二十八話 宵の宮の喧騒
いやあ、昨日は大変だった。龍を倒すことになるとは。
ギルドに報告したところ、これまで経験したことがないとこと。ただ、別のダンジョンでの発見報告によると、これは土龍という種類の龍だったらしい。火龍じゃーないんだ。
でも、結構討伐代金は高かったし、素材も多少は持ち帰れて、それも臨時収入になった。結構魔道具の製作が進むぞー。
ただ、目のなかからとれた石はよく分からないらしい。綺麗なのでそのまま持っているが、一体なんなんだろう?
と、今日もギルドに来た。いつもの受付はそのまま素通りして、地下へ。
地下には運動場がある。扉を閉じているが、それでも強い活気が感じられる。ドアを開けると、
「押忍!」
「おはようございます!」
「ざっす!」
一斉に声が聞こえてくる。掛け声が統一されていないから不協和音だ。こんな大物みたいになるつもりはなかったんだけどなあ。
「先生、おはようございます。」
と、シロウから声をかけられる。
以前わたしは一階層の冒険者たちに講義をしていたが、それが広がり、今やこの運動場を大規模に貸し切る程度に規模が成長したということだ。
冒険者を育成するための今の方針は、初心者をいきなりダンジョンに潜らせればほとんどすぐ死ぬだろうから、まずスキルを得てもらおうということだ。多分、【剣術】レベル一でも持てば、かなり生存率が高くなる、と思う。
それで、冒険者候補を集めて素振りをさせている。今はわたしが不在だったので、すでに【槍術】を持っているシロウに指導側に回ってもらっていた。ここで交代し、わたしが指導に回る。
適当に、生徒たちの間を歩きながら修正していこう。
しかし、先生役も忙しいな。スキルを得ると審美眼も鍛えられるようで、素人のよくない点が覿面にわかる。目についたところから指摘していくが、まあ大変だ。運動場にいっぱいだからなあ。一体何人いるんだか……
三十分ほど歩いて、ようやく全員の修正が終わった。完璧になおっているとは思わんが、まあ指摘はできただろう。次回の会まで、各自素振りを続けること。
それじゃあやめ。続いて組み手。近くにいる者と組んで、一対一でやりなさい。急所はなし。用意した安全な獲物でやりなさいね。
以前上海も、「練習」と「実践」て言ってたからな。これで、多少はスキル獲得のスピードが速くなるはず……多分。
「先生、手合わせをお願いしたいです。」
「あっ……取られた。」
シロウと、ティルダだったか。以前、あの講義にいた奴。あの時は、なかなか熱心な奴もいるものだと思ったが、実際実力もあった。スキルももう持っていて、サポート職なのに火力役やタンクを食い気味なくらいだった。出張して何度かシロウと組ませてみたりしたが、なかなかシロウたちの水準ともあっているらしい。
いいよ。二体一でやろう。
「ありがとうございます。」
と、その返答から一瞬でわたしの前に散開する。わたしの前にいるのはシロウだけになった。
シロウはわたしの前で間合いを取って構え、じ、としばらく距離をとって沈黙を保つ。
そして、前方からシロウが槍で突くと同時に、不意をついてカルタが死角から迫る。ので、槍を避けつつティルダの手を掴み、シロウに投げつける。
シロウは体でティルダをなんとか受け止めるが、その間にわたしに槍の間合い内まで近づかれた。わたしはゆっくりと首筋を触る。これで勝負ありだ。
ティルダは、ちょっと意図が読めちゃうね。足音は消せてるけど、なんとなく来るっていうのがわかっちゃう。人型の生物もいるから、もっと行動全般を整理した方がいいね。試合開始直後に姿を消すのは不自然だからやめよう。
シロウは、ヘイト集めが足りないね。一回しか突かないと、カルタの攻撃タイミングを悟らせる手助けにもなるし……もうちょっと攻撃しないと。
こんなところでいいかな。
「先生、ありがとうございます。勉強になりました。」
「ありがとうございます。」
うんうん。二人とも、うまくなってるんじゃないかな。
しばらく組み手をやらせたら、次は……
そこに、ちょうどメムがやってきた。何だろ?
「表に女の子が来てるよー。何とか祭実行委員会で、自治体の会議があるって言ってるけど」
シスタか。ちょっと行ってくるか。メニューは伝えてあるし、今更わたしがいなくてもある程度はこなしてくれるだろう。
シスタと合流して、一緒にその会議に向かう。会議……聞いてないけど、そんなのあったの?
「自治体の会合があるんですよ。市営の会議室で、ちょっと、祝子さんにもお越しいただければと……」
ふーん。自治体?
「そうです。やっぱりヘクト祭というのは地域をあげてのものですし、祭りを行うなら、道路の使用許可ももらわないとですから。」
ああ、確かに。
会議場に着くと、すでにいくらかの者が来ていた。
誰がどういう人なんだろう。シスタに聞いたらわかるかな。
「全員じゃないですけど、数人なら。」
構造として、この会議は数人の定期出席者と、それぞれの者が連れてくる議題に関係する人が出席するらしい。
「ヘクト祭実行委員会自体が何かに所属しているわけではありませんが、私個人が市長と懇意にさせていただいているので、その方に議題を提出していただきました。」
ふむ。あそこの白髪の人か。ハクリと言うらしい。それで――――
他の定期出席者は、農業共同組合長、商工会長、記者同盟代表、あと、外交産業……あれ、ヤオヨロズ。
デパートのオーナーの人だったよな。あそこは確かに輸入されたっぽい物がたくさんあるが、それ専門の代表だったのか。
「ああ、確かヤオヨロズさんは、名誉代表ということで、議決権は持っていませんが、定期的な出席者ではあります。」
議決権というのもあるのか。そしてヤオヨロズにはない。話がこんがらがる。
「議決権を持っているのは先の四人の方と、あとあの方ですね。冒険者ギルドのギルド長らしいです。知ってますか?」
淡い紫色の髪をしている、長髪の女だ。ギルド内でたまに見かける。でも、ギルド長って上海じゃないの?
見ていると、わたしに気がついたようでこちらに近づいてくる。
「お前、冒険者だな。名前は確か……」
祝子ですけど……
あなたがギルド長さん?知らなかった。
「ああ、お前は確か上海さんに気にいられて冒険者になったとかだったな。上海さんはここら辺一帯のギルドの連合を束ねている、さらに上の機関の長だ。私は、冒険者ギルドのハムエルン支部長。」
そうだったのね。だから上海ってここにあんまりいないんだ。
「お前は最近二階層に上がったとかだったな。私は実力のあるものは差別しない。励めよ。」
何か、少し変な感情を感じる。
話していると、議会の開始時刻になったようだ。ギルド長は自身の席に帰って行った。
「ああ、私の名前はミラクだ。後で忘れるなよ!」
わたしが名前を知らなかったことを根に持っている?
「それではハムエルンの地域定例会議を始めます。議長は私、ハクリが務めます」
始まった。
最初は特に関係ないな。とりとめのない内容で、聞いていても得しそうにない。税が――――、うん、あまり興味ないな。
随分暇しそうだ。この後食べる飯でも考えておくか。
気分によるわな。まだお腹が空いてないから、3時間後の自分の腹加減を予測せねばならん。
うーん。気合いが入っていれば、定食物とかもありだが、ちょっと疲れるんだよな。
ラーメン、はさすがに飽きた。もうちょっと違うものが食べたい。
チャーハン……飯系はありかも。でも、わたしチャーハンよりパエリアとかのが好きなんだよな。
いっそ、デパートまで足を伸ばすか?予約ってどうやって入れるんだろう。
そういえば、この間メムがデパートのピザ屋でピザ買ってきてたじゃん。それを買っても……
「こちらが、この度ヘクト祭の協力をしていただける祝子氏です。」
あっ……立って挨拶する。どうも。
……危うく聞き逃すところだった。というか、最初の部分は聞き逃したな。
「それでは、当議題について説明させていただきます。ヘクト祭というのはここハムエルンで代々行われてきた古祭です。文献によると、数千年以上前から行われてきたもので、現在は三十年前を最後に中止されておりますが、文化的価値の高いものであるほか、住民の賛同も得やすいと考えられております。開催時には、ハムエルンの郊外およびカインゼル内の様々な地域からの多大な観光収入が見込まれます。」
シスタが事前に用意していた資料を使って、説明し始める。シスタが普段なにをしているのかは知らないが、意外とスピーチとか上手いよな。なんか、いつも見てる姿からすると想像できない。こいつ、人参に包丁を全力で振るんだぞ。
「食事会は初開催から五回目となりますが、参加者は最終的には一千人にも上っています。ヘクト祭の開催につきまして、ご検討いただけると幸いです。」
――――一通りの説明を終え、議論に入る。
「まず、ヘクト祭というのは、流行っているのですかね。わたしは聞いたこともないのですが……」
質問が飛ぶ。三十年開催していなかった事も併せて、妥当な疑問だ。でも、あれだけ集まってくれるんだから……
「この市街地では、祭りが中止されている事もあり知名度は低いですが、地方の集落での認知度は依然として高いと考えられております。アンケートにある通り、ヘクト祭にまつわる食事会への参加者には、ハムエルンの農村から来た冒険者の割合が多いですから、その出身地での人気も高いかと。」
アンケートなんてとってたのか。おお、しっかりした応答だ。
「実際、ヘクト様信仰はここでは薄れているが、地方ではいまだに根強いです。そこについては不思議では無いかなと。」
ハクリさんだったか、彼女が応戦してくれる。というか、カインゼル王家ってここの王よな?まだ続いているんなら、なんでこんなみんな知らないんだろう。
シスタはさすがにそのモードになってしまった。あとで聞こう。
「説明からすると、開催できない理由はないように思えますが、また開催してもよろしいのでは無いですか?どのような理由で中止されているのでしょうか。」
ヤオヨロズ。援護してくれるのか?
「議事録によれば、『地方出身者の参加が減少し、神輿の担ぎ手が著しく少なくなったため』とあります。」
ふーん。そうだったんだ。どこも少子化は大変だねえ。
ああ、でも、担ぎ手ならちょうどいいのがいるじゃない。レベルも上がってピチピチなのがさ。
……
……
なんで言わないの?あの元冒険者衆、体力もあって、信仰心もあって、ちょうどいいじゃない。それをなぜ……
「中止時はすでにダンジョンが誕生した後です。地方から大量の若者が来ているはずですが、少なくとも今よりかは若者は多かったのでは。」
「おそらく、その若者たちは結局のところダンジョン目当てだったのでしょう。会合に来てはいますが、祭りの準備は何週間もかかります。それだけの時間をかけるほどの者がいるのか……、今より優れた状況で中止になった負の実績があるのですから、どうでしょう、再開するのは……」
あの連中なら暇人だろうし、現状は知らないだろうが、多分協力してくれるだろうに……
「近ごろ、冒険者の連合というのがあるらしいが、ご存知かな、そこのシスタとやら…」
ミラク!知ってたのか。
「はい。ハムエルンの地方出身者の冒険者の集まりが存在していることは、わたしも確認しております。全員合わせて百人クラスの大きい集まりですが、食事会には全て参加していただいています。話も通しており、神輿担ぎは素人ですが、十分に練習に励んでもらえるかと。」
そうそう!なにをしてもらうか、話までしてたのに、なんでこんなに言わなかったのか。
「そうですか。それなら問題ないですね。」
「いや、でも、しかし……」
?
「商工会長さん、何か問題がありましたか。意見があるなら、はっきりと……」
「い、いえ。素晴らしい考えかと思います。それだけの人数が協力してくれれば祭りも問題なさそうですわな。」
うん。話はうまい方向にいきそうだ。しかし、なんであんなに言おうとしなかったのか。あと、商工会長はなんで言い淀んだんだ……?
ああ!そうか。今はどうあれ、昔は犯罪者集団だものな。それで言えば、まずそこを追及される。
ただ、ミラクが言ってしまえば、それを追及すると冒険者ギルドに対する追及になってしまう。別にミラクが彼らを庇う必要性もないが、圧倒的な 利潤と兵力をもつギルドに、無用な鞘当ては避けたいもんな。
だから、シスタはミラクが言うのをあえて待ってたのか。
「今議題については長くなりそうですから、関係者でない方については退席という形をとりましょうか。一旦終了、と言うことで。」
ふう。確かに、結構もう外も暗いもんな。朝早くから始めて、夜遅くまで……偉い人って大変だな。
「祝子さん、あとは私だけでも大丈夫ですので、帰っていただいて大丈夫ですよ。」
本当?実はもう腰が痛くて。そういうなら、遠慮なく帰らせていただこうかな。
「はい。祝子さんに居てほしかったのは、さっきのあの瞬間ですから。」
あの瞬間……ああ、ミラクが元冒険者のことを話した時か。あの時に、こちら側に好印象を持ってもらうために。
こういうことはわたしには出来ん。大人しく帰ろう。
これで、ヘクト祭が出来るようになったのか?それはわからないが、シスタを信じるしかあるまい。
とりあえず、今日はラーメンです。




