第15章 ― 恐怖の肉が息づく王国
ケルベロスは現れた。
周囲は闇に包まれていた。
それは単なる光の欠如ではない。
濃密で、生きている闇。
だが、地面は赤かった。
剥き出しの肉のように脈打ち、足元から熱を放ち、
まるで世界そのものが血を流しているかのようだった。
その時、声が響いた。
一点からではない。
あらゆる場所から、同時に。
空間が震え、
地面がうねり、
闇が振動した。
「――ケェェェェルベェェェェルゥゥゥゥス……」
「――お前は……ここに……いる……」
ケルベロスは顔を上げなかった。
ただ、頭を垂れ、影にその瞳を隠した。
「気づいてくれて嬉しい」
低く、抑えた声で彼は答えた。
「俺の存在を、これほど容易く感知できる存在は……そう多くない」
直後に、笑い声が響いた。
歪んだ笑い。
音とも論理とも噛み合わない、不正な笑い。
「――俺はお前を知っている……」
「――すべてを、知っている……」
「――俺は、プレヴィニールだ」
ケルベロスは動かない。
その内側で、刃のように冷たい思考が形を成した。
> プレヴィニール……「予見」。
可能性を視る存在。
空間、時間、因果。
……なんと歪んだ堕落者だ。
闇の中で、姿がゆっくりと顕れ始めた。
最初に現れたのは、緑の瞳。
毒を帯びた灯台のように、妖しく輝いている。
プレヴィニールは両腕を広げた。
「――俺は、予見するだけではない」
傲慢そのものの声で、彼は言った。
「――創り出すのだ」
世界が、爆ぜた。
虚無を引き裂き、三百億の怪物が溢れ出す。
歪んだ存在。
不可能な肉体。
襲う前から叫ぶ口。
赤い地面は、その重みで沸騰し、
存在しないはずの空は、恐怖に後退するかのようだった。
プレヴィニールの瞳が、さらに強く輝いた。
「――お前を破壊するのが、楽しみだぞ、ケルベロス」
沈黙。
ケルベロスは、まだ俯いたままだった。
――そして。
彼は、笑った。
間違った笑み。
英雄のものではない。
正義のものでもない。
それは、
暴力を言語として受け入れる存在の笑みだった。
ゆっくりと顔を上げる。
黄金の瞳が闇を裂き、
空間そのものが縮こまる。
「……いいだろう」
どこか楽しげに、彼は言った。
「――なら、遊ぼうじゃないか」
笑みが広がる。
「……フフフフフ」
その瞬間、最初の怪物が飛びかかった。
そして――
地獄は理解し始めた。
自らが、
取り返しのつかない過ちを犯したことを。
―――
次の章へ続く。




