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第30章 ― 否定できない真実

トロノスは木の幹から腕を離し、ため息をつきながら顎に手をやった。

その笑みはサディスティックで、観察者のものだった――

まるで希少な実験を見つめる者のように。


「君は何かを隠している、ケルベロス……」

低い声で、彼は言った。

「私でさえ完全には理解できない何かをな。」


ケルベロスは低く唸った。

それは怒りではない。

不快感だった。


その瞬間、鋭い痛みが彼の両手を走った。

一瞬だが、確かな痛み。

指が――ごくわずかに――震えた。


ケルベロスは自分の手を見た。

目に見える傷はない。

だが、痛みは確かに存在していた。


トロノスは木の背後に消え、

次の瞬間、反対側に現れた。

その声は森全体に響き、

どこからともなく聞こえる囁きのようだった。


ケルベロスは目を閉じ、深く息を吸った。

内側で力が震えている。

抑え込まれたまま。


「君は分かっているだろう、ケルベロス……」

トロノスは続けた。

「たった一つの仕草で、すべてを消すことも、すべてを創ることもできる。」

「命を与えることもできるし、存在するすべてを終わらせることもできる。」


「だが、ある瞬間……」

「君が勝利したとき……」

「すべてが決したはずのとき……」

「君は立ち止まる。」

「自分の手を見る。」

「そして、問いかける。」


トロノスは再び消え、

今度は枝の上を歩きながら現れた。

まるで綱渡りのように、

深淵の上で均衡を保ちながら。


ケルベロスの呼吸が、わずかに荒くなった。


「だが、君は感情を選べない。」

トロノスは挑発する。

「それらは本物のようで……同時に、本物ではない。」

「君は力を持っているが、それを隠している。」

「なぜなら、こう考えるからだ。」

「もし使えば……秩序を、循環を、生命の流れを壊してしまう、と。」

「すべてが消える。」


トロノスは枝から飛び降りた。

地面に触れた瞬間、身体は土をすり抜け、

再び木の向こう側に現れ、ケルベロスを真っ直ぐ見据えた。


「それは勝利ではない。」

真剣な声で言った。

「それは、システムそのものの否定だ。」


「君はな、ケルベロス……恐れている。」

「ありふれた恐怖ではない。」

「だが、君の一部は確かに怯えている。」

「それが……実に興味深い。」


ケルベロスは口から白い息を吐いた。

その眼が光る――

盲目的な怒りではなく、

終わらせる意志の光だった。


トロノスは笑った。


「どうやら、誰かが自制しているようだな。」


ケルベロスは再び制御を取り戻した。

声は揺るがず、確かだった。


「ならば、私が問おう。」

「なぜ森にこんなことをした?」


「楽しいからだ。」

トロノスは肩をすくめた。

「退屈だったんだ。」


ケルベロスは一歩前に出た。


「違う。」

静かに、しかし断定的に言った。

「お前は退屈していたのではない。」

「それが“義務”だからやった。」

「そして、それに快楽を感じているからだ。」


トロノスの心臓が一瞬、止まった。

次の瞬間、激しく打ち始める。

彼は一歩退き、笑って誤魔化そうとした。


「ハハハハ……本当にそうか?」


ケルベロスは、さらに一歩進んだ。


「お前は一度も自分自身と向き合ったことがない。」

「生命の法則を理解していない。」

「学ぶためには、苦しみが必要だ。」

「私は他の者のようには苦しまなかった……だが、学んだ。」

「生き物は間違え、倒れ、立ち上がり、失敗から学ぶ。」

「私は、自らの創造を観察することで学んだ。」


ケルベロスは立ち止まり、

腕を上げ、指をトロノスに向けた。


「生き方を知らなければ、生命に意味はない。」

「最後の質問だ。」

「お前は本当に、私が誰かを知っているのか?」

「それとも、私の魂を理解できないだけか?」


トロノスは膝をついた。

全身を貫く痛みが、あらゆる方向から襲った。


彼は顔を上げた。


ケルベロスが、魂の最奥を見つめていた。


「答えろ。」

ケルベロスは言った。

「私の中に何を見る?」

「空虚か?」

「意識か?」

「それとも、裁きの本質か?」


トロノスの左目から、一筋の血が流れ落ちた。

彼は気づいていなかった――

だが、痛みは確かにあった。


「お前は自分自身すら理解していない、堕落者よ。」


トロノスの身体は、内側から崩れ始めた。

それでも、彼は笑った。


「まさか……」

かすれた声で呟く。

「こんな形で敗れるとは……屈辱だが……受け入れよう。」

「君が私の能力に免疫を持っているとは、思わなかった。」


ケルベロスは背を向けた。


「ありがとう、ケルベロス……」

トロノスは呟いた。

声は弱々しかったが、偽りはなかった。


「君は……私が忘れていたものを思い出させてくれた。」


彼は葉の隙間から空を見上げた。


「知識の向こうに……」

「真実の向こうに……」

「生命があるということを。」


「そして私は……一度も、本当に生きたことがなかった。」


一粒の涙が、彼の目から零れ落ちた。


「だが、今は……分かる。」


トロノスの身体は崩れていった。

苦しみではなく――

受容の中で。


「さようなら……静かなる守護者。」


そして、彼は消えた。


風に運ばれる一枚の葉のように。


ケルベロスが歩き去るにつれ、

森はゆっくりと癒えていった。

空気は澄み、

木々は再び呼吸を始め、

生命が少しずつ戻ってきた。


ケルベロスは足を止めた。


靴の中で、親指をわずかに持ち上げ、

地面に触れた。

その動きは微細だった――

だが、それで十分だった。


円形のエネルギー波が、

惑星全体へと広がっていく。


森は、完全に息を吹き返した。


妖精たちは再び飛び立ち、

蛍は光を取り戻し、

生命は本来のリズムを取り戻した。


ケルベロスが助けた、あの小さな妖精は、

空を見渡して彼を探した。

だが、見つからない。


彼女は地面を見下ろした。


そこには、

かじられた緑の果実が、

捨てられていた。


「でも……彼はどこへ行ったの……?」

彼女は囁いた。


風は、沈黙で答えた。


そして、宇宙のどこかで、

ケルベロスはすでに先へ進んでいた――

英雄でもなく、

悪でもなく。


ただ、

生きるとは学ぶことだと理解する者として。


そして、

真の力とは、

使わない時を知ることなのだと。


次の章へ続く。

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