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十話 火道神事の例大祭 序

 

 今日はギルドから三十分ほどの小さい料理店にやってきた。なぜこんな離れたところにいるのかと思うかもしれないが、特別な事情があるのだ。なんと、ここにはケーキがあるらしい。


 ケーキだぞ!ケーキ。


 以前からトドロキ亭で何かデザートを出せないかと思っていたが、土地柄上砂糖がなかなか手に入りづらいらしく、断られていた。


 どのような手段かは分からないが、この店ではケーキを、しかも聞くところによると、普通に多くの種類のものを揃えているらしい。ショートケーキもチョコケーキもあるらしい。どうやって持ってきたんだろう。

 

 開店が9時だと言うので、一応八時にやってきたが、もう何人も並んでいる。すごい人気だ。目の前にある列の最後尾に並ぶが……


「ちょっと。ここは最後尾じゃないよ。」


 おろ?


 ちょっと離れたところにもっと長い列がある。店の前だけではならびきれなかったのか。そっちに向かってみるが、思ったよりも並んでいる。折り返して折り返して……どこまで並んでいるんだ?


 最後尾まで、行くのにも時間がかかるほどか。何人いるんだ?話題の店なんだから、もう少し早く来るべきだったか……


 わたしが並んでからもまだ来る人は居るようで、すぐわたしからも列の最後尾は見れなくなった。ここでも、すでに店は全く見えない。ああ、買えるのだろうか。


 砂糖がなかなか入荷できないのだから、ここにいる市民は皆甘味は食べられないということになる。考えてみれば、その甘味に飢えているハムエルン市民にケーキなど出してしまったら、こうなるのも当たり前だ。やはり、甘くみていたか。甘味だけに。何か一つだけでも買えるといいが……




 

 む。どうやら1時間経ったみたいだ。列が動き始めた。


 前の人に追従して進んでいく。店に近づいていることには間違いないと思うが、何せこの距離だ。今どうなっているのか、様子も伺えないぞ。


 ……うん?列の前の方が騒がしい。まさか……


 わたしのとっくに前で、今日の分はもう捌けてしまったみたいだ。一応店の前まで来てみたが、ウインドウにも何ももう残っていない。


 近くで、その洋菓子店のマークのついた袋を持っている人が話しているのが聞こえる。



 「いやあ、朝五時から並んで、ようやく買えたよ。この人気には困ったな。」


 朝五時!?そ、そんなに早く行かなきゃ買えないんだ……


 あーあ……欲しかったな……


 せめて何があるかだけでも見ていこう。ショーケースにはもう一つも残っていないが、ただその名札だけが残っている。


 えーと、ショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキ……


 洋菓子店としては一般的なラインナップといったところだが、今のわたしには、まるで宝石か何かのように思える。


 あー、食べたかったな。チョコケーキ……いや、ケーキなら他にも。ショートケーキも食べたいし、チーズケーキも食べたい。


 そうしてケースの前で立っていると、後ろから声をかけられた。


「すいません、これ、良かったら……」


 黒い服を着ている女の人だ。同い年くらいかな?


 そう言って、ビニール袋を渡され、どこかに走り去ってしまった。


 あ、ちょっと………


 行ってしまった。これはなんだろう?……ここのケーキ屋のマーク…まさか。


 中身を見てみると、そこの店のケーキがいくつか。わたしと同じく、ここに並んでたのか。


 それをわたしにくれる、と。これは嬉しい。でも、なぜ?心当たりが全くない。何か忘れてるのだろうか?


 まあいいや。申し訳ないけど、遠慮なくいただくこととしよう。


 ショートケーキとチョコケーキの二つが入っていた。まずショートケーキから。


 フォークを入れると、ショートケーキの白いクリームがふわりと崩れた。苺の酸味が先に舌に触れ、すぐに軽やかな甘さが追いかけてくる。スポンジはしっとりしていて、口の中ですぐに消えてしまった。


 長く楽しむために、またショートケーキにはいかずにチョコケーキに行ってみた。チョコケーキの方は、さきほどの軽やかさとは対照的に濃厚で重みのある甘さが舌にまとわりつく。ビターな香りが鼻に抜け、余韻は長く、どっしりと残った。


再びショートケーキに戻ると、その爽やかさがより際立ち、苺の赤が一層鮮やかに感じられる。二つの甘さは交互に響き合い、口の中でゆっくりと混じり合っていった。

 






 ふーおいしかった。こんな美味しかったか?甘いものは久しぶりに食べるとやっぱり沁みるよね。


 2個も食べてお腹いっぱいだ。散歩でもしてこよう。


 ここら辺にはあまり来たことがないが、どんな感じなんだろ?いくつかの区間を見て回るが、大体住宅地っぽいな。歩いてる人も、冒険者みたいなのは見かけなくて、普通の人たちだけだ。


 以前、ダンジョンができて潤っているという話を聞いたことがあるが、そのできる前の住民なのかな。


 ちょっと進むと商店街もある。ここの現地住民向けの店なんだなあ。ここを歩いてたら結構おもしろそうだ。


 そこで、一つ奇妙な家を見つけた。周りとは違った風貌の家。ここらへんの周りは、レンガ造りがそのまま剥き出しになったような無骨な家が多かったが、ここは外壁を塗装しているようだ。それも真っ白に。


 建物の作りも、あまり住宅とは思えない。玄関や表札らしきものがなく、それなんだから何かの店かと思ったら、どこにも店名が書いていない。


 というか、とれたのだろうか。結構ボロくて、傷も多い。あそこに不自然な空白があるが、あそこに何か看板をつけていたのかもしれない。


 ここ、どういう建物なんだろう。気になるなー。扉がちょっと開いているから、ちょっと中を見させてもらおう。


 中は薄暗くてよく見えないが、真ん中にカーペットが敷いてあって、椅子がたくさん置いてある。談話室のような場所なのだろうか?いまいち用途がよくわからない。


 人が中にいる。一人だけのようだ。薄暗い中、灯りもつけずに一人で何かボソボソと喋っている。

 

 なんか……よくわからないけど、怖くなってきた。もう帰ろうか……


 ドアから身を離して、ゆっくり戻………あっ……



 中の者がこちらの方を向く。ついドアに手が触れてしまい、蝶番が軋む音がしてしまった。まずい。早く……と思ったが、


 「あれ……さっきの…」


 おや?近くでよく見てみると、さっきのあの人じゃない。ほら。ケーキを譲ってくれた。




 



 「あのケーキ屋の方、ですよね。こちらからはほど近いため、評判を聞いて行ってみたのです。混雑しているものですから、なかなか買えませんでしたが、何度か行って。」


 それをくれたんだ。なんでそんな、大変な思いをして手に入れたのに……


 「い、いえ、あなたが落ち込んでいるのがあまりに不憫で……」


 そんなふうに見えてたのか。ちょっと恥ずかしい。


 お礼と、あとさすがに代金も。お金は持ってるし、さすがに長い時間かけて並んだものをもらったのに、無料でもらうなんて……


 「い、いえいえ。そのようなつもりで差し上げたのではないですから。運が良かったと思っていただければ……」


 うーん。申し訳ないなあ。


 そうだ!何か一つ、困ったことがあったら手伝ってあげるよ。わたし、こう見えて結構強いから、何かと役に立つと思うよ?


 その人、名前をシスタと言うが、わたしの言葉を聞いてはにかんでいた。



 

 


 それで、ここは?ヘクト祭実行委員会、とか言っていたと思うんだけど、まずヘクト祭って……?


「はい。昔にこの地で行われていた祭りで、今は久しく行われておりませんので、知らないかと思われます。」


「誰も知らないほど昔から続けられていた、いわゆる例大祭という形式のもので。文献によれば、少なくとも四千年前から行われていたと綴られています。」

 

 四千年前!それはすごい。でも、今はやってないんだ。


 「はい。最後が三十年前とかなので理由がはっきりしないんですが、多分まあ、やる人もいなくなったとかなんじゃないかと思ってます。結構ハードなお祭りですからね。」

 

 なんでも、火をつけた神輿を持って全力で走るらしい。怖!確かに、なくなるのもちょっとわかるわあ。危険だもんね。


 でも、ちょっと見てみたいかも。


 



 それで、今どうなの?実行委員会だと何をしてるの?

 

 「チラシ配布、とかですかねえ。祝子さんは外部の方でいらっしゃると思いますけど、ここの元々いる住民の方も忘れてしまっていて。イベントなどしようにもなかなかまず知らないんですよ。」


 「それ以外に、何か食事会的なものを予定していました。口承のヘクト祭のルーツや意義、伝承などの説明を、食事など楽しみながらお聞きしていただくような…。」


 はあ。なかなか……



 



「ただ、ここももう終わりです。祝子さんの気持ちは嬉しいですが、また会う時があればということで……」


 え?なんで?



「実は、ここに家を作ったときに、変な揉め事に巻き込まれてしまったみたいで……、作ってからずっと、嫌がらせをされてるんです。ほら、」


 指をさされた先を見てみると、ペンキで、はっきりと「出ていけ」と書かれているのが分かる。その文字はまだペンキが乾いておらず、つい最近書かれたのだろう。壁は一面汚れていて、おそらく書かれたものを消し、その上に書かれ、というのを繰り返していたらしい。


 中にいたずら書きがされているということは、深夜なりなんなりに侵入されているということか。結構おおごとだな。この建物結構ボロいけど、嫌がらせのせいなのもあるのか。


 警察とかは?何かやってくれないの?


 「それが、いたずら書きなど嫌がらせごときでは何もしてもらえず……このままだと、倒壊するかもしれないということで、仕方がないので……」


 そうなんだ。役に立たないね。

 

 ……そうだ!そしたら、わたしがやってあげるよ。さっき言ったでしょ?わたし、なんでも手伝うって。ここのお祭り開催まで、わたしが手伝ってあげるよ。


 「え!?い……いや……やめた方がいいです!一回それらしい人を見たんですが、何人組かでしたし、体格も大きい方で……」


 ……入口のドアから何か音がする。


 「え?」


 シスタは、口調の変わったわたしに反応して、思わず声を潜める。

 

 ゆっくりと音を入口に近づき、ドアを勢いよく開けた。






 ドアの外を、ある男が外に立っている。蓬髪で薄汚れた服装をしていて、ここら辺とは全く雰囲気の違う様子だ。ここを留守と思い込んでいた様子で、開けた瞬間酷く狼狽していたが、中から出てきたわたしを見て少し安心したような顔をした。


 「ま、前見かけたのはこの男です。は、祝子さん、刺激しないで……」


 こいつが。


 一網打尽にしたいから、一応聞き出しておこうか。あなたがここ最近、この家に嫌がらせをしている人なの?


 「は、祝子さん、やめてください!危険です……!」


 静止されるのにも構わず、容疑者に聞く。


 「ああ、そうだよ。三ヶ月前からね。」


 どうしてここに嫌がらせをするの?何か理由があるの?


 「そら、ここには女一人しかいねえと聞いてな、お、俺たちの家にしてしまおうと思うたんだよ。こ、殺されたくなければ早く……」


 そう言って、持っているカバンから斧を取り出す。


 俺たちとは………。ああ、だめだ。イラつく。





 

 

 その瞬間、シスタから、その男は見えなくなった。


 いなくなった男を探して部屋中を見回すが、どこにも見当たらない。脅威となる男どこかに消えてしまい、どこへ行ったのかも分からない事態に陥り、よく分からない感情を抱えたが、不思議と先ほど出会った少女とその話をする気にはならず、引き続き入念にいなくなった男を目線で探した。


 その男の体は、シスタの視線の上、天井に深く突き刺さっていた。


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