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冬の童話祭2025

裸の木

作者: 六福亭

 暑い太陽と豊かな草木に恵まれた土地に、小さな部族があった。部族の者は、男も女も助け合って暮らしていた。


 部族の子どもたちは、十三回目の夏を迎えると、みんなで暮らしていたキャンプ地を離れて冒険に旅立つ。一人前になったことを証明するためである。何年かの旅の末に彼らは部族に戻ってきて、立派な戦士として活躍するようになる。


 冒険に出発する前に、少年たちはある木の前に集まった。他の部族との境界線の側に生えた背丈の低い木だ。彼らは木の枝から葉を一枚ずつちぎり取り、口に入れて噛んだ。恐ろしく苦い味がした。


 少年たちを見守っていた長老が言った。

__今食べた葉が、お前たちに力を授け、恐ろしいものから守ってくれるのだ。

 少年たちは顔を見合わせ、照れ臭そうに笑った。


 彼らの祖父の時代から、冒険に出る時にはこの木の葉を食べていた。そして、ほとんどの少年がめざましい活躍を遂げて帰ってきた。しきたりに従って、今年も少年たちはキャンプを出発した。噛み残した葉の欠片は、手の中に忍ばせた。


 ある少年は、つやつやした葉をちょっと噛んだだけで、すぐにはき出した。これほど苦いものを食べたのは初めてだったのだ。他の仲間たちが平気な顔をしているのが信じられなかった。


 最初の獲物は、それからいくばくもなく見つかった。美しい毛皮の大きな熊だ。少年たちの何人かは逃げ出した。三人の少年がその場に残り、果敢に熊を取り囲んだ。


 熊はとても素早く、強い前足で一人の少年を殴ろうとした。彼は死を覚悟したが、後ずさった拍子に転び、振り下ろされた前足をかわすことができた。他の二人が駆け寄って、戦いの末に槍や弓矢で熊をしとめた。


 はじめての獲物を前に、少年たちはほっとして笑い合った。それから、一人の少年は、よく噛まないでいた苦い葉を慌ててまた口に入れた。


 またしばらく歩き、三叉路に出た。三人の少年たちは別れの挨拶をして、それぞれ違う道を歩いていった。三人のうちで特に気の弱い少年は、寂しさゆえに目に涙を浮かべていた。最も向こう見ずな少年は、手にした槍を何度も大きく振りながら、振り返ることなく歩いた。思慮深い最後の一人は、しばらくその場に留まり、空の雲の動きや小鳥の飛ぶ方向を観察していた。

 


 それから一年が経ち、二年が経ち、……五年が過ぎた。三人のうち最初に戻ってきたのは、向こう見ずな青年だった。


 彼は行く先々で熊やバイソンや狼と戦い、新鮮な肉と上等な毛皮をどっさりと手に入れた。それらを知り合った人々に分け、良い武器に交換した。一通り狩りを学ぶと、彼は故郷に帰ることにした。


 __俺の狩りの腕前は、部族を守るために使うべきだ。

 部族に戻ってから結婚した妻に向かって、彼はそう言った。そして、あの木に向かってお礼を言った。


 

 次に戻ってきたのは思慮深い男だった。彼は星の動きと草花の名前を誰よりも多く覚えて帰ってきた。占い師よりも未来の天気に詳しい彼を、誰もがあてにした。彼は一頭の牛も自分ではしとめなかった代わりに、牛の群れの寝床をつきとめ、多くの部族を飢饉から救った。



 それから十年が経ち、二十年が経った。三十年経った後、多くの部族を束ねる大酋長が故郷のキャンプ地に帰ってきた。


 年老いた酋長は、昔と変わらない場所に一本の木があるのを見て、微笑んだ。そして、自分の長い長い冒険を最初からゆっくりと思い返した。



 かつて誰よりも泣き虫で、苦い葉を噛むこともできなくて、熊に襲われて転んでいた少年は、立ち寄ったどこのキャンプでも可愛がられた。根っから善良な性格の少年を誰もが愛した。


 少年は狩りの腕前は並以下で、特に賢いわけでもなかったが、臆病ながらに一生懸命狩りに参加し、長老が教えてくれる星の名前を覚えようとした。少年がいる場所は明るく和やかな空気になった。世話になったキャンプを出発する時は、必ず引き止められた。


 部族同士で諍いが合った時、両方と親しかった少年が間に入って仲直りさせた。それ以来、部族の酋長たちの集まりの場には必ずこの少年が呼ばれるようになった。少年は誰の言うこともにこにこと耳を傾けていて、言い争いになりそうな時はやんわりとなだめてくれるのだった。



 いくつもの部族を渡り歩く暮らしを何十年も続け、いつしか彼は、誰からも慕われる大酋長となっていた。


 かつて自分が木の葉を苦く感じたことを懐かしく思い出し、酋長は木に近づいた。そして、木の枝が細く衰え、もはや新しい葉が茂ることもなく、すっかり裸になっていることに気がついた。


 その木は、老いて体が思うように動かなくなった酋長にそっくりだった。心はまだ大地を自由に駆け巡っているのに、体はもう眠る支度を始めている。何十年という月日のうちに数多の少年を冒険に送り出してきた木も、もうじき死を迎えるのだ。


 酋長は、昔のように目に涙を浮かべながら、木の硬い肌に触れた。すると、枝が風に揺れる音とともに、木が酋長に語りかけた。


 __愛しい子よ、嘆くことはない。今日芽を出した私の娘に若葉が茂り、また新しい子らの旅立ちを見送るだろう。娘たちが役目を終えた後には、私の孫がまた葉をそなたらに贈るだろう。そうして、途絶えることなく命は続いていくのだ。


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― 新着の感想 ―
まだ一部の作品しか読めていないのですが、冬の童話祭2025参加作の中で本作は独特の魅力を放っているように思えます。 人のどの面がどう世の中で評価されていくのか。多様な視点を持つことも必要なのかも、と…
2025/01/20 23:34 退会済み
管理
拝読させていただきました。 大酋長の立派なところは見栄を張ったり、ひねくれることなく、自分の弱さと向き合い、その上でベストを尽くしているところですね。 強さや知恵は少なくとも、誰より器量を持っていたの…
勇、知、仁の特性をもった若者たちですね。 新しく生えた木が、将来また新たに若者の力になりそうです。
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