四人の婚約者
「リーシア姫、これより四人の婚約者と仲を深めよ」
私の目の前には、四人の見目麗しい男性が立っていた。
アルスラ・フォン・エルバトラン。
王国の中で最も有力なエルバトラン伯爵家の嫡男。
金髪碧眼の美丈夫であり、肖像画を一目見た令嬢があまりの美しさに心臓発作を起こしたという逸話を持つ。数多な婚約の申し込みを断り、舞踏会や茶会に滅多に姿を現さない。
エルサリオン・カイレンドール。
閉鎖的と知られるエルフの里が出身の魔法使い。
銀色に輝く髪と蒼い瞳は魔術師の間で魔性の美しさとして知られている。彼を巡る泥沼の恋愛は、王家が介入する事態まで発展した過去がある。
カイザル・ノクスフェイン。
王家の影として仕えてきた一族の当主。
黒曜石のような黒髪に血よりも赤い瞳、艶のない灰色の肌は容易く闇夜に紛れる。彼の名前を知っているのは王家の中でも直系のみだ。
ラグナ・ブラッドファング。
国防を担う辺境伯の令息。
栗色の髪の青年で、爽やかな笑顔が眩い。獣人の血が濃く出た先祖返りで、いくつもの魔獣を屠り、凱旋にて市井の者から黄色い歓声を浴びている。
それぞれ系統は異なるが、王国内でも屈指の美貌を持つ面々。華美な調度品に彩られた王の間に集った彼らは、気が引ける程に神々しい。
賢王から生まれたとは思えないほどに平凡と陰口を叩かれるような王女リーシアである私を相手に据えるのは、あまりにも無礼と思えるような王命だった。
「父上がご乱心のようです。日々の激務で疲れが溜まっているのでしょう。そもそも、重婚は我が国では処罰の対象です。王家が自ら法律を破ったとなれば混乱を招き、権威の失墜を招きかねません! 母上、どうか考え直してくださいませ!」
玉座に腰掛ける父上と母上を見上げ、四人との婚約がいかに非常識かを力説した。四人から向けられる視線が鋭さを増した気がするが、絶対に気のせいだと思い込むことにする。
「気持ちは分かるわ、リーシア。でもね、四人との婚約は貴女の為なのよ。理解しなさい」
母上は更に語る。
「リーシア、我が国には政敵が多いわ。そして、貴女以外に王家の直系がいないの。私たちに何かあれば王国が揺らぐ。そうなれば、無辜の民が血を流す事になるわ」
正論に言葉が詰まる。
家庭教師たちは誰も一流だった。分かりやすく丁寧に教えてくれたのだが、私には才能がなかった。
王家の者にあるべき帝王学、謀略、気高さとカリスマ。それら全てが私には欠落している。
理由は分かっている。
前世の記憶が、王侯貴族としての振る舞いを阻む。
下々の民と口にしても、一線を引く事が私にはできなかった。
「その点、ここに集めた四人は我が国でも並ぶ者がいないほどの実力者! 貴女の婚約者にも相応しいわ!」
「重婚を処罰の対象としていたのは、家督の相続時に混乱が生じていたからだ。魔法省の開発した魔道具を使えば、子の魔力から親を判別する事が可能となった。重婚を合法とする法整備も既に完了している。実際、貴族の当主が何人も妻を迎えた事例が過去にあるから問題はない」
「ええ……なんでぇ……」
父上と母上は、この話を持ち出す前から下準備をしていたのだ。
魔法省に勤めるエルサリオンをちらりと覗き見れば、相変わらず表情の読めない澄まし顔で佇んでいた。子の親を判別する魔道具が齎した騒動は、招待されるお茶会でも耳にするぐらいだ。
布と頭巾で姿をほとんど隠したカイザル、作り笑いのアルスラ、尻尾をブンブンと振るラグナ。王命に対して沈黙を選んでいる彼らが、内心ではどのように思っているのか私には分からない。
「まあ、リーシアの気持ちは分かるわ。いきなり四人と結婚しろと言われても困っちゃうわね。相手が何を考えているか分からなくなって不安に思ってしまうでしょう?」
母上がニッコリと微笑み、王扇を畳む。
「アルスラ、エルサリオン、カイザル、ラグナ。リーシアの不安を和らげてやりなさい」
王命に四人は傅いて『仰せのままに』と答えた。
違う、そういう事じゃないという悲鳴をあげる私を、父上は他人の事のように哀れみの眼差しで眺めていた。