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第29章 ― 心を傷つける言葉

ケルベロスが静まり返った森を進んでいると、

不気味な笑い声が、巨大な幹の間に反響した。


「ハハハハハ……」

その声は空気に毒のように広がった。

「まさか、偉大なる守護者がここに足を踏み入れるとはな。」


ケルベロスは立ち止まった。

ゆっくりと視線を向ける。

枝を大きく広げた、古い一本の木。

そこに“存在”があった――

見えないが、あえて姿を隠していない。


その存在が現れた。


太い枝に腰掛け、

緑色のリンゴをかじっている。

周囲の生命への敬意など、微塵もない。

鋭い歯が果実を引き裂き、

残酷な喜びを滲ませる。


彼は別のリンゴを取り、腕を伸ばして差し出した。


「食べるか?」


ケルベロスは手を上げ、

指を鳴らした。


リンゴは存在そのものから消え去った。

最初から摘まれなかったかのように。


その男は笑った。


「まあいい……俺の分が増えるだけだ。」


もう一口かじり、

ゆっくり噛み……

残りを投げ捨てた。


不気味な笑みがさらに広がる。


今や、その姿は完全に見えていた。


人型の身体。

エルフの耳。

濃い緑の瞳――

鋭すぎるほどに観察する目。

鋭利な爪。


赤と緑を基調とした、簡素な衣服。


皮肉と脅威の狭間に立つ、

悪魔的なエルフだった。


ケルベロスは彼を見据えた。

その存在も、嘲るように視線を返す。


「俺の名はトロノス・ヴォルク。」

芝居がかった軽い礼をして言った。

「まあ、トロノスと呼んでくれていい。」


瞬きをする間もなく、

トロノスは枝から消え、

木の裏側に現れ、気楽そうに歩き出した。


「お前は強い、ケルベロス。」

低く笑う。

「俺はお前のことを全部知っている。」


ケルベロスは腕を組んだ。


「そして、お前は知っているふりをしているだけだ。」


ケルベロスは左へ歩き出す。

トロノスは右へ。


二人は木を挟んで円を描くように歩き始めた。

ゆっくりと。

視線は互いから離れない。

攻撃の前の、無言の決闘。


「ああ……」

トロノスは満足そうにため息をついた。

「俺は全部知っている、ケルベロス。」

「生命の真実をな……」

「お前が存在すら知らない者たちのな。」


彼は爪のついた指を、

ケルベロスの顔へ突きつけた。


「知らないのは、お前の方だ。」

「お前は現実を知っている……宇宙の仕組みを。」

「だが、訪れたことのないすべての惑星は知らない。」


その瞬間、

ケルベロスの身体を、

奇妙な感覚が貫いた。


内側からの圧迫。

微細な不快感。


――まだ、痛みではない。


そして理解した。


彼の力は……

言葉。


真実を語れば語るほど、

内側を傷つける。


理解は鮮明だった。


なるほど……

森が病んだ理由はこれだ。


トロノスは高らかに笑った。


「そうだ、ケルベロス。気づいたな。」


二人はなおも木の周囲を回り続け、

距離は少しずつ縮まっていく。


「ハハハ……」

トロノスは続けた。

「お前が理解する瞬間が、俺は大好きだ。」

「眉が動く。」

「呼吸が変わる。」

「真実が深いほど、肉体の痛みも増す。」


彼は木の幹にもたれ、くつろいだ。


「俺は肉体の戦士じゃない。」

「言葉の戦士だ。」

「真実の、な。」


その笑みが一瞬、真剣になる。


「俺は自分が何者か知っている。」

「そして、俺は俺だ。」


ケルベロスは沈黙のまま、

深く彼を観察した。


そして言った。


「お前は、自分が堕落者だと分かっている。」

「だが、本当に俺を知っていると思うか?」


トロノスは愉快そうに口笛を吹いた。


「もちろんだ。」

「だが、簡単に死ぬとは思うなよ……フフフ。」


ケルベロスは拳を握り締めた。


森が、息を止めたように感じられた。


すべての戦いが、

拳から始まるわけではない。


中には、

耐えきれないほどの真実から始まる戦いもある。


そして、この戦いは――

まさに、そうなるだろう。


次の章へ続く。

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