第22章 ― 意志の衝突
女王が、先に動いた。
素早く、正確で、ほとんど外科的とも言える動作で、
クララ・コズミアは腕を上げ、
最終命令を下すかのようにケルベロスを指差した。
「――我がすべての侍女よ。
――あの存在を攻撃しなさい」
王国が応えた。
壁から。
天井から。
床から。
柱の影から。
彼女たちは現れた。
右。左。上。背後。
連鎖反応で放たれた粒子のように、
あり得ない角度から。
ケルベロスは両手を背中で組んだ。
武器は抜かない。
防御も張らない。
時間も止めない。
――ただ、動いた。
刃は、
すでに彼が存在しない場所を切り裂く。
拳は、
攻撃が生まれる前に捨てられた空間を殴る。
未来から来る攻撃すら、
彼には既知だった。
それは予測ではない。
絶対的な時間支配だった。
一人が脚を狙う。
一人が上空から。
二人が側面を突く。
ケルベロスは跳び、
空中で回転した。
生体力学など無視した軌道。
彼の身体は、
現実の方を柔らかく従わせていた。
腕をほどく。
重力衝撃斧を携えた侍女が、
頭部を狙って突進する。
ケルベロスは半歩ずれ、
彼女の腕を掴み、
身体を回転させて投げ放った。
砲弾のように飛ばされた彼女は、
他の二人に激突し、
乾いた爆音と共に倒れた。
さらに現れる。
今や十人。
拳は固く、
武器は起動し、
神経制御によって心拍は限界まで引き上げられていた。
ケルベロスは息をついた。
腕を上げ、
ほとんど敬意を払うかのような軽さで下ろす。
「――低重力」
世界が応えた。
侍女たちは浮かび始め、
距離感も、力も、衝撃も失う。
攻撃は空中で死に、
身体は無意味に回転した。
ケルベロスは一歩踏み出す。
「――絶対圧力」
物理法則が押し潰された。
侍女たちは流星のように地面へ引き戻され、
床を砕き、
同心円状の衝撃波を生んだ。
――だが、一人だけが耐えた。
唸り声を上げ、
筋肉と精神を、
束縛する命令に逆らわせる。
「……私……は……
……女王を……守る……!」
ケルベロスは、
その目の前に現れた。
走らない。
転移もしない。
――ただ、そこにいた。
視線が交わる。
初めて――
支配下にありながら――
彼女は、
純粋な恐怖を感じた。
身体が力を失う。
地面に触れる前に、
彼女は意識を失った。
広間は、静まり返った。
クララ・コズミアは立ち尽くしていた。
口をわずかに開き――
衝撃と、
そして魅了の中で。
「……なんて存在……」
彼女は呟いた。
「……宇宙的な男……
……完全体……」
その笑みが、
再び浮かぶ。
今度は、より強く。
「……欲しいわ」
「……私の傍に」
黒い瞳が、
洗練された邪悪なエネルギーで輝いた。
クララは玉座を離れ、
ケルベロスへと歩み寄る。
ケルベロスも、
彼女に向かって歩いた。
一歩ごとに、
衝突は避けられなくなる。
彼女は手を上げた。
柔らかく、
ほとんど誘惑するような仕草で。
「……尊敬するわ、強き存在」
「……名を教えて」
「……私と共に来なさい」
「……私の力はあなたには通じないけれど」
「……それでも、すべてを与えられる」
「……愛。命。快楽。
……あらゆる欲望を」
ケルベロスは拳を握った。
その眼差しにあったのは、
怒りではない。
完全な軽蔑だった。
「……快楽など要らない」
「……俺は、全体だ」
「……時間、現実、銀河は欲望ではない」
「……責務だ」
「……愛は、俺を動かさない」
「……お前も、動かさない」
彼は一歩踏み出す。
「……俺はケルベロス」
「……五十柱の神の結合によって創られた」
「……宇宙法則が破綻した時、
……それを執行する存在だ」
クララは、
ゆっくりと手を下ろした。
笑みは消えた。
そこにあったのは――
憎悪と、
理解の混ざり合った視線。
「……なるほど……」
「……あなたの噂は、聞いたことがある」
「……五十の神により創られた守護者」
「……凝縮された全能」
「……生きた方程式」
彼女は苦く笑った。
「……あなたは生き物じゃない」
「……でも、生き物のように振る舞う」
「……感情があり、
……意識があり、
……選択をする」
「……神なんて、偽物よ」
「……そして、あなたも」
「……それでも、
……私たちのように“感じて”いる」
ケルベロスは、微笑んだ。
そこに、
ユーモアはない。
――宣告だけがあった。
「……その通りだ」
「……だからこそ」
「……お前は、ここで消される」
「……今、この瞬間に」
クララは歯を食いしばった。
オーラが、怒りと共に爆発する。
「……代償を払わせてやるわ、ケルベロス」
空気が重くなり、
法則が軋み始めた。
真の戦いが――
今、始まろうとしていた。
―――
次の章へ続く。




