第14章 ― 絶滅の重み
ケルベロスは消えた。
音はない。
痕跡もない。
次の瞬間、彼は巨大なチェーンソーの腕の横に現れた。
その瞳が輝く――力を込めた光ではない。
純粋な、好奇心の光だった。
「……どれほどの耐久か、見てみよう」
右腕を上げる。
金属のマナプラが、巨大的な鋼鉄を掴み締めた。
そして――引いた。
高さ九十六メートル、数百億トンもの質量を誇る機械が、
まるで駆け出しの戦士が新たに鍛えた剣を引き抜くかのように、
基部から引き剥がされた。
大地が裂け、
構造物は崩れ、
重力そのものが悲鳴を上げた。
宇宙のエネルギーが金属を駆け巡る。
刃が回転を始めた。
それは、ただの兵器の動きではなかった。
冥界の車輪のように、限界なく加速し、
空気そのものを焼き尽くす火花を吐き散らす。
その音は機械音ではない。
深く、古く、金属が嘆くような――祖霊の呻きだった。
兵士たちは、完全な衝撃の中でそれを見つめていた。
ヘルメットの中で、口は開いたまま。
思考は、目の前の現実を理解できずにいた。
遠くで、女王は城を出ていた。
沈黙のまま、その光景を見つめる。
彼女が初めて味わう感覚――
無意味さ。
ライザは震えていた。
それは普通の恐怖ではない。
存在してはならないものを前にした感覚だった。
ケルベロスは動き出した。
――歩いたのではない。
――上昇したのだ。
空中で。
彼のためだけに見えない階段が現れるかのように。
あるいは、空間そのものが命令に従っているかのように。
足元に支えはない。
台座も、可視のエネルギーも存在しない。
それでも、
一歩ごとに――
音が響いた。
やがて、彼はテレポートを始めた。
二百キロ。
五百キロ。
八百キロ。
跳躍のたび、レッドポータルへと近づいていく。
諸王国は、完全な沈黙の中で見守っていた。
彼らが目撃しているのは、
怪物の終わりではない。
――戦争という概念の終焉だった。
ケルベロスは跳んだ。
身体を水平に、三百六十度回転させる。
巨大なチェーンソーが、
あり得ない軌道を描いた。
――ただ一動作。
空気が薙ぎ払われ、
空が切断され、
存在そのものが――清掃された。
数千の怪物は、同時に消え去った。
爆発はない。
残骸もない。
ただ、欠落だけが残った。
ケルベロスは、宙に浮かぶチェーンソーの上に着地した。
その足音は、
混沌の棺に打ち込まれる鎚のように響いた。
彼は低く告げた。
「――殲滅」
そして、
たった一度の視線で――
……残っていたすべてが、消えた。
静寂。
女王の心臓が、一瞬だけ止まりかけた。
生涯で、
あらゆる伝承の中で――
これほどの光景を見たことはなかった。
兵士たちは、動けずにいた。
やがて、システムが反応する。
王国システム:
――敵、殲滅完了。
――敵、殲滅完了。
――全戦闘システムを停止します。
砲塔が格納され、
レーザーは消え、
装甲出力は低下し、
ヘルメットが外される。
全員の視線が、ケルベロスへと向けられていた。
彼は今、
なお歪みが脈打つレッドポータルの前に立っていた。
空に開いた、癒えぬ傷のように。
一人の兵士が、かすれた声で呟いた。
「……これから……何をするつもりなんだ……?」
ケルベロスは聞いていた。
距離など、関係ない。
「――すべてを、ここで終わらせるつもりだ」
彼は独り言のように言った。
「……だが、まだ終わりではない」
前へ進む。
宙に浮かび、
ポータルへと近づき、
そして――
入った。
空が震え、
宇宙は、息を止めた。
―――
次の章へ続く。




