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エルサリオン・カイレンドール 4

 セレモニーが終わり、学園内の視察が始まる。

 私の隣に付き従うエルサリオン。彼を告発する事は私にできなかった。初の公務が失敗すれば、私は王女の座から引き摺り下ろされ、両親に多大な迷惑をかけてしまう。隠蔽する薄汚い大人側に私は回ったわけだ。

 今、この場でエルサリオンの所業を告発したとしても、証明するものがない。迂闊な行動をすれば、低い評判がさらに落ちるだけ。


 どうすればいいのか、答えは出ないまま。

 エルサリオンは変わらず考えが読めず、付き添いの学園長も緊張した面持ちで沈黙を貫いている。学園側が用意した案内役のエミリーという生徒だけが、役割を果たそうと張り切っていた。


「こちらが大ホールになります。私たち在校生一同が今回の魔法祭のテーマとして掲げたのは『共生』。生まれや立場が違っても、目指す所が同じならば共に生きていける、というものです」


 おさげの眼鏡をかけた少女は、胸を張って両開きの扉を開けた。

 使い古されたテーマを誇らしく語る姿に苦笑しながら、目の前の光景に視線と意識を向ける。


「これは……!」


 思わず目を見開く。

 そこは、極彩色の植物と妖精に溢れた空間だった。

 人前に姿を現さないとされる妖精たちが生徒を囲んでは楽しげに楽器を奏でる。聞こえる歌は、ガルゼンティアの国歌だ。


「王女様と心を通じ合わせた妖精が私の前に姿を現してくれたんです。『どうか王女様の助けになってあげて』と。それから、妖精と対話する方法を教えてもらったんです」


 エミリーの両肩に妖精たちが腰掛ける。王宮の温室で見かけた妖精がその中にいた。

 妖精と、対話する方法。

 つまり、エミリーは温室での出来事を知っている可能性がある?


「殿下、エミリーは優秀な生徒です。卒業後は殿下の護衛を担う魔法使いとなるでしょう」


 呼吸を忘れた私にエルサリオンが微笑む。


「ご安心を、彼女は無闇矢鱈に吹聴する性格ではありません」


 それから、私だけに聞こえる音量で囁いた。


「……もっとも、殿下が理想とする人格者である限りは」


 背中を伝い落ちる冷や汗の感覚に奥歯を噛む。

 嫌な予感はしていた。しかし、後手に回っている以上はエルサリオンに主導権を握られたままだ。


「何が狙いなの……?」


 私の問いかけにエルサリオンは笑みを深める。


「私は貴女の力になる覚悟と、それだけの実力があることを証明しているだけですよ」


 蒼い目を見つめても、私が求める答えは得られない。

 王女の後見人となって権力が欲しいのか?

 あるいは私利私欲や見栄の為に政治を動かしたいのか?

 どの動機も、私の知るエルサリオンが求めるものだとはどうしても結びつかない。


「だからといって、ここまでする必要はなかったでしょうに」


 視線と思考を大ホールに戻す。

 あちらこちらで学生は妖精と自由に過ごしている。

 侍女たちは妖精に悪戯され、困ったように笑っていた。


「魔法学園の魔法祭のテーマは『共生』でしたか」


 魔法学園の生徒たちにとって、魔法祭は己の実力をアピールするまたとない好機。王宮に魔法使いとして就職するならば、魔法の腕だけでなく政治的な機微や信念があることを証明する必要がある。


 皮肉なものである。

 共生を謳う学生たちを後援する王家の一人娘である私が、何の才能もないばかりにシシリーという令嬢の身に何が起こったのか暴く知能も勇気もないとは……。


【あるよ】


 聞き覚えのない声に肩が強張る。すぐさま直感した。

 これは人ならざる声だと。


【あの女の子に何が起こったのか、知りたいの?】


 知りたい。

 エルサリオンに向けた疑惑は、果たして本当にそうなのか。

 真実から目を背けるほど信念もなく、かといって疑いながら腹芸をする勇気が私にはない。


【じゃあ、教えてあげる】


 エミリーの肩に腰掛けていた、あの日の妖精がニッコリ笑った。


【あの子、魔獣に魅入られたの】


 魔獣。

 ガルゼンティア王国の建国神話に語られる存在だ。

 魔の獣。人の言葉を模倣し、大いなる災厄を齎す忌むべき存在。だが、それは太古に初代国王と王妃が封印したはずだ。


【災厄は眠らないよ。これまで失敗していただけ。だから、リーシアを狙ってる。リーシアなら防げないと知ってるから】


 妖精は、何の話をしているの?

 魔獣は封印されているけど、今も力を振るえる状況にあるの?

 私なら防げないと知ってるというのは、どういうことなの?


 ぐらりと崩れそうになる足に力を入れる。

 初の公務で、精神的ショックによる失神が出来る状況じゃない。


「私、シシリー様の様子が気になります」


 私の発言にエルサリオンは首を傾げた。


「まだ意識は戻っておりません。休ませて差し上げるべきでは?」

「いえ、気になる事がありますの。彼女も貴族の令嬢です。事情を知ればきっと理解してくださるわ」


 挨拶もそこそこに大ホールを立ち去る。

 エミリーは寂しそうにしていたが、シシリーの様子を見に行くと言えば賛同してくれた。学園長も。反対するのは、エルサリオンだけ。


「分かりました。では、救護室に立ち寄りましょうか」


 取り繕った彼の顔に滲んだ、微かな怒り。

 それはすぐさまいつもの微笑みにかき消される。


 妖精の戯言を信じる私はきっと、愚かな王女だ。

 愚かな王女であって欲しい。

 生まれて初めて、私は自分の中に芽生えた考えを心の底から否定したいと希った。

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