三話 ダンジョン初体験
翌朝。
ここにきて初めての朝なので、起きた後すごく混乱していた。
全く知らない場所で起きた!?と思って身辺を調べていたら、そういえば昨日冒険者ギルド内の職員寮に泊めてもらえる話になったんだということを思い出すことができて、そこで初めて落ち着いた。人騒がせな話だ。わたしだけど。騒いでいるのも、困っているのも。
今朝こそ今後のことを考えよう。昨日はたしかどうにかダンジョンに潜らなければ、嫌なこともしなくてはならない、と。なので、なんとかダンジョンに潜らなくては、ということだったと思う。
先ず、どうすればいいのかな。武器とか防具とか買えばいいの?ここに、昨日メムがくれたお金があるけど、これで足りるのかな。全部で、いち、にい……
……お腹がなる。昨日から何も食べていないんだった。まずは食事にしよう。
――――――――――――――――――――――――――――――――
構内の地図を頼りに食堂まできた。食堂のわりに人が数人しかいないが?どうなっているんだ?と時計を見るともう10時だった。それはそうだな。
そこらを見かけると、いくつかかべがあって、その向こうで調理を行われているらしい。そこで注文すればいいのかな?
ただ、わたしのほかに注文しようとしている人がいないから、ちょっと怖いな。どうしよう。
「君。」
びっくりした。そちらの方を向くと、座席に座っている職員が話しかけてきていた。
「どうしたんだ?注文の仕方がわからないのか?」
そうです。ちょうどタイミングがあってよかった……
調理台の前で、職員証を提示して、注文名を伝えるという型式らしい。よかったー。上海からゲスト用の職員証をもらっていたから、それで注文を通す。ついでに、よかったらということでご飯を一緒に 食べることにした。
この人はキララと言って、総合職?とか言って、今はギルド内のいろんなところを回って勤務しているらしい。ボブヘアで背が高く、すらっとした女の人だ。そうなんだ。今は……
「今は依頼受付をしている。客が少なくて楽でいい」
へー。そうだ。わたし、ダンジョンに潜りたいんだけど。どうすればいいの?
「ああ。ギルドの受付で、ちょちょいと書類を出すだけよ。そしたら、適当に入っちゃっていいぞ。」
なんだそれ、適当なの。でも、身分証とか出さなくていいのはよかった。
しかし、ダンジョン攻略できるかな。不安でしょうがない。もうちょっと聞ければよかったんだけど、上海はそそくさと行っちゃったからな。仕方ない
………ところでキララ、もう10時だけど、こんなところにいてよかったのか?
「ああ。受付業務は今日はわたし一人だから。上海さんにバレることはない。」
それは大丈夫ではないのでは?
――――――――――――――――――――――――――――――
「ほら、できたぞ。そっちの情報を書き上がったらこっちにくれ。」
受付に戻って数分で、A4の印刷の粗いプリントを渡してきた。確かに、早いな……
それには、入窟届と書かれており、記名欄と入窟時間、出窟時間の欄のみがあった。それと一緒に、動物の牙がついたアンクレットのようなものを渡されるが、これは?
「行方不明時に遺体の個人特定に使う。よくみると、番号が記録されているだろう?」
わたしのものには、0885と書かれている。嫌な話だ。
「それで、魔物を倒したらこれにある部位を切り取って持ってこい。討伐報酬を渡す。」
買取魔物チェックリストと書かれた冊子を渡される。駆除目的だから、死体をいちいち全部持ち帰らなくともいいというわけだ。
キララからの説明は終わり。実に簡素な説明だったな。あ、ついでに、剣を買うか、借りることができる場所が知りたいな。相場も知りたいんだけど。
キララはあまり知らないのだろうか、少し考え込んでいる。すると、後ろから声をかけてくる人間がいた。
「おい!9時から待ってんだけど!」
やっぱり待たせてるじゃん!
鎧を着込んだ女だ。冒険者というやつだろうか。戦士なのかな。
ちょっと身を引き、受付の部分を開ける。
「どうした?仕事がないのか?」
「受付がいなくちゃ仕事もできねえだろうが!ふざけやがって!」
妥当すぎる。10時半まで受付がいないのはちょっとやばいんじゃないか?
「仕方ないだろ。眠いんだから。」
「………!!、大体、こんなガキの入窟申請なんざしやがって……こいつがダンジョンに潜れるわけないだろ!」
む……ちょっと気に触った。わたしもそう思うけど。
その女は引き続いてキララに文句をつけるも、当の本人はそれに全く関わらないといった様子で無反応を貫く。その姿勢がますます癇に障ったようで、その女はますますヒートアップしていった。
しまいにはカウンター越しにキララに掴みかかろうとしたからさすがに制止するも、その時とあることに気付く。この人、弱くない?
肩を掴んでカウンタからこちら側に引き戻す。
強い力で肩を掴まれてびっくりしてこちらを見る。いい機会だと思ったので聞いてみた。おばさんはダンジョンに入ってどのくらいなの?
「おばさんはやめろ。わたしはダンジョンに入ってもう五年も経つ大ベテランだぞ。お前なんぞ……!」
そうか。このおばさんを倒せたらダンジョンに入っても大丈夫なんだ。
「あ゙!?」
ちょっと力比べしようよ。有無を言わせずその女の手首を掴む。女は反射的に手をはらおうとするが、わたしの力で固定されていてびくともしない…
そのまま後方に勢いよく引き上げると女の体が浮かび、大きく宙に舞ったところで手を離すと、後方二メートルほどに着弾した。
ふふふ……これだけできれば、ダンジョンでも不足ない。
女に手を貸して立ち上がらせる。付き合ってくれてありがとうね。
「え?え?」
ついでに剣が欲しいから、安くていい店を紹介してくれたらいいな。
困惑して、いつも通りの返答ができないようだが、一つ良い武器屋だという店を教えてくれたので、早速行ってみよう。ありがとう!わたしはこの届は剣買ってから提出するから、受付は自由に使っていいよ。
「え?ちょっ……どうなってんの?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
案内してくれた場所に行くと、やや寂れたような武器屋があった。確かに安そうだ。
とりあえず入ってみると、中から怒号が届いた。冷やかしなら帰れ、とのことだ。
店主まで寂れている。値段には期待できそうだ。ここで探してみよう。
店全体を見渡してみると、非常に雑然とした店内だが多少は意図をもって片づけられていることが分かる。
入り口に近い部分に典型的な直剣や大槌など、オーソドックスな武器を配置してから、だんだんグラデーションで奥に向けマニアックな、高そうな武器を置いていっているように見える。万引き防止用なんだろうか。
ちらほらと値札が貼り付けてあるが、……そういえば、まだもらった紙幣を見ていなかった。えーと、四枚、あ、五枚。全部に10000と書いてあり、最後にgoldと書いてある。詰まるところ、五万ゴールドか。他の値札も見ると、全てに統一されてゴールドと書いてあるので、この国の貨幣制度はゴールドに統一されているらしい。ドルとか、セントみたいに複数の貨幣がないのはありがたい…
一つ、一メートルほどの直剣の値札を手に取ってみるが、四万七千ゴールドとの記載。五万ー四万七千は三千、三千ゴールド。おそらくこれじゃあ、防具はろくなものじゃなくなるだろう。剣だけ買ってダンジョンに潜るのは、あまりにも不恰好だ。
その他数本ほど近くの剣をとりだして値段を確認するが、どれも似たような値がついている。うーん。
そうなるとこれか?そばにある短剣を取り出す。普通のサイズの剣の半額だから、買ってもまだ残るが……
あまりに小さい。これを使っている人間に【剣術】は適用されるのか?
武器で埋まっている店内を左端からしらみつぶしに確認していくと、先程の声の主らしき人物を見つけた。中年の男で、少し太っているようだ。カウンターの向こうに座っているようだが、あまりにも剣が多いので、まるで剣で作られた洞窟の中に入っているようだ。ちょっと面白い。
おじさん、安くていい剣ない?
「ない」
そんなこと言わないでよ。なんかあるでしょ、訳あり品とか。切れればなんでもいいから。
そう言いながら、店主をカウンターから外に引っ張りだす。
「ちょっ……」
ああやってカウンタ越しに話してると、塩対応されるから。横で話を聞きなさい。
鍛冶屋の男は、驚いたような顔をして祝子の顔を見ている。
これが料金ぴったりなんだけど……ただ、ぴったりなんだよな。防具にかけられるお金がなくなっちゃう。短剣にしたらちょっと余るけど、短剣だとわたしの【剣術】は適用されないでしょ?
店主の男は、わたしをしばらく見て、店の奥をチラリと見て、しばらく考え込んで、わたしに少し待てと言い残して店の奥に入って行った。
彼は奥から一本の剣を携えて戻ってくる。
鞘から出して刀身を見せてくれるが、その剣は片刃で、刀身に妙な紋様が入っていた。柄には紐などで装飾を施されている。わたしの身長よりもだいぶ長い刀身だ。つまり、これは刀じゃあないか?
「これを持ってきた奴は、オオダチだとか言っていたな。ここではほとんど見たことがないし、打ったこともない。ただ、長すぎるし扱いが難しいから、冒険者のボンクラどもに使わせるのも勿体ないと思って奥にしまっておいたんだ。優秀な奴らはそれはそれで、普通のいい剣を買っていくしな。だが、お前なら使いこなすことができるかもしれない。これを持っていけ。」
料金は結構だと言う。いいのかな。
結構わたしの事を買ってくれてるようだけど、わたし、初めてダンジョンに潜るんだけどな。大丈夫?人違いじゃない?
じゃあついでに、わたしにそれ以外の防具を選んでよ。あるんでしょ?
武器屋に置いてある全ての防具をチェックして、胴体を覆う軽い鎧と、手甲と足甲を買った。防具とはいえども、選べば意外と可愛いものもある。
「じゃあな。もう来るなよ。」
わたしのショッピングに付き合わされて憔悴した様子の店主がゆっくりとカウンタの向こうへ帰っていく。悪態こそついてはいるが、結局防具も見てくれたし、店に似合わず優しい人だったな。また来よう。
このままダンジョンに行ってみよう。申請を出すのと、ダンジョンの場所を知りたいから、とりあえずギルド受けつけに行こう。
受付に行くと、先程の女がまだ椅子に座っている。なんでまだ居んの?
「気にすんな。どっか行け」
「さっきので腰を抜かしたらしいぞ!文字通り腰抜けだな!ワハハ」
「ちょっ……」
悪いことをした。キララはデリカシーとか無いのか?
バツが悪いし、サッサと届を書き終えて提出する。それで、ダンジョンは……
「はい、はい、はい……よし。大丈夫。ダンジョンはすぐそこだ。」
キララが指をさす。まさか……
まさか、まさかと思って振り返ると、先ほどまで壁だと思っていたところは、扉だったようだった。まさか、ここに……
ギルドの付近には、さまざま建物が密集している。こんなところ、危険じゃないのか、と思ったが、ダンジョンはこの街の四方に開口したようで。この街に住んでいる以上、ダンジョンの近くに住むことは避けられなくなってしまったそうだ。それもあって、こんな大仰にギルドを立てて、ダンジョンから守っているそうだ。
キララが職員用出口から出てきて扉にかかっている錠を開けると、扉はゆっくりと開き出した。
人が十数人は同時に入れそうな広さのその扉の奥は、何も光を通さないほどの漆黒を湛えていた。
早速中に入る。ダンジョンは洞窟そのもので、黒色な岩壁で囲まれていた。入ってしばらくは下りとなっていたが、一定の深度まで到達するとそこからは平坦で歩きやすい道になった。
また、外からは何の光源もないように見えたが、どこかから採光しているらしく、ライトはなくても十分探索することができる。
ダンジョンはいくつもの分岐を備えており、適当に選択して先に進むと、その先でもまたいくつもに道が分かれている。
幾度となくこれを繰り返し、何度目かも忘れた頃、少し広い空間にでることができた。
広いといっても、ちょうどバスケットボールかバレーボールか、なんらかの球技を行うコート程度の場所であろうか。誰もいなければ、長い旅路にひと休憩と行きたいところだが……
その広場の中央には、黒い塊が見えた。
わたしが部屋に入ると同時に、その黒塊は上に大きく伸びる。
さらに近づきよく見ると色は黒ではなく濃い緑色。そして、上部に二つの煌めきを認めた。
緑のこれがゆっくりと近づいてきて、細部まで詳らかに観察することで、わたしはついにそれの正体を知ることができた。
足が二本、腕が二本。その手は五本指となっており、人間と同様であるが、指と指の間に水かきが特に残存している。
その体の全面にはびっしりと鱗が生えていた。目には瞼は見られず、ひどく突出している。さらには、首の横に位置する場所から特徴的なケラチン質のひだが生えていた。
その姿は、紛れもない魚人であった。




