三十三話 黄泉の方形と享保秤 1
瞼も貫くほどの光が収まって再びわたしの目の前に現れたのは、一面の銀世界だった。あたり一面一つの足跡もなく、なだらかにつもった雪。三階層は、雪原、というわけか。にしても、また一人で来ちゃったな。グラント、怒るだろうか……
とりあえず、帰ろう。ここで宿泊するつもりはなかったから、準備もしてないし、何より寒い。二階層では下山すれば一階に戻れたが、ここではどうすればいいんだろう。ここが、三階層のどんな位置にいるのかも分からない。どうしよう……
目の前に見える形らしいものが、遠くの森しかない。とりあえず、そっちに行くか。
しばらく歩いて、森に辿りついた。
振り返ってみても真っ白で、わたしの足跡しか見えない。雪は嬉しかったけど、こうもそれだけだと気が滅入る。やっぱり、雪はスキー場に限るな。
木の横から森に入るが、進捗は一向にない。木しかないんだよな。魔物もみる限りここら辺にはいないみたいだ。
いつのまにか雪も激しくなってきていて、膝下程度まで雪が積もっている。一応この服は防水だけど、さすがにこんな雪は想定してない。どこかで雪でも掘って泊まるか?スコップは……
と思ったけど、そんな必要ないな。
刀を鞘から抜き、近くの木の根本に当てると、ゆっくりと刃が中へと進み木は根本から分断された。今のわたしなら、木を切り出す程度造作もない。
この木は十〜十五メートル程度か。先端から枝になり細くなっていっているため、比較的均一な太さを保つ根から八メートルほどを切り出す。
これを何本も作って、小屋にしてしまおう。
適当に組み合わせてログハウスみたいにした。何も考えずに作ってみたが、これ、強度は大丈夫なんだろうか。しっかり押し込んだけど……流石に雪には耐えられるよね?
さすがに蝶番は作れなかったので、壁の部分に自分が入れる分だけ隙間を空けておいて、そこに布を当てがってのれんみたいにした。少なくとも、これで雪は入ってこれないだろう。
早速中に入ると、外と比較して格段に暖かい。やはり、防風は偉大だ。
雪は全く止む気配もなく、小屋の壁に雪が当たる音が暇なくなりつづけている。やっぱり小屋を作ったのは正解だった。大雪も大雪で、これで行軍はとてもじゃないが無理だ。
さっきまでの間で服もだいぶ濡れてしまったな。全部脱いで乾かしておこう。
新しいのを鞄から出してきて……よし。完全に新品。お風呂には入っていないけど、お風呂上がりみたいな気分だ。
落ち着いたら、グラントのことを思い出してきた。また二階層のボス、一人で倒しちゃって、三階まできちゃったよ。また拗ねてないかなあ。今回のは、っていうか、今回のも前回のも、しょうがなかったと思うんだけどなあ。
ごろ寝して本を読んで時間を潰していると、計測器に反応が出てきた。
かなり小さい反応だが、確かに一つ見える。この程度の反応はたくさんあるのだが、これは一直線にこちらに近づいてきていて、こちらに気がついているのだろう。ここからは千メートルほど。北方向か。
そういえば、三階層ではまだ魔物に会ったことはないな。どんな魔物が出てくるんだろう。ただ、この距離なら、まだそうそう家を出る必要はないだろう。もうしばらく待つか。寒いしな……
……
……結構遅いな。計器をみながら待っているが、全くこない。
計器からの速度予測というのは、縮尺の問題があるので正確にはできないが、多分、普通の人が歩くよりも遅い程度のペース……?
ゔ〜、面倒だ。着実にこちらに近づいてきているから、わたしに気がついているのは間違いないと思うのだが……
わたしの方から行ってやろうか。でも、寒いしなあ。外に出たくない。
うだうだしているうちにも進んでいて、今はもうかなり近づいてきているはず。百メートルほどの目と鼻の先みたいな場所にいるはずなんだけど。なめくじみたいな魔物か?それか、そりとか、重い物を引いてたりするのかな。
そろそろ見えるだろう。小屋から首だけ出して外を覗いてみるが、まだ見えない。えー?どういう魔物だ。
刀を持って外に出て、来るであろう魔物を待ち構えていると……
視界の遠く、数十メートルといった距離に、こちらに向かって歩いてくる人影が見えた。
そっかあ!そういえば、人も魔力を持ってるから、これに引っかかるものな。そういえばそうだった。
冒険者かな。邪魔したかな?と思うと、こちらにさらに近づいてきて、話しかけてきた。
「こ、ここは山小屋ですか。……」
山小屋じゃないけど、入っても良いよ。
その人は、わたしの発言を聞きすぐに山小屋に入ってきた。疲れていたのかな。
若い女の子だ。厚手のコートやズボン、マフラーなどしっかり着用しており、表面にはパリパリに雪が引っ付いている。防寒対策はしっかりしていたようだが、だいぶ長い間歩いていたようだ。ここで攻略を進めていた冒険者か?
話を聞こうと思い話しかけるが、返答がない。
うつ伏せに寝転がっているが、肩を叩いても反応がない。よほど疲れていたのだろうか?
山小屋の中心で寝られても邪魔だから、どかして端によせようとしたが、そこで少女の異変に気がつく。
体が異常に冷たい。衣服にへばりついている雪類でなく、頬や指先をさわって確認したので間違いない。
さらに血色も悪く、指先などはチアノーゼを起こしているかのように青く色づいている。いきなり倒れたのも、疲労で寝入ったのではなく、低体温症に付随する意識障害ではないだろうか。
やばい。えーと、とりあえず、雪がついた衣服を脱がして着替えさせよう。濡れていない衣服というのがないのだが、とりあえず一枚のタオルで全身を念入りに拭いて、それ以外のタオルで巻いておくというのがいいだろうか。
正式な服ではないし、ここは暖房もない。わたしの服だとか、この子の服だとかを乾かして着せられればいいのだが、あいにく外は吹雪で干せそうにもない。
困ったな。
ともかく火が欲しいが、この状況で薪が集まるかな。木を探しても、全部びしょ濡れだろう。どうしよう……?
いや、今なら、わたしも魔法を使えるんじゃないか?魔道具の研究に付き合わされて、魔力を出す感覚にはもう慣れた。そうだ。
あの、爪の裏側に触られているような感覚を頼りに、なんとか手先から魔力を出す。
ゔーっ……
出たか?出てない。
何か肘のところでつっかかってて、でてこない?もっと捻って、方向変えて……
出た!いつもの線のようなのでなく、モヤのようなのが見える。色が薄いが、そういうものなんだろう。
確か、これを火のような形にするんだったか。火の形、色を想像して、そのようになるように魔力を変質させる。一回体から魔力を出したが、その経路をまた使って、目の前の魔力を遠隔して操作して……
そうしているうちに、紫色のもやは徐々に変質していった。気体のように頼りなく、ともすればどこかに飛んでいってしまいそうにもなるもやは、だんだん祝子の手の周りではっきりとした形を形成するようになり、やがて風に反応してゆらめき始める。
そして、そのままその全身が赤く染まった。
《 スキル【火魔法】の獲得を確認しました。》
お。ついに魔法を手に入れられた。
この、両手でゆらめいているこれが火かあ。でも、中心部にあるわたしの手は熱くないが。どうなんだろう?
と、顔に近づけてみようとすると、とたんに熱を感じる。急いで手を遠ざけた。
危ない危ない。この手の周囲だけ火じゃなくなっているみたいだな。でも、それ以外の場所はちゃんと火みたいでよかった。
野営のために用意していた金属製の桶に消毒用のアルコールを空け、それの上に火魔法を乗せる。火魔法は、そのまま煙を出さずにに燃え始めた。
まだ大きく実感はできないが、部屋全体がじんわりと暖かくなっていっているのを感じる。
これで、一旦持ち堪えてもらおう。




