十一話 焔の下に力持ち
こら、起きろ。
「う……」
天井に突き刺さった男を引きずり下ろし、床に寝かせていた。聞き出す前に、怒って殴ってしまった。手加減は十分にしたが、ちょっとやりすぎだったか。口は開けるみたいで良かった。
何でここに落書きなんてしたの?ちゃんと答えてね。
「ヒ……ヒイイッ」
威圧のために、男が持ってきていた斧を片手でへし折りながら言う。威圧にはなったか?
しばらく男の話を聞いていたが……ふむ。まとまりを欠いていて、いまいち分かりにくい説明だが、どうにか咀嚼して理解できた。
シスタも、当事者なんだから聞く権利があるだろう。わたしからで悪いけど、説明を聞いてもらおう。要するに、彼らは……
元【冒険者】の集まりだということだ。
ダンジョンからは有用な産出物も多く、それによる外貨の獲得、宝目当てに集まる【冒険者】による経済効果により、この街は急速に発展しているというのはもう知っていると思う。
ただ、これには当然悪影響もあったらしくて……
わたしがここ数日やっている通り、一匹千ゴールドの魚人集めだと、普通に働いているよりも割が悪いほどだ。普通は数人でパーティを組むのだから、等分されて尚更。
田舎から、一攫千金を夢見て冒険者になるような者もいるが、そのような人間はわたしのように無傷で迅速に倒せるわけでもないので、時間効率が悪く毎日のように探索に出かけなければならないし、怪我もしやすいので、両者合わせて怪我が蓄積していって、いずれダンジョンにも潜れなくなる。
そのような連中は、大半は、金がないので故郷に帰ることもできず、かといって普通の手段では金を手に入れることができずに、いつしか集団で犯罪行為を行うようになったとのことだ。
こういうこと聞くと、ダンジョンの悪いところがちょっと見えてくるな。ギルドもちょっと不親切なんじゃない?入り口で足切りとかしてあげれば……
ま、いいや。冒険者が迷惑かけてごめんね。
「い、いやあ祝子さんには助けていただきましたから。」
もしかして、なんか怯えてる?わたしが腕力すごいから。
「そんなわけないじゃないですか。はは……」
とりあえず、同じ冒険者ということで、わたしがその冒険者崩れをボコる。それで終いだ。
引き続き、そのスラムとやらがどこにあるのかを聞き出そうとしたが、どうにも話そうとしない。殴ってみようかと思ったら止められた。
仕方がないので、ちゃんと探そう。
付近で、犯罪の被害に遭った家を探してもらうか。知り合いに、最近ものを盗まれたりとか、強盗の被害にあったりとかした人っている?
「確か……商工組合長の家が最近空き巣に遭ったとか言ってたと思います。」
商工組合長さんの家ってどこ?町内地図を出してもらって、そこに印をつけてもらう。
それ以外にも、シスタが知っているところを印につけてもらおう。
シスタが聞いた、犯罪の被害宅をマークし終わった。さすが、百人以上もの委員会のトップだけあって、地元情報に詳しいね。
それらのマークを総体的に見ると、とある区画を中心とするように放射状に被害宅が並んでいる、とわかった。
この区画って何?
「確か、冒険者などのホテル需要を見込んで、再開発するみたいな計画が上がってた地区だったと思います。地上げの途中で開発をストップして、そのまま放置してるみたいな話は聞きますね。」
ちょうどいいじゃん。行ってみようか。
「はい。わたしもお供していいでしょうか?」
いいけど、普通に治安は最悪だと思うよ?
その区画に近づくにつれ、みるみるうちに治安が悪くなっていくのを感じる。
先ほどまでの住宅街は、まばらに老人が散歩しているほか、そこらへんに住んでいる健全な子供が走り回っているという、普通の街並みだった。
今ここは、道端にゴミが散乱し、ありとあらゆる壁に落書きがされている。そして、道端に座り込んで煙草を吸っている者もちらほら見える。その者は、肩から手首より先までびっしりと刺青が入っていて、カタギではない、という雰囲気を感じさせる。
「あれ、何か……」
吐き捨てられたガムを踏んでしまったようだ。かわいそ。やっぱりこない方が良かったんじゃないの?
「一応私も当事者ですし……それに、思うところもありますから。」
あらそう。思うところ、ってなんだ?
そう話していると、目の前に、通行を妨げるように数人が立ちはだかった。それぞれ、鉄パイプやレンチ、鍬などで各々武装している。女二人に大袈裟だな。
その男たちは、何も言わずに襲いかかってくるが、それぞれに一撃ずつ加え、またたく間に制圧する。反社会勢力とはいえど、レベル一ではわたしには構うまい。念の為、入窟用の装備を整えてからきたが、要らなかったか。
この男にも聞いておこう。この近くに、冒険者崩れのチンピラの集団がいるって聞いてるんだけど、どこにいるか知ってる?
「……!……知らねえ……!」
明らかに反応があるし、やっぱり、この付近にいるみたいだ。
手を離すと、その男は一目散に逃げ出した。
男は道をしばらく駆けると、とある路地に入った。
そこのさらに入り組んだ場所にある扉の前で立ち止まる。南京錠らしきものをガシャガシャと動かし、開錠して中に入る。
中は掃除があまりされていないようで、壁や床は汚れていたり、あちこちにゴミとみまがうような荷物がおいてあるが、人の動線となる場所には荷物がおいていないなど生活感を感じさせる。
建物の内部構造とおいてある荷物で複雑に入り組んだ構造になっているのを、男は迷わず走り抜ける。
そして、最終地点となる場所で、怒鳴り声にも近いような大声で捲し立てる。
「大変だ!ここら辺に、例の件を追及してしてるやつが来たんだよ!しかもとてつもなく強い!親分に……」
男の前には、ソファに寝転びリラックスした男が数人居た。彼らはまだ現実感がないようで、呑気な口調で話しかける。
「それで、そいつはどんなやつなんだ?」
「女だ!軽鎧を着て、刀を持っている。本当だぞ!」
その男たちは、さらに信じられなくなったようだ。指を指して笑い出す。
「はは、冗談はよせよ。酔ってんのか?そんな奴がいる訳ねえじゃねえか。もうちょっとありそうな冗談を吐けよ。」
「違う……現に俺らはそれに制圧されたんだ。今にもあいつは来るぞ……ほら、これがその証拠だ!」
頬にあるあざを指でさすが、なおも笑い続ける。
「ははは……じゃあ、もう一杯飲めよ。気にならなくなるぜ?」
そうだ。そんな奴、居るわけがないじゃないか。
「!!」
ふうん。チンピラ全員に鍵を持たせたらすぐにばれてしまうし、常に門番がいるというシステムが成立するほどの収入はない。だから秘密箱の要領の錠を作ったのか。操作という知識が鍵だから、強引に奪われることはないし、安上がり。
まあまあ考えられているんじゃない?でも、部下には、逃げる時には後ろに気をつけることをちゃんと教えておいた方がいいと思う。簡単にバレちゃうからね。
それはそれとして、ここにいる奴らに聞くか。これが最後になると思うが。
ここの者が、この女の人の家に嫌がらせをしていたみたいなんだが、何か知らないか。
「嫌がらせ……?ああ、あの女の家か。ちょうどいい場所に、女しか住んでいない家があったもんでな。そんなら、うちが使ってやろうってんだ。」
ああ、やっぱり事実だったか。それで、やめてくれないか?困っているんだ。
「ははは。やめねえっつったらどうすんだよ!?」
もちろん、やめてくれるようにするよ。わたしの望む形ではなくなるが、結果は同じだ。
その男たちは、わたしの話を本気にしていないように笑っている。そのため、一番手前にいる男の手を捻る。
「あっ……ぐうッ!」
その男の手首は脱臼した。
異常な方向に向かっているその手首が周囲の人間に顕になることにより、わたしの実力はそれらに対して明らかになった。
「こいつ、よくも……皆、かかれ!!」
この号令により、周囲の男が皆叫びをあげて襲いかかってくる。
しかし、わたしに太刀打ちできるような者はいなかった。わたしが手を振ると、当たった瞬間に鎧袖一触という風に吹き飛ぶ。向かってきた男を全て蹴散らし、周りが気絶した人間だらけになった頃、奥から男がやってくる。
その男は大柄で、筋肉質な体をしている。この男がこのグループの主導者的な立ち位置にいるのかな?
「や、やった!親分が来てくれた!」
主導者は、こちらにゆっくりと近づいて、口を開く。
「なんだか知らないが、俺はダンジョンに何度か潜っているし、レベルも上がっている。今のうちにやめておいた方がいいぞ。」
こっちも実力に自信はあるんだ。降参するなら、そっちこそ今のうちだよ。
わたしの話を聞いて、その男は上着を脱ぎ、臨戦態勢となった。
「うちも、食っていくためにやってるんだ。悪く思うなよ」
じゃあ、お互い恨みっこなしでいいか?ちょっと罪悪感があったから、ちょうどよかった。
部下たちが見守る中で、わたしたちは数メートルの間を持って見合った。
決着は一瞬だった。
男は両手で掴みかかろうとするも、祝子はそれを躱して後ろに回る。
後ろをとった祝子は、腰周りに手を回して手をホールドし、そのまま上にふり投げた。
本来ジャーマンスープレックスと名がつけられ頭から後ろむきに落とされるまずのその技は、祝子の筋力により上向きの投げ技となり、主導者は天井に突き刺さって動かなくなった。
天井につき刺さった主導者は、すぐさま仲間……彼らの言い方では、子分か。とにかくそれらによって迅速に引き下ろされ、そのまま治療を受けた。彼は単なる無法者ではなく子分に慕われているんだな。
主導者がこれほど慕われているなら、彼が合図を出せば、素直に子分も引いてくれるだろう。
主導者が看病されているのを眺めていると、彼は数分もせず気絶から目覚めた。
「そうか、俺は負けたのか……」
そうだ。早くしてもらえるかな。わたしに負けたってことは、どうすればいいかわかってるでしょ。
「ま、待ってくれ。親分は、俺たちのことを守ってくれるリーダーなんだ。だから、命だけは……」
子分のうちの一人が、親分の前にでる。この親分とやら、本当に慕われているんだな。なんか、罪悪感が出てきたな。……命なんてとらないよ。
それで、あの件。それだけ解決させてもらえれば、帰るから。別に、ここから出ていけとも言うわけでもないし……
「あの件、というのはなんだ。ここの立ち退きの話とかじゃないのか……?」
うん?あれ、ちょっと話が違うな。そっちのが、この人の持ってる家をのっとろうとしてるって聞いたけど。
「それは本当か。うちのが……」
主導者は、部下を目を顰めてみると、部下のうち数人が気まずそうに目を逸らす。どうやら、全体でやっていたわけではなく、あくまでこいつらの一部が自主的にやっていることだったらしい。
「すまなかった。以後は行わせない。」
それはよかった。しかし、話せば済むことだったのか……しょうがないこととはいえ、ずいぶん暴れてしまったな。
まあこれで全部解決したんだから、ささっと帰って……
「あの、今後あの建物で、布教の一環で食事会を行う予定があります。参加者に制限はしませんので、是非きてください。」
シスタが喋り出した。どうしたの、いきなり。
「ここに来るまでの間、ずっと考えていました。私は、この地域の文化を再興させるために動いているのに、このような人たちを蔑ろにするのはその信条に合っているのでしょうか、と。ヘクト祭実行委員会には、ヘクト祭をさまざまな人に布教するための予算も算定されています。ですので、皆様全員程度に、定期的に一食を提供する程度は可能かと思います。」
はあ。初めて会ったときから思ってはいたけど、この人、結構献身的よな。そんなことやって、妙なことに巻き込まれでもしたら……
「あ、あの……今ヘクト祭って……」
おや?男たちの中から、とある声が上がる。それも、一人ではないようだ。
「はい。今ヘクト祭は中止となっていますが、その再開のために、現在委員会が発足しています。あの家は以前から中止されていたヘクト祭を再興させる、実行委員会のものですので、食事会もあの家でやることになると思いますが……」
「本当に、ヘクト祭が再開するんだ……」
「あ、あの家、ヘクト様に関係するものだったのか……よくないことをした……」
え!?みんな、声を上げ始めている。……ヘクト祭って、三十年以上前から行われていないのでは……
「ヘクト祭。俺も、聞いたことがあります。ヘクト様を讃えるための最大の祭り……最近は村からも誰も行っていませんでしたが、父や祖父から繰り返し言い聞かされてきました。」
主導者が引き続き話す。
「俺たちは元々ヘクト様を信仰していたカインゼルの民。ヘクト祭再開のために、全力で協力いたしましょう。」
その言葉に、子分たちは歓声を上げる。
もしかして、彼らは結構ヘクト祭へのまつわりが強いのでは。三十年前にヘクト祭が中止になったわけだが、地方には情報の伝達も遅いだろうし、地方の方が信仰は篤いだろうから。
主導者の言葉もあり、ここにいる全員がこれに協力するつもりらしい。彼らの顔を見ると、血色が良くなり、やる気と自信に溢れている。先ほど、わたしがここのスラムに入ったばかりの彼らとは、何かまるで人が変わったようだ。
冒険者崩れたちも、元は悪い人ではなかったのかもしれない。田舎から出てきて、仕事もうまくいかなくって、つらかったのかもしれないな。
彼らのうちの数人は、シスタに握手を求めている。どうやら、信仰する神の行事を取りまとめるものだというので、彼女を神主か宮司のように思っているらしい。現代ではそのようなところは見かけないので、まるでアイドルの握手会のように思えてしまう。
なんか、ちょっと疎外感感じちゃうな。ヘクト祭には、わたしも協力するのに。
……まあ、わたしもダンジョン攻略なら、教えられなくもないよ。うん。




