二十四話 夏の食事会
“ヘクト祭実行委員会主催 夏の食事会”
いつも閑散としているヘクト祭実行委員会の家屋は、いつとなく人で賑わっている。
その多くは血気盛んそうな若者ではあるが、不思議と、揉め事や私語はあまり聞き受けられず、整然とした雰囲気だ。
また、ちらほらと地元住民らしい人も見える。ますますこの催しの正体がわからなくなるが、これは、この家の主の人望と努力が現れた証拠である。
「祝子さん!こっちです!」
いやほんと。まだ開催時間じゃないよね?結構余裕持ってきたつもりなんだけど、もうこんなに人が……
「いえいえ。開始時間はまだまだ先ですが、みなさん楽しみにしていたようで、もう大半がきてしまってるんです。外で待たせるのも忍びないですし、入ってもらってて……」
ああ。よかった。
人をかき分けて管理部に向かうと、大きい鍋をかき混ぜているグラントが見える。
「おー祝子。今最後の仕上げしてるよ。」
もうほとんど終わったんだ。ほんとにありがとう。こんな朝早くから……
さすが。ついこの間、猫耳に全財産分食われたとは思えん。
「それを言わないでよ。あーあ、あそこで祝子が黙っていれば……」
わたしは嘘だけはつけぬ。それに、わたしの方が悲惨だよ、お金が欲しくて行ったのにさあ。
やはり料理の方で手伝えることはなく、シスタの方の事務作業を手伝う。この紙を留めればいいのね。このチラシの三枚と、あと次回に使えるチケット!何をするかはまだ決まっていないらしいけど……
しかし、グラントが手伝ってくれるとは思わなかった。わたしたち、どっちも料理作れなかったから、助かったよ。
「うむ。よきにはからえ。」
ははーっ。
あの後、グラントに相談してみたら、すぐに快諾してくれたんだよね。飲食店で働いているだけあって、捌く速さも味付けも素人とは全く違う。やっぱり、持つべきものは友達だね。
「まあ、将来的にわたしも店を持ちたいし。この時間帯ならトドロキ亭とも被らないから、また呼んでよ。」
やった。
さ、こっちはこっちで頑張ろう。釘を使ってグイと。
シスタが妙な顔をしてみている。ああ、紐どめには、本来はハンマーを使うのね。わたしは素手でできるから、こっちでいいや。
この紙って数足りる?想定外っぽい数来てると思うけど……
「あ、ああ、そうでした。確かに、想定外の量ですもんね。これで足りるかどうか。ちょっとみてきますね。」
「そういえば、包み紙って何枚あるんだっけ。料理はいくら来ても大丈夫な量仕込んでるけど、紙は……」
い、一回こっちの止めて数えるね。えーっと……
「皆様、お食事の方は行き届きになられたでしょうか…」
はあ、はあ…
いやあ、疲れた……
配布開始から一時間はかかったか。
この食事会に集まったのが、二百三十五名。本当は、椅子とか机とかしっかり用意しようと思っていたらしいんだけど、元冒険者たちのことを考えると、それだけで想定の通りのは不可能となって、椅子を大量に並べる方式へと変えたらしい。
が、すぐにそれもいっぱいになってしまい、結局たくさんの人が立ち見となってしまったそうだ。まあ、仕方あるまい。
シスタが宣伝してくれたこともあって、ここの地元民も多く見られるが、それより多かったのが冒険者。
元冒険者の彼らだけでなく、一階層の冒険者、また、素人から二階層冒険者まで成り上がった者にも、故郷の古い記憶から参加している人が多いらしい。まあ、わたしが広場でビラを撒いてたのもあるんだろうが。
皆、配布した食料を手に持ちながら、会の始まりを待っている。パンから溢れんばかりの肉が見えている。
グラントが、この会のためにチョイスした食料は、小麦を練って作った生地を焼いて、煮込んだ肉を包んだもの。パニーニとかが近いのかな。私たちが買ってきた材料とシチュエーションから選んだ最善のメニューとのこと。
豪快に乗せられた肉をパンごと、豪快に食べている。中からは、芳醇な肉汁と、煮込み汁が……。う……。
そういえば、朝ちょっと寝坊しちゃってご飯を食べてなかったな。
めっ。あんまり早く食べすぎると後半まで持たないよ。
「ヘクト祭の始まりは――――」
シスタの説明は、日頃の様子から想像できないほど立派なものだった。誰でも理解できるよう配慮された、簡素な表現のみで構成された内容に、平坦すぎて飽きないよう、皆の知っている内容に絡めたような小粋なジョーク、また、史実を、起、承、転、結、の抑揚をつけて物語としての口承として作り直した解釈。
この疲れ切った脳みそにも、よーく理解できた。
ただ、一字一句そのまま述べるだけだと、かなり婉曲的な表現、事実とは異なるであろう構造などが入り混じっているため、わかりやすく換言してみよう。
まず、当国、カインゼルは、ここハムエルンを含む五つの都市で始まったらしい。その始まりの時点での領地は奇しくも今のカインゼルの領地とほぼ同じらしいが、その初代王が、ヘクトという名の者らしい。
王ヘクトは、史実として他国からも知られているが“侵略王”としてあらゆる国を征服しているそうだ。カインゼルの周辺一帯から、遠くはカインゼルのある大陸から海を渡りった別の大陸にも植民地があちこちあったほどだとか。
そして、そのための方法として、王ヘクトは儀式により、山よりも大きな獣を従え他国を制したと。
さっき古来よりある五つの都市といったが、その中でもハムエルンは比較的小さいが、それはここが王ヘクトにとっての儀礼地、神聖な地であるという理由からで、その儀礼に使う部分のみを都市としたため、だそうだ。
王ヘクトの視界に何の敵も認めなくなった時、そのヘクトは忽然と消えてしまったらしい。そこで、その一つ後の王が、ヘクトの行為になぞらえて、例祭としてこの当該の儀式を祭りとして行うようにと定め、それ以降ずっと行ってきたとか。
現在はヘクト祭は王家主導で行われてはいないが、おそらくどこかで王国と祭りの関係性が薄れ、市井で行う祭りとなったのだろう、と。
まあ、こんなとこだろう。山よりも巨大な獣を従える、というのは怪しいラインだが、ついこの前山みたいな魔物を見たばかり、それは信じましょう。
しかし、この街が聖地だったなんて、全然知らなかった。ボロで交通の便が悪いところだとばかり……
お話が終わり、皆は食器を返却し、帰っていく。
皆の手元をみると、ほとんどみんな食べきっている。元冒険者連のことを考えて、結構ボリュームがある内容にしたはずが、意外だ。
グラントの手腕だろう。トドロキ亭に弟子入りした成果が出ているな。
「ユメちゃーん!美味しかったよ!」
そうだ。ついでに、メムにも渡しておいたんだった。美味しかった……味の感想か。まあそうだわな。
「しかし、ヘクト祭というのはあまり聞いたことなかったけど、そんなのあるんだねー。初めて知ったよ。確かに、冒険者もちらほらいるし、知名度はあるんだね。」
そうね。ギルドの広場で声をかけてみたけど、意外と来てくれた。よーくみるとルビーがいて、ヘクト祭のために来たのか、飯のために来たのかはわからないが、わたしへの苦手意識よりもこっちが勝ったようだ。
「じゃあ、わたしは仕事に行くから。頑張ってねー。」
それと入れ替わるように、見知らぬ老人がわたしたちの方へやってくる。
「おお、よくやってくれたね。」
誰だ?結構なヨボヨボだ。わたしの知り合いではないから、シスタか。おーい。
「あ、ミコトさん。来てくれたんですね。」
ミコト……昔、ヘクト祭でたいそうな役割を果たした人らしい。実行委員会にも入ろうとするくらいヘクト祭に意欲的らしいが、このヨボヨボ具合だからまともに外にも出られず、関与はあまりできないそうだ。今回委員会の出し物だということで、張り切ってきてくれたとのこと。
「ああ。もう一度この目でヘクト祭を見られると思うと、感無量です。私にできることなら何でもやりますから、何でも言ってください。」
「もう、おじいさん。外に出るだけでも大変なんですから。きてくださるだけで十分ですよ。」
歩くのもせいぜいなのに、自宅からここまで歩いてくるとは。老人というのはすごいな。
…
……
なんか、こっち見てる?
「シスタさん、こちらの人は?」
「え?実行委員会を手伝ってくださっている、冒険者の方です。今回の催しにも、相当……」
シスタの発言にも構わず黙ってこちらの方を見続け、不意に懐から鍵を取り出す。
「これを……」
これは?
「図書館にある……を……ゴホッゴホッ……お前の好きに……」
話の途中で咳き込んでしまった。大丈夫か?
「ああ、おじいさん。あまり無茶をしないでください。すみません、今日はここでお暇させていただきます。また機会があればぜひ……」
家族らしい者がやってきて、背中をさすりつつ退場する。
この鍵、何なんだろう?
「図書館、ですか。そういえば、私も祭祀関係の本が必要なんでした。ついでに行きますか?」
行ってみようかな。
少し歩いて、街の中心地から少し離れた場所の建物へ。
ここの図書館は狭いな。一階と二階、合わせて二十個くらいしか本棚がない。ギルドの資料室の方がよほどマシだ。
そう思いながら、本棚をみて回る。『ハムエルンの歴史』……、『冒険者制度の限界』……、『秘境温泉百覧』……。つまらなさそうなものばかりだ。地域の本がいくらか蔵書してある程度。やはり図書館というより地区センターか何かの方が表現として適切だろう。
そして、見て回っても、鍵穴は見つからない。まあ、そんな見える場所にあるわけないよな。
おっと、そこに司書がいる。聞いてみようか。
すいません。あのー、ここで変な鍵穴って見かけませんでしたか?
「鍵穴……、鍵穴!?」
うん、図書館で鍵穴探してる奴とかやばすぎるよな。わたしもそう思ってるけど、探すしかないのです。取り出して一応鍵の形を見せる。
「うーん、扉の鍵ともだいぶ感じが違うよなあ。悪いけど、心当たりないよ。」
ないよなー。
おっと、用事を済ませたシスタが走りよってきた。両手に一つずつ紙袋を持っている。借りすぎじゃない?
「その鍵、結局分からなかったんですか。」
うん。探したし、司書さんにも聞いたんだけど……
「まあわたしも見覚えなかったですし、仕方ないですよ……、今度、ミコトさんに聞いてみましょう。」
そうだね。わたしは借りる本ないし、帰ろっか。
「祝子、何をやっているんだ?」
あ、キララ。……図書館に、この鍵に合う鍵穴があるらしいんだ。それを探してて……
「ほう。そういえば、書庫はさがしたか?ここ、本館を最近改装したんだが、書庫はずっと前のままで、かなり古い作りなんだ。そこならあるかもしれないな。」
書庫?
図書館の付近に付属している、古い煉瓦造の建物に入る。
入口は、鉄製でできており、南京錠で閉じられている。かなり錆びていて、開けるのにも苦労しているようだ。
これ、わたしが入っていいの?
「まーいーでしょ。キララの友達だし、悪いことはしないでしょ?」
そうではあるけど……
書庫の扉を開けると、中はまったくの暗闇となっていた。安全性を考慮して、電気製のランタンを使い、光で照らす。
書庫には、大量の本棚がずらりと並んでいた。あちらの図書館とは比較にならないほどの量だ。なぜ、表の図書館の蔵書はあんなに少ないんだ…?
「大半は歴史書とかだな。ま、面白い本はないよ。」
だから……?でも、表の図書館にあるものも、だいぶつまんなかったよ。
司書は、ツカツカと奥へと歩いていく。ランタンで照らされる範囲しか見えないから先がどこまであるのかわからないな。キョロキョロと見回しながら歩いていると、
本だなと本だなの隙間から見える壁に、何か黒い物が見える。ん?
司書を制止して、ランタンで照らしてみると、明らかに穴だ。縦に細く、奥には結構長いようだ。
「へえ。こんなところに鍵穴があったのか……気が付かなかったな。」
例の鍵を挿してみると、ぴったりとはまり、回すことができる。
「おー。ちゃんと挿さったね。あれ、なんの鍵なん?」
ヘクト祭に関係あるらしいんだけど、詳細は分からないの。ここに何があるか……
錠を開けると、壁に亀裂が入る。取手らしい物も出来、どうやらこれを開けろということらしい。
取手を掴んで引っ張ると壁が開くが、思ったより大きいな。本棚に干渉してしまう。ちょっと、どかしてからもう一回やろう。
その後、本棚をどかして扉を全開にすると、中が大きく見えた。
これは……?中には、木材数本と、何か、建物のミニチュアが落ちている。
あ、これは、神輿か。壊れているらしいが………
「神輿、ですか?委員会の方で使用予定の神輿はすでにありますが……」
だよね。これは……
「もしかしたら、これは本物なのかもしれないね。儀式で使われてた。」
本物……?
王ヘクトは儀式で大きい獣を操ると言っていたが、もしかして、その現物、みたいな……?
「確かに、ちょっと魔力回路の残骸が見える。本当にそうかもな。」
確かに、みててもよく分からないが、神輿の内部に複雑な模様が見て取れる。
「祝子もだが、このことは他言しない方がいいかも。誰かに聞かれても、言わない方がいい。」
確かに。なんとなく厄介な感じが……
とりあえずこれは委員会の方に持ち帰って、保存しておくか。しかし、なぜミコトはわたしにこの鍵を……




