
景品は、お菓子の詰め合わせとか子供用のおもちゃとかが並んでいる。大きくて当てやすいものを狙おうか。じゃあ、あの大きいスナック菓子の詰め合わせを。
よーく狙って……。
ああ、当たらない。勢いがそれほどでもないから、少し弾道が垂れるのか。でも、これで修正して……
お、掠ったか。でも、倒れないな。惜しい。もっと、クリーンヒットさせて……
と、隣から、玉が当たって落ちる音がする。ああ、先に落とされたか……と、隣を見ると、レギウスが三つの景品を手にしている。三つ。
「お、当たった。面白いね。銃を撃つゲームとは。」
もらった景品を自身の側に置いて、再び構え直す。
レギウスが引き金を引くと、コルクは吸い込まれるように景品へと向かい、ど真ん中に命中。そのまま倒れて地面に落ちる。
結局、レギウスは全ての玉で一つづつ景品を倒し、全て倒し切ってしまった。
「ありゃ。もうちょっと難しくしたほうがいいかなあ。」
こっちも見てよ。一つも落ちてないんですけど!
レギウス、射撃が上手いんだなあ。なんかやってたの?
「ん?いや、特に。でも、こういうの、昔からうまいんだよねえ。」
レギウスは得意気に語る。いいなー。
そのまま進むと、道で急に声をかけられた。
「祝子様。お久しぶりでございます。メム様は息災ですか?」
あ、……えーと、アキさん。ごめん、一瞬忘れたかと思った。
デパートのテナントに入っている服飾店『マスカレード』の店主だ。あの服は、あのあとでもちょくちょくプライベートで着ている。実は今も。高いけど、たまーに買ってるから、結構顔を合わせるんだ。
メムは元気だよ。最近、キララに衣装を着せるのに成功したって喜んでた。そう言えば、レギウスもわたしより身長が高い。顔のタイプもメム好みだし、アキさん、この人も結構似合うんじゃないの?
「そうですね。メム様が見たら、走って寄ってくるでしょうね。」
でしょう。教えてあげようかな。
「え……?君たち、何やってるの?」
レギウスがドン引きしている。まずい。わたしじゃなくて、メムの趣味だから。そこだけは勘違いしないでよ。
アキさん、ここで屋台を出してるの?
「普段私の提供している商品は、どう考えても屋台で売れるものではありませんので、ヘクト祭は楽しむ方に専念しようかと考えています。ただ、デパートの方で屋台を出すところは存在するようですよ。」
指された屋台を見ると、何か、麺を大量に仕入れているようだ。なんだろう。
「なんでも、特製のソースと絡めて、鉄板で焼いて提供するのだとか。私は詳細は知りませんが、ぜひ食べてみたいですね。」
へえー。焼きそばかな。ここの外には焼きそばはあるんだ。お祭りといえばこれだよね。せっかくだから、一個もらっておこうか。
「あ、私も私も。」
レギウスが手をあげて注文する。さっき射的で取ったお菓子を片手でつまみながら次の料理の注文とは。というか、よく考えたらわたしたち、トドロキ亭で食った後だよな。よく食うなあ。
作り始めて数分して、わたしたちの元へ焼きそばが届く。硬い紙の容器に入れられていて、具材は豚のバラ肉とキャベツともやし、端に紅生姜が添えられている。うん。久しぶりだが、コクのあるソースが麺によく絡まっていて、普通にうまい。
これがデパート公式の、か。デパートに入っているテナントでなく、本体の出し物なんだな。焼きそばっていうのはここらではあんまり見ないし、もの珍しさから客は来るのかな。
でも、もっとできそうな気もするけどな。あそこ、自動ドアとかあるし、金にものを言わせればなんでも出せそう。それこそ、スイーツとか……
まーでも、こんなものなのかな。財布も無限ではないだろうし。
「へはーほはひはひほはひーははへ。はほほほふは……」
食い終わってから話せよ。
「まあ、あのデパート、高いものが多いからねえ。ここの高級冒険者や権力者をターゲットとしている店と、広く市民から募るここの屋台とはやっぱり客層が合わないんだろうね。」
「祝子ー。次、あそこ行こうよ。竜のテールスープだって。どっかで誰か倒したのかな。何種だろう。私たちの知り合いかも。」
「あ、これいる?射的の詰め合わせだから、いくらでもお菓子あるよ。」
レギウスも機嫌が治ってきたようだ。よかった、よかった。屋台はまだまだある。どんどん回ってこー。お菓子はいらない。
……
ここは。というかメムだ。おはよう。
「あ!ユメちゃん、いらっしゃい。」
ここも屋台?ギルドで屋台なんてやるの?
「ううん、ここは屋台じゃなくてね。ギルドの道案内みたいな。」
道案内……
その意味はわからないが、あまり見たことのない張り紙というのがある。魔障石、千ゴールド。魔結晶、五万ゴールド……?
何これ。
「ユメちゃんはあんま使わなかったかな。ギルドの方では討伐・駆除対象の魔物が存在するけど、素材が欲しいから、それを募集している依頼もあって。」
「田舎から出てくる人も多いけど、ぱっと来てできる仕事っていうのもないからね。魔物を倒さなくて済んで、命の危険はない仕事、ってことで、ギルドが普段より宣伝してるの。買取金額も上がってるよ。やってみる?」
ふーん。おもしろそうと思ったけど、そういう目的じゃあ仕事を取るのも可哀想だな。やめとこう。
さて、日も暮れてきたことだし、今日は一旦帰るか。じゃあ、またね……ってあれ?レギウスがいつの間にかいなくなっている。確か、焼きそばは食ってたよな。
まあいいか。祭りまで残り一ヶ月。ダンジョンの攻略は詰んでいるけど、暇はしなさそうだ。




