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第8話:歴史を揺るがす「お昼寝」。-2

その時だった。


魔王シエルが、谷の奥から姿を現した。彼の全身からは、これまでとは比べ物にならないほどの、おぞましい魔力が噴き出している。彼の瞳は血走り、その顔には、狂気にも似た執念が浮かんでいた。


「人間どもめ…!そして、あの女め…!今日こそ、全てを終わらせてやる!私の備蓄を邪魔する者は、誰であろうと許さん!」


シエルが咆哮すると、大地が再び震え始めた。彼の足元から、黒い魔力の波が広がり、谷全体を覆い尽くしていく。

それは、シエルが持つ、広範囲の魔力を吸収し、対象の動きを鈍らせる「重圧の領域」だった。魔力の波に触れた兵士たちは、体が鉛のように重くなり、動きが鈍っていく。


「な、なんだ!?体が動かない…!」

「魔力が…魔力が吸い取られていく…!」


王国軍の兵士たちは、その場に崩れ落ちていく。アリアもまた、その重圧に苦しんでいた。


「魔王の…新たな領域魔法…!これでは、まともに戦えない…!」


アリアは、リリアーナの横で、必死に状況を分析しようとする。彼女の頭の中では、シエルがリリアーナの「奇策」に対抗するため、この「重圧の領域」という新たな魔法を開発したのだと解釈されていた。


「リリアーナ様…!魔王は、賢者様の動きを封じるために、この領域を展開したのですね!どうか、この領域を打ち破るお力を…!」


その時、リリアーナは、アリアの言葉など耳に入っていなかった。彼女の意識は、大地から放たれる魔力によって引き起こされる、奇妙な感覚に集中していた。


「ニャー…(なんか地面がゴロゴロするニャ…)」


魔力領域の影響で、谷全体が微細な振動を起こし、空気が重く、肌がピリピリと痺れるような不快感がリリアーナを襲っていた。

それは、猫にとって、非常に居心地の悪い状態だった。まるで、低周波の音が常に響いているような、不快な感覚。ミーコは、騒がしい場所も、不快な振動も大嫌いだった。


「ニャー…(居心地が悪いニャ…)」


リリアーナは、不機嫌そうな声を上げた。彼女の目的は、ただこの不快な場所から逃れること。快適な場所を見つけることだけだった。この「ゴロゴロ」と「ピリピリ」は、ミーコの安らぎを奪う、許しがたい邪魔だった。


リリアーナは、周囲を見回した。どこか、この不快な振動が届かない場所はないか。彼女の「猫の目」が、空間の歪みや、魔力の流れの隙間を捉えた。

まるで、狭い隙間を見つけては入り込みたがる猫のように、彼女の目は、この不快な空間から抜け出す「穴」を探していた。


そして、その時、リリアーナの目に、谷の奥にある、日当たりの良い岩棚が映った。そこは、魔王の領域の影響がわずかに薄いように見えた。


「ニャッ!」


リリアーナは、不快感に耐えかね、その岩棚目掛けて、軽やかに飛び跳ねた。その動きは、まるで獲物に飛びかかる猫のように、何の躊躇もなかった。


「リリアーナ様!?まさか、魔王の領域を突破して、奇襲を…!?」


アリアは、リリアーナの突拍子もない行動に驚愕する。彼女の目には、それが魔王の領域を打ち破るための、奇策に見えた。空間を切り裂く魔法など、彼女の知る限り、存在しない。


リリアーナは、岩棚に飛び乗ると、その上で気持ち良さそうに丸くなった。日差しがポカポカと温かく、不快な振動も、ここではほとんど感じられない。


「ニャー…(気持ちいいニャ…)」


リリアーナは、満足げに喉を鳴らそうとした。そして、そのまま、ゆっくりと瞼を閉じた。


戦場のど真ん中で、リリアーナは、気持ち良さそうに、お昼寝を始めてしまったのだ。


その光景に、王国軍の兵士たちは、呆然とした。


「な、なんだ!?賢者様が…賢者様が寝てしまったぞ!?」

「まさか、これが…賢者様の最終奥義なのか!?」


アリアは、リリアーナの行動に、一瞬、理解が追いつかなかった。しかし、すぐに彼女は、その行動に「深遠なる意味」を見出した。


「賢者様…!これは、敵を油断させるための高度な心理戦…!それとも、魔王の領域に身を置き、その力を完全に無力化するための、究極の集中状態…!?」


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