二十三話 冒険者の登龍門
水面から、ゆっくりと数匹の魔物が這い出てきた。
でっかいトカゲみたいなもんかな。明らかに爬虫類を彷彿とさせる顔面に、胴体に隙間なく生える鱗。
全身が水面から出て、直後、体ごとこちらに飛び込んでくる。
二、三体同時に飛んでくるが、然程の速さもない。わたしは空中でそれを一太刀で同時に切断した。
完全に分断され、バラバラの死骸になる。当然起き上がってくる様子もない。
グラントの方も、大槌でトカゲを一発で処理できているみたいで、こいつら、大して強くは無いようだな。
ちょっと待っていると、次々とトカゲが湧き出してくる。巨大な塔から湧いていると、集合体恐怖症を刺激されそうだ。
数匹ずつ討伐を続ける。
そのまま十分ほど討伐を進めていると、
《 ハフリ ユメ のレベルアップを確認しました。》
ハフリ ユメ
職業【神巫】
Lv:10→11
HP95/95→100
MP95/95 →100
筋力:105 →110
魔力:95 →100
速度:95 →100
防御:95 →100
抵抗:95 →100
【スキル】
:▶︎【剣術】Lv.6 【経験値アップ】Lv.1【地図作成】Lv.1【魔力操作】Lv.1
お、レベルアップ。ステータスが大台だ。今まで倒したトカゲの総数は、えーっと、1、2、3、……
多分数十匹は倒していると思われる。あくまで推測にはなるけど、経験値としては魚人とそう違くはないんじゃないかな。てごたえ的にも、極端に弱くはないし。
地上じゃあ魚人一人探すのに何分かかるか。相当効率いいぞ。
わたしの横で、グラントが歓喜の声を漏らす。あっちもレベルアップできたようだ。
《 ハフリ ユメ のレベルアップを確認しました。》
ハフリ ユメ
職業【巫女】
Lv:11→12
HP95/100→105
MP95/100 →105
筋力:110 →115
魔力:100 →105
速度:100 →105
防御:100 →105
抵抗:100 →105
【スキル】
:【剣術】Lv.6 ▼【経験値アップ】Lv.1【地図作成】Lv.1 【魔力操作】Lv.1
お、また。やっぱり効率がいい。
しばらくはここに篭っても………
そう思った矢先、急に嫌な予感がした。
何だろう、この予感は。何を由来にしてるんだ?
ネガティブに考えてみるか。この蟹は、倒しても倒しても全く勢いが止まらない。それどころかますます増えているようだ。枯れる心配はないみたいで安心だが、いずれ倒せない数になるとかか。
今の調子なら全く問題はないが、これがずーっと続いたら、いずれ処理出来なくなる……。
今のわたしに関係ありそうな危機を考えてみたが、どうにもなさそうだ。処理にほとんど体力を使っていないから、大丈夫だと思うよ?
グラント、今のうちに一回中断してみないか?と試しに言ってみるが、グラントは明らかに不満げだ。わたしも、確証があるわけじゃないしな……
《 ハフリ ユメ のレベルアップを確認しました。》
ハフリ ユメ
職業【巫女】
Lv:12→13
HP95/105→110
MP95/105 →110
筋力:115 →120
魔力:105 →110
速度:105 →110
防御:105 →110
抵抗:105 →110
【スキル】
:【剣術】Lv.6 ▼【経験値アップ】Lv.1【地図作成】Lv.1 【魔力操作】Lv.1
まあいいか!レベルは上がるし!
そう言って数刻もしないうちにわたしたちは目の前に明確な異変を認めた。
塔の方に、さっきまでなかった突起がある。黄土色で、表面はざらざらしているものの、全くのっぺりとした形に見える。
ひどく巨大だが、それは極めてゆっくりと動いている。ずっと見ていても気づかないほどの速度で塔から出てきたらしい。
それに二つの黒点が突然あらわれる。
黒ではないな。黒と白のツートンカラー。つまり、黒目と白目。
塔が持ち上がり、したから四本の足が生える。先の突起は塔から生えているように見えていたが、よく見れば実は塔の下から生えていたということらしい。
「亀の魔物……?」
言われた。
さっきまでわたしたちは塔からトカゲが生えてきていると思っていたが、甲羅にトカゲを飼っている、超巨大な亀だったのか。
亀が立ち上がったにも関わらず、亀の上からは相変わらず水が湧出しているようだった。これが下に流れ、川を作っていると推測していたが、もしかして、この亀が川を一つ作り上げているのだろうか。
亀は、のっそりと首を持ち上げる。そして口を開け、その前に球体を作る。
まずい!
球体は、著しい速度でこちらに飛んできた。わたしは、とっさにグラントを抱えて飛び退く。
球体が地面にあたり、激しい衝撃音がする。振り向くと、わたしたちがさっきまで居たところは、岩盤が砕かれて先ほどまでの地形が跡形もなくなっている。当たっていたらひとたまりもなかっただろうな。
これか。予感の正体。わたしがこの魔物のことを無意識のうちに感じていて、それで……
ともかく、こんな化け物がいるところに、そんないつまでも居られない。一刻も早く逃げよう。出口は……
あった!すごい小さい横穴だから、探すのに時間が掛かったが、ここから早く……
そう思っている間に、亀は次弾の装填を完了したらしく、また球が迫ってくる。球は、わたしたちと紙一重の場所に落ちる。岩盤が砕け、わたしたちのいる場所まで亀裂が走ってきた。
早く、あそこから脱出して、この亀から……
ここで初めて、わたしは自分の犯している過ちに気がついた。
亀は、次々と水球を飛ばしてきて、おそらくわたしたちはそれを耐えられない、それを全力で避けないといけない……
そんな中、あんな穴に這って入らないといけない。あの穴はわたしたちにぴったりのサイズだから入るのには時間がかかるだろうし、入って移動している最中に水球を撃たれたら閉じ込められる。
わたしが感じていた嫌な予感って、もしかしてこれ?この地形、わたしたちが危機に陥っても、どうやっても逃げられない、っていう……
「難しいことは考えない!とにかく、ぶっとばすよ!」
逃げらんないなら、戦うしかないだろう。グラントの言う通りだ。
グラントが駆けていき、甲殻の端に大槌で殴りかかる。
その直撃した部位は微細にヒビが入り、少し凹んでいるようだ。しかし……
亀には全く影響がない。やっぱりこのサイズだから、大槌の一撃程度では何も関係ないようだ。
そこで、沈黙していた亀が突然動き、甲殻がグラントに衝突する。亀の動きは一見スローに見えたが、酷く吹き飛んでこっちの壁に衝突した。大丈夫か?
「だいじょぶ。それよりあれ、相当硬いよ……!」
だろーな。亀は巨体を揺らし、次はわたしだと言わんばかりに、こちらへ向き直した。
結局のところ、仮にグラントが容易に甲殻を砕けたとしても、あの巨体である以上大きいダメージにはならない。ましてやわたしの武器は刀。狙いを変える必要がある。
グラント!手を貸して!跳ぶ!
グラントは意図を察して、大槌を手放してこちらを向き、両手を構える。わたしがその手を踏み台にすると同時にグラントは両手を振り上げ、わたしは通常より遥か遠くへと跳び上がった。
亀の頭部は上空はるか数十メートルに聳えているが、それも関係ない。今や、わたしは、それに手すら届く位置にいる。
【闘気】を発動。黄金が眩く煌めき、風にゆらめくも刀の周辺に力強く保たれている。
わたしが最大到達地点に着き、落下し始めるタイミングで刀を振り下ろした。それは、亀の頭部に直撃し、熾烈な金属音を上げた。
痛て。
【闘気】と刀に集中していて、無防備に落下してしまった。どうなっただろうか。結構切れたと思うが……
グラントの方を見ると、顔を青ざめて上を見上げている。
だめだったか。わたしも見上げてみると……
亀の顔を右頬には、確かに傷あとと血液が残っている。切ることはできたんだ。ただ……
全体からみると、あまりに小さい。ダメージはほとんどないだろう。
そして、グラントが青ざめている理由も分かった。そうか。
亀の顔面は、ともすればのっぺらぼうのようにも思えるほどにしわも何もない平坦で、ごく小さい目のみが二つ、瞼を開けた時のみ覗くというものだった。そして、かなり白に近い黄土色。
それが、両の瞳の間に、著しい数のしわが寄っている。目は酷く見開かれ、顔は上気し真紅に染まり、口を大きく開けている。誰がどうみても、これは……
ほどなくして、大きく開けられた口の前に、水球が形成されていく。それは、今までとは比較にならないサイズ。家一軒分もあるかというほど巨大だ。
まずい。今までは本気じゃなかったのか。避け……いや、間に合わない……!
身をかがめたわたしたちだったが、いつまでたっても衝撃がこない。来たのは一回の、何かが灼けるような音のみ。顔を上げてあたりを見渡してみると……
目の前には衝撃の光景が広がっていた。
グラントが殴ってもかけらほどしか砕けなかった、わたしが柔らかい部分を切ってもほとんどダメージにならなかった亀が、体積の七割ほどを削られて絶命していた。
《 ハフリ ユメ のレベルアップを確認しました。》
ハフリ ユメ
職業【神巫】
Lv:13→16
HP95/110→125
MP95/110 →125
筋力:120 →135
魔力:110 →125
速度:110 →125
防御:110 →125
抵抗:110 →125
【スキル】
:【剣術】Lv.6 ▼【経験値アップ】Lv.1【地図作成】Lv.1 【魔力操作】Lv.1
一体……?
このような威力の技を放てる人間がいるのか?山を一つ消せると言っているようなものだぞ。
それとも、自然現象か?しかし、予兆は少しもなかったし……
しかし、さっきので賭けはわたしたちの負けだな。誰か知らないが、あの亀を倒して行ってしまった。
「あ、ああ、そうだね。」
今日はもう帰ろうか。あれをみた後で戦闘ができる気がしない。
ダンジョンから帰ってきたわけだけど、亀が死んですぐ戻ってきたから、まだ昼食の時間だった。せっかくなので、トドロキ亭で昼食を取ることにした。
扉を開けると、昼には珍しく猫耳が来店している。この早い時間から、もうすでに何本も清酒の瓶を開けている。今から夜までずっと飲み続けるつもりなのか?
「あら、賭けは猫耳ちゃんの負け?」
店主のイドがそう話しかける。
ううん、誰かしらないけど、魔物を代わりに討伐してくれたんだ。だから……
「じゃあ、猫耳ちゃんに奢らないとね。」
うん。
……グラント、なんかさっきから全然喋んないな。顔も青いし。まさかさっき、どこか痛めたとか……
「…い、いや、大丈夫。それより……」
それより?
「賭け……わたしの勝ちだったね……注文してもいい?」
ああ、そうだった。いいよ。
「んまず、回鍋肉定食と……」
あら、もっと高いのもあるのに…遠慮ぶか
「油淋鶏定食と、チャーシュー麺と…」
たくさん食べるのね…定食二つとはなかなk
「餃子、12個のやつ…それに…あっ、でっかいのがあるんだ…それも…それと…あと冷奴とビールを瓶で。…あ、この清酒ももう二本。」
……やっと終わったか。でかいだけあって、ずいぶん食べる。
猫耳はビール瓶が来るや否や、口に充てがって一気に飲み干す。さすが酒豪だ。
それから清酒の封を開け、直接口をつけて飲んだ。度数も高いのに、一口が異様にでかい。わからないけど、清酒ってこう言うものじゃないよね?
続々と定食が届き始め、それに手をつけつつ話し始める。
「……祝子ちゃん、だったかな……ダンジョン…どうだった…?」
ああ、猫耳。今日のは変なとこだったよ。
めちゃくちゃでかい亀がいて、そこから水が湧き出してたんだ。下流に川があったんだけど、それもその亀から出る水由来っぽくて。
ああいう魔物もいるんだね。知らなかった。
「ああ……それは…龍の一種だろうねえ。」
龍。どらごん?あの魔物は竜っぽくはなかったけど。
「そう………龍は、環境をそのまま作る生物の総称なんだ……丸ごとね…それに……生物種は特には関係ない……」
環境を……グラントも?
「…グラントは…純血じゃないからね…ただ…頑張ればできないことも、ないと思うよ…水を出して、トカゲを数十匹出すくらいは簡単でしょう……タイプが違うからなんとも言えないけどね……」
へえー。なんか、夢があるね。環境を作る魔物がいるって。
ダンジョン、まだ二階までしか進めないけど、進んで行ったら何かそういう、変わった魔物も現れるのかな?
今後の冒険が楽しみだね。
「いや、まだだ。まだ終わらない。」
え?
「うん…今日は鳥がいいね…油淋鶏、単品でもう二個頼もうか…あと、餃子、十二個じゃやっぱり足りなかった…もう一つあればいいかな?」
「蝦餃とかいうの…食べたことないな…これってどういう…、…この機に食べるか…一つ」
「忘れてた…春巻き…これは食べないと…」
注文のあまりの量にぽかんとしている祝子に、追い討ちをかけるように店主が言う。
「うちの一番の上客は、この方なのよ。毎回とんでもない量を頼んでくださるから、最近は事前にご来店の予定をお聞きしているくらいで……」
横を見ると、財布を見て青ざめているグラント。そうか…だから…
結局猫耳は、昼営業が終わるまで食べ続け、わたしたち二人の貯蓄はみるも無惨に無くなった。




