ミオの信条
「母上と侍女達が血眼になって探しているよ。今日も授業を抜け出したんでしょ」
「うるさいにゃ。そもそも、余はリシスに『家ネコ生活』ができるからと勇者になったのにゃ。だから、こうして昼寝することは当然の権利なのにゃ」
ギルにも余とリシスの関係性、家ネコ生活、勇者になった理由は伝えている。
勿論、他言無用だと口止めもしているが、弟は余の冗談だと思っているらしい。
「また、その話か。姉さんは凄い力を持っているし、勇者の血筋を受け継ぐルルクラージェ公爵家の長女に生まれたんだよ。話に聞いた『家ネコ生活』は流石に無理だと思うけどなぁ」
「周りがどう言おうが余には関係ないのにゃ。余の信条は寝たいときに寝て、食べたい時に食べて、遊びたくなったら遊ぶ。それ以上に至福なことなんてないのにゃ」
「まぁ、そりゃそうだろうけどさ」
余が口を尖らせてそっぽを向くと、ギルが苦笑しながら頬を掻いた。
「見つけたわよ、ミオ」
大木の下から凄まじい怒号が轟き、余の髪の毛が一気に逆立って身体が震えた。
恐る恐る下を見れば、鬼の形相を浮かべた母様が怒りのあまり髪を靡かせているではないか。
「にゃあ⁉ 母様、どうしてここがわかったのにゃ」
「わかったのにゃ、じゃありません。ギル、ミオを今すぐ捕まえて降りてきなさい」
「はい、母上」
ギルは頷くや否や、私を羽交い締めにした。
「まさかギル、最初から母様とグルだったのにゃ」
「グルとは、人聞きが悪いなぁ。授業を抜け出す姉さんが悪いんでしょ」
「勉強は嫌にゃ。惰眠を貪りたいのにゃ。リシスも皆も大嫌いにゃぁああああ」
余は必死に大木の枝にしがみつくも、ギルは要領よく余を枝から剥がして両腕に抱きかかえてしまう。
そして、あっという間に母様の前に降ろしてしまった。
「さぁ、ミオ。たっぷりお昼寝したはず。これからたっぷり勉強しますよ。それから、明日開かれる貴女が十六歳となる誕生会で着るドレスの準備もあります。今日はもうお昼寝する時間はありませんからね」
「そ、そんにゃぁ。だって、まだ合計で十四時間しか寝てないですにゃ」
「十四時間も寝たら十分です。さぁ、時間がありません。いきますよ」
「いやにゃぁああああ」
嫌がる余の手を引き、母様は足を進めて魔の勉強部屋に移動するのであった。
どうしてこんなことになってしまったのにゃ⁉ リシス、余はお前を恨むのにゃ。
リョウコ、お前達下僕が恋しいにゃよ。
余は目を潤ませ、涙目になりながら母様と下僕達の授業を受けた。
でも、それが終わると今度は誕生会の準備でやたら重くて、動きづらいふりふりした服を何種類も何回も着替えさせられる。
ようやく終わったかもと思ったら、今度は王族や来賓に失礼の無いようにと挨拶の練習までさせられた。
全てが終わって解放されたその日の夜は、余の縄張りを見回る元気もなくなるぐらいへとへとになってベッドの上で横になる。
はぁ、人間社会というのものは本当に面倒臭いのにゃ。
そんなことを思いつつ、余は瞼を閉じた。
◇
「はぁ、この服は動きにくいし重いから着ているだけで疲れていやなのにゃ」
余が十六歳となった誕生会の当日。
ドレスというふりふりした服を着せられ、余は大広間で来賓が一望できる場所に家族皆で立っている。
深いため息を吐くと、隣に立っていた父様が苦笑した。
「そう言わないでくれ、ミオ。それに、その姿はとても可愛いぞ」
「そうだよ。姉さんは黙って立っていれば、すっごい美少女なんだから」
父様の言葉に笑顔で乗っかるギルだが、黙って立っていればとは中々に失礼である。
「それは褒めてるのか、それとも貶しているのか。どっちなのにゃ」
頬を膨らませると、ギルは「勿論、褒めているよ」と笑顔で頷いた。
「二人とも静かになさい」
少し強い口調の小声を発したのは、母様だ。
「ミオ、王族や来賓の皆様に失礼をしては駄目ですよ。この誕生会の間だけは、ギルの言うとおり静かに立つことだけを意識しなさい」
「……母様まで酷いのにゃ」
しゅんとして肩を落とすと、「ミオ君、久しぶりだな」と呼びかけられる。
全身に悪寒が走って、身体がびくりと震えた。
「にゃ⁉ こ、この声は……⁉」
いやな予感がして振り向けば、そこには白い歯を浮かべた金髪で金色の瞳をした目鼻くっきりの優男が立っていた。
この男の名前は『グレン・アレクダリア』。
余がこの世界で一番と言って良いほど、苦手とする男である。
ずんずんとこちらに迫ってくるグレンだが、彼の前に父様がすっと出て会釈した。
「グレン様。ようこそおいで下さいました」
「これはアルバート公爵。息災だったか」
「えぇ、勿論です。グレン殿下もお元気そうで何よりでございます」
父様は目を細めて畏まった。
実はこのグレンという男、余が住んでいるアレクダリア王国の王子という人間の中でも偉い立場にいるそうだ。
「さて、ミオ君」
グレンは再びこちらを見やると、再び白い歯を輝かせた。
「今日で君は晴れて十六歳となった。つまり、我が国で結婚できる年齢になったわけだが、そろそろ私の求婚を受けいれる気になかったかな」
「それはいつも丁重にお断りしているはずですにゃ」
余は即答で一蹴すると、そっぽを向いてやった。
余が目指すのは『家ネコ生活』で、王妃なんて面倒臭い立場になるなんてまっぴら御免被るのにゃ。
「はは、嫌よ嫌よも好きのうちという。恥ずかしがらなくていいんだぞ」
「恥ずかしがってなんか微塵もありませんにゃ。心から丁重にお断りしているだけですにゃ」
冷たく告げるが、グレンは気にする様子も微笑んでいる。
この男は、余の話を聞かないどころか都合良く解釈する癖があるのだ。
歪みに歪んで、この男の中では余がこいつを好いていることになっているらしく、会うたびに求婚してくるから非常に迷惑している。
「グレン殿下。姉様もこう仰っていますから、今日はもうお控えください」
ギルが笑顔で凄みながら前に出ると、彼は「む……」と顔を顰めた。
「ギルバート。いくら君がミオ君の弟だとしても、愛の語らいを邪魔しないでくれたまえ」
「愛ではなく、横恋慕でございましょう」
グレンとギルは何やら睨み合うが、余は疲れて何だか眠くなってきた。
何せ、今日は朝から動きっぱなしでまだ十時間しか眠れていない。
つい欠伸をしたその時、「止めないか、グレン」と威厳のある声が聞こえてきた。
目を擦りながら見やると、そこにはグレン同様の金髪と金色の瞳をした男性。
そして、白金色の長髪と青い瞳をした女性と少しふくよかな少女が立っていた。