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エリスとヴァルターは、ユキと共に静かな空間に立っていた。街の中心には、かすかな音とともに奇妙な振動が広がっている。彼らが歩いてきた道には、まるで時間が止まったかのような静寂が漂い、建物の一部が微かに揺れ動いているようにも見える。だが、その揺れはまるで夢の中で見たような不確かさを持っており、どこか現実感に欠けていた。


ユキが静かに言った。「この街には、決まったルールがある。それを破ると、大きな代償が待っている。」


ヴァルターはその言葉に眉をひそめた。「ルール? この街には、そんなものがあるのか?」


「私たちが知らない間に、すでにルールに従っているんです。」ユキは目を閉じ、少し遠くを見つめた。「そして、そのルールを守れない者は、街に呑み込まれてしまう。」


エリスはその言葉を反芻しながら周囲を見渡した。確かに、この街はどこか異様な雰囲気を纏っている。奇妙な建物、空間の歪み、そして時折聞こえる不気味な囁き声。すべてが、どこか不安定で掴みどころがない。それに加えて、ユキが言う「ルール」という言葉の重みが、エリスの胸に圧し掛かるように感じられた。


「じゃあ、そのルールって一体何なんだ?」ヴァルターが問いかけた。


ユキはゆっくりと振り返り、言った。「最初に気をつけなければならないのは、『時間』というルールです。」


エリスはその言葉に首をかしげた。「時間? この街における時間って、どういう意味なの?」


「この都市では、時間が一方向にしか流れないわけじゃない。」ユキは少し躊躇いながら続けた。「実際、時間は多方向に流れているのです。過去、現在、未来が入り混じり、誰もが同時にその全てを感じ取ることができる。」


「それってどういうこと?」エリスはますます混乱した。


ユキは一度深呼吸をしてから言った。「例えば、今この瞬間のあなたたちは、すでに過去の出来事の影響を受けているし、未来の出来事にも引き寄せられています。つまり、この街での『時間』は、あなたが感じている現在と、過去と未来が絡み合って動いているということです。」


ヴァルターがその話を噛み砕くように言った。「つまり、この街では一度起きたことが、繰り返し影響を与えるってことか?」


ユキは静かに頷いた。「はい。そうです。けれど、それを許容し、従うことでしか、この街で生きていけない。もし、時間の流れを無視したり、逆らおうとしたりすれば、代償が待っている。」


その言葉が終わると、突然、街の空気が震え、周囲の景色が不安定に揺れ始めた。建物の影が歪み、まるで何かがその場所を取り巻いているように感じられた。空中に浮かぶ不安定な光の粒子が、微細に光を放ちながらぐるりと回転を始め、次第に一つの大きな渦を作り出す。


「これは…?」エリスが目を大きく開いた。


ユキの表情が引き締まり、少し冷たい眼差しを向けた。「『時間の歪み』です。この街のルールのひとつ。時間が流れ込んでくると、それに引き寄せられるように不安定な空間が現れる。」


その瞬間、街全体が一瞬で静止した。音が消え、すべての動きが止まる。エリスもヴァルターも、立ち尽くすことしかできない。周りを見渡すと、目の前の空間がどこか別の場所に引き寄せられるかのように、無重力状態に近い感覚に包まれた。


「気をつけて、今から何かが起こる。」ユキの声が響く。


その瞬間、空間に浮かんでいた歪みが激しく膨張し、音を立てて一気に爆発的に広がった。その圧倒的な力に、エリスとヴァルターは息を呑んだ。その歪みが爆発すると、周囲の景色が瞬時に変わり始めた。目の前に広がるのは、まるで数百年前の都市のような、古びた建物と石畳の道が続く風景だ。


「これが、時間の歪み。」ユキはその変化を見つめながら言った。「過去に戻ってしまったかのように見えるけれど、実際には時間そのものが重なり合っているだけ。」


「でも、ここは今、なのか?」ヴァルターが目を細めながら尋ねる。


「そうです。」ユキは淡々と答えた。「そして、ここで何かを変えようとすると、別の時間軸の出来事に干渉してしまうことになる。もし、過去を変えれば、未来が変わり、未来が変われば、また別の過去が変わる。」


エリスはその言葉に恐怖を感じた。「それって、時間を操作するってこと?」


「時間を操作することは、この街においては『許されざる行為』です。」ユキはきっぱりと言った。「誰かが過去を変えようとすれば、最初の『記憶のルール』に反することになります。そして、その代償として、誰かが消えてしまう。」


その言葉に、エリスとヴァルターはしばらく無言で立ち尽くしていた。時間が無限に重なり合い、現在と過去、未来がひとつになって混じり合っているこの場所では、何もが不確かなものに感じられる。


突然、遠くから足音が聞こえてきた。その足音が徐々に近づいてきて、背後に人影が現れる。エリスとヴァルターが振り返ると、そこに立っていたのは、長いコートを羽織った男だった。その男は、どこか懐かしい雰囲気を持っており、顔に浅い微笑みを浮かべていた。


「やっと会えたか。」その男の声は、何か重みを持ちながらも、どこか人を安心させるような柔らかさを持っていた。「君たちが来ることは、すでに分かっていた。」


ユキはその男を見て、一瞬だけ警戒の色を浮かべたが、すぐに顔を和らげた。「あなたも、記憶の守り手ですか?」


男は微笑みながら答えた。「そうだ。だが、君たちにはまだ知らせていないことがある。」


その言葉に、エリスとヴァルターは顔を見合わせた。何かが始まろうとしている。その予感が、二人の胸を熱くした。

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