1話:仕事終わりに
面白かったら高評価、コメントをよろしくお願いします
「おわったぁ~」
夏の夕暮れ時。
在宅のデータ入力の仕事を終えて、私は大きく椅子の背もたれに体を預けた。
凝り固まった肩や腰がミシミシと鳴り、その音にあわせるように小さく息が漏れる。
窓の隙間から差し込む陽の光は、部屋をオレンジ色に染め上げていた。
時計に目をやると、針はすでに19時を回っている。
(もう、7時か。……夏だなあ)
冷房の効いた室内は快適そのものだが、季節の気配を感じにくく、
ふと──世間から取り残されているような感覚に襲われる。
(まあ、実際取り残されてるんだけどな)
心の中で苦笑しながら立ち上がり、キッチンへ向かう。
冷蔵庫から発泡酒とソーセージを取り出し、簡単な晩酌の準備を整えると、
部屋の真ん中にある座卓にドカリと腰を下ろした。
この1LDKの部屋は、男の一人暮らしらしい雑然さにあふれている。
だがゴミだけはきっちり片づけてあるので、他人に見せられないほどではない──
……と、自分では思っている。
まずは発泡酒のプルタブを引き、缶を口元へ。
冷たい液体が喉を駆け下り、アルコールの熱が腹の底をジワリと満たしていく。
「っあ~、うまい……」
思わず漏れた声が、やけに部屋に響いた。
それだけで少し心が満たされたような気がする。
そうなると、晩酌のお供がもう一つ必要になる。
私はスマホを手に取り、YouTubeのアプリを立ち上げた。
(さて、今日はどんな動画が上がってるかなー)
ショート動画のタブを開くと、
「夜の廃墟に侵入してみた」とか、「心霊スポットに行ってみた」といった
いかにもな動画が次々と再生される。
まったく、自分の趣味が丸わかりだなと思いつつも、
オカルト系の動画はついつい見てしまう。
もちろん、幽霊だの呪いだのはファンタジーだとわかっているけど──
それでも、心のどこかで本当にあったら面白いのに、なんて考えてしまうのだ。
スイスイと動画を送りながら、酒とソーセージを腹に流し込んでいく。
ほどよく酔いがまわりはじめ、体がふわりと軽くなってきた。
怖さと面白さが絶妙に入り混じるその映像たちが、
酔いの熱と相まって、不思議と心地よい。
まるで、自分がちょっとだけ現実から浮いているような感覚だった。
しばらくそんな調子で動画を流していると、当然ながら興味のない動画も混ざってくる。
そういうときは迷わずスワイプで次へ──が、ルールだ。
だけど、その動画は……なぜか、目についた。
明るい昼間の公園。
小学生の男の子ふたりが、ブランコをこいでいるだけの動画。
どうやら「ブランコ何回こげるか選手権」らしく、ハイライトシーンが流れていた。
『200……201……202……』
『198……199……』
『二人ともがんばれぇ!』
声をかけているのは、カメラの後ろにいる女の子。
カメラを回しているのも、その子らしい。
──いかにも、小学生ユーチューバーって感じの動画だ。
高評価は16。低評価はゼロ。
特にバズってる様子もない、ただの子どもたちの遊びの記録。
普段なら気にもとめないような内容だった。
なのに、どうしてか。
その背景に──
人影のようなものを見た“気がした”。
……この“気がした”が、厄介なのだ。
オカルト趣味の悪癖というか、こういうのを見過ごせなくなってしまう。
詳細が気になり、元動画へのリンクをタップする。
再生数は36回。
あまりにも微妙な数字に、思わず「うん……」と声が漏れる。
さっそく再生してみると、元気な声が飛び込んできた。
『どうもー!カナメです!』
『リクトでぇす!』
小学生男子ふたりが、やけに堂々とした自己紹介を決めてくる。
それに続いて、画面の外から女の子の声。
『カメラのユイです!』
──ユイ、というのか。
顔を出さないのはネットリテラシーか、防犯意識か。
小学生にしてはしっかりしている。
……が、気になっているのはそこじゃない。
動画を倍速で飛ばしながら、ハイライトシーンと同じ画角まで進める。
正直、ブランコが何回こげたかなんてどうでもいい。
問題は──あの影だ。
ブランコをこぐカナメとリクト。
その背後の、木々の間。
画面の奥。
──いた。
やっぱり、いた。
遠目にもはっきりわかるくらい、大きく、ゆっくりと、何かが動いている。
……人影。
そう形容するしかない何か。
なのに、カナメもリクトもまったく気づいていない。
画面の中の子どもたちは、無邪気に声を上げて、笑って、漕ぎ続けている。
やがて、5分ほど経ったところでリクトが根を上げ、勝負はカナメの勝ちに。
カメラがブランコから外れて、二人のインタビューに切り替わる。
……そして、あの影は、フレームから消えた。
さて、どうしたものか──と、一人思案する。
影が何かしたわけじゃない。
子どもたちに危害を加えたわけでも、犯罪のにおいがするわけでもない。
ただ、ただ……気になるのだ。
たまたま変なものが映り込んだ、ただの偶然かもしれない。
そんな動画があったなって、忘れてしまえばそれで済む話だ。
でも──
なぜだか、そうはできなかった。
好奇心か、酒のせいか。
それとも、妙な心地よさに酔っていたせいか。
ふと、いたずら心が湧いた。
気づいたときには、コメント欄を開いていて、
スマホの画面に、指が文字を打ち込んでいた。
『7:23 奥に人影がいない?』
──ただ、それだけの、短い一文。
何の変哲もない、よくあるコメント。
けれど、押した送信ボタンは、妙に重たく感じた。
画面の向こうに投げたその言葉が、
自分の知らないどこかで、何かを動かしてしまう気がした。
……いや、考えすぎか。
もう一口、酒をあおって、
私は次の動画へと指を滑らせた。