第6話:魔王の罠と、猫の気まぐれな回避。-1
~ニャンてこった! 異世界転生した元猫の私が世界を救う最強魔法使いに? ~
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輝きの鉱山での「情報戦」は、人間側の「大勝利」に終わった。
魔王軍の機密情報が賢者リリアーナの手によってもたらされたと信じる王国軍は、歓喜に沸いていた。
勝利の雄叫びが鉱山全体に響き渡り、兵士たちは互いの肩を叩き合い、リリアーナの「神業」を称賛する声が止まらない。
アリア・グランツは、リリアーナが投げ捨てた巻物を抱きしめ、その瞳に熱い涙を浮かべていた。彼女の心は、計り知れない感動と、絶対的な信頼で満たされていた。
「リリアーナ様…!貴方様は、戦術においても、情報においても、我々を遥かに凌駕していらっしゃる!この輝きの鉱山での勝利は、まさに貴方様のお導きあってこそ!我々凡人には、賢者様の真意など、到底測り知れません…!」
アリアは、リリアーナの行動の全てに、深遠なる戦略的意味を見出していた。
リリアーナが巻物を「おもちゃ」として扱ったことすら、「敵に悟られぬよう、無造作を装われたのだ!その上で、我々に重要な情報を託してくださった…!」と解釈し、兵士たちに熱弁を振るっていた。
兵士たちもまた、賢者様の奇策に感嘆し、その言葉を金科玉条のように受け止め、士気は最高潮に達していた。彼らにとって、リリアーナはもはや、人知を超えた、まさに「猫神の巫女」そのものだった。
一方、魔王軍は、情報流出と備蓄の破壊という二重の打撃を受け、混乱の淵に沈んでいた。
魔王シエルは、怒りと絶望に打ち震えている。
彼のリスとしての本能が、自身の貯蔵品と秘密が脅かされたことに、耐え難い屈辱と、根源的な恐怖を感じていた。まるで、冬の備蓄を全て奪われたリスのように、彼の心は荒れ狂っていた。
「キィィィィィィィッ!私の秘密が…!あの女め…!私の備蓄を破壊しただけでなく、私の秘密まで暴きおって…!許さんぞ!万死に値する!あの女は、私の全てを奪う気か!」
シエルの傍らで、ゼノスは顔面蒼白になっていた。
魔王の激しい怒りは、彼にとっても恐ろしいものだった。彼の計画が、リリアーナという予測不能な存在によって、次々と狂わされていく。
「魔王様…!申し訳ございません…!まさか、あの女がそこまで…!何という恐るべき情報戦術…!我々の警備を完全に突破し、情報を抜き取るとは…!」
ゼノスは、リリアーナの行動を、魔王軍の機密情報を狙った、周到なスパイ活動だと解釈していた。
彼の脳裏には、リリアーナが魔王の思考を読み、その弱点をピンポイントで突いた、悪魔的なまでの知略が描かれていた。
それは、魔族の常識では考えられない、人間離れした(彼らはリリアーナが猫だとは夢にも思っていない)恐ろしい能力だった。
シエルは、破壊された備蓄と流出した情報に、激しい焦燥感を覚えていた。
このままでは、「大いなる冬」への備えが間に合わない。
彼のリスとしての本能が、来るべき飢餓の季節への恐怖を煽り立てる。彼は、もはや躊躇している暇はないと判断し、新たな、そしてより大規模な魔力吸収計画を練り始めた。
「ゼノス!直ちに計画を変更する!もはや小細工は無用!『世界樹の根』を起動するぞ!全軍に準備を命じろ!」
シエルの言葉に、ゼノスは息を呑んだ。
「世界樹の根」とは、魔王軍が秘匿する、広大な領域から魔力を根こそぎ吸収する大規模魔法のことだ。その起動には膨大な魔力を必要とし、術者にも大きな負担がかかる。
さらに、一度起動すれば、その領域の生命力すら枯渇させる危険性も伴う、まさに最終兵器に等しい魔法だった。
「魔王様!?しかし、それは…!その魔法は、あまりにも危険すぎます!この世界の生態系にも影響が…!」
「躊躇するな、ゼノス!あの女の予測不能な動きに対抗するには、この世界の魔力を全て我が手中に収めるしかない!これこそが、絶対的な備蓄を築き、大いなる冬を乗り越えるための最終手段だ!犠牲は出るだろうが、世界が滅びるよりはマシだ!」
シエルは、狂気にも似た執念を瞳に宿していた。彼のリスとしての本能が、何よりも「備蓄」を優先させていたのだ。目の前の「あの女」の存在は、彼の備蓄への執念を、もはや狂気と呼べるレベルにまで高めていた。
数時間後、輝きの鉱山からほど近い、広大な平原に、王国軍と魔王軍が再び対峙していた。
平原は、見渡す限り草木が生い茂り、穏やかな風が吹き抜ける、かつては平和な場所だった。
人間側は、リリアーナがもたらした情報をもとに、魔王軍の次の狙いはこの平原であることが判明したと信じ、完璧な布陣を敷いたと自負していた。
「賢者様のおかげで、魔王軍の次の狙いはこの平原であることが判明しました!ここで魔王を完全に討ち滅ぼします!全軍、賢者様と共に勝利を掴むのだ!」
アリアは、兵士たちを鼓舞する。彼女の声は、平原に響き渡り、兵士たちの士気を高めていく。
リリアーナは、アリアの隣で、平原に咲く珍しい花に目を奪われていた。その花は、ミーコが知っているどんな花よりも鮮やかで、独特の甘い香りを放っていた。
「ニャー…(きれいな花ニャ…)」
リリアーナは、その花に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでいた。戦場の緊迫感など、彼女には全く関係ない。
その時だった。