【誕生日の夜に…】
その夜は、興奮と不安でなかなか寝付けない。どうにも気持ちが落ち着かない私は、凱の部屋の窓を叩く。
「どうした?」凱が気づいて窓を開ける。
「ごめん遅くに。」
「寝れないのか?」
「うん…。今、話せる?」
「ああ、ちょうどお前の部屋行こうと思ってたところだったから…。こっちくるか?」
「いいの?」
「気を付けて。」凱は手を伸ばし、私を自分の部屋に引き入れる。
「久々だあ。凱の部屋に入るの。」
「そうだな。」机とベッドだけのがらんとした部屋。
「中学1年生くらいまでだったかな、ちょくちょくお邪魔してたのは…、ふふ。なんか懐かしい。」それを聞いてほほ笑む凱。
それから私は凱のベッドに座り、一度下を向いて深く深呼吸してから、今度はゆっくり頭をあげ、天井を見上げながら、うんと頷き覚悟を決め、話し始める。
「ねえ、凱。お母さんから自分が神遣士だって聞いて、この先どうしていいかわからないって言ったけど…、もう自分の中で答えが出てた。遊園地でたくさんの人がいなくなって、その事態に混乱する人たちを見て…、気づいたっていうか…、もっと前から…、シュバリエでも、メルゼブルクでも…。ほんとは気づいて、覚悟していたんだと思う。
この前ファータで、エルフィー皇子が私の目の前で、闇の中に消えた時、私の事を何よりも大切にしてくれているこの人を助けたい、助けなきゃって思った。自分の持ってる力で、全ての人を助けたいって、自然にそう思ってた…。だから私に世界を救う「力」があるのに、その使命を果たさないなんて…、私にはできないって。」私は真剣な表情で、
「お願い、力を貸して。凱。」すがるような眼で凱を見る。
「そうか、決めたんだな…。」凱はそう言って私を見つめ、
「ああ、分かった。お前ならそう言うだろうと思ってたから…。」優しくほほ笑みながら続ける。
「でも…、何度だって言うけど…、お前のことは何があっても俺が守るから…。お前は自分を信じて、自分が思うように進めばいい。俺はお前のバートラルだから…。」と言って私を見つめ、いつものように頭をポンポンとする。私は凱の顔を見上げて、
「ありがとう。その言葉、絶対忘れない…。」私が涙目で凱の目を見ると、凱は再び頭をポンポンとして、
「ばーか、当り前だろ。絶対忘れるな。」笑いながらそう言ったあと、凱は急に真面目な顔で私を見つめる。私たちもそれに気づき、しばしお互いを見つめ合う。
おそらくこの時の凱は、これから始まる「戦い」に思いを巡らし、改めて自分の使命に覚悟を決めていたのだろう。一方私も、何が待ち受けているか分からないその不安を、凱の揺るがない目を見ることで不安を払拭させていた…のだと思う。その時の私たちには、その時間を共有することが必要だった。
それからふと我に返り、見つめ合うその状況に急に恥ずかしさを感じた私は、
「じゃあ。」と言って、そそくさと部屋に戻ろうとする…。その時…、
時計が午前0時を知らせる。
私たちは時計を見て、それから再び見つめあう。それは時間にして数秒の出来事だったのかもしれない。でも、今日は特別な日。私にとっては永遠に続くのかと、いや永遠に続いてほしい時間だった。
それから凱は私の左腕を引いて、私を引き寄せると後ろから抱きしめる。
「誕生日おめでとう。」その囁くような柔らかな声で、私の体温が一気に上がる。凱の胸に包まれた私は、彼の心臓の鼓動を感じると同時に、自分の鼓動もさらに早くなるのを感じ、
「あっ、ありがとう…。」私は小声で答えるのが精いっぱいだった。それから凱は私を自分のほうに向かせ、私の顔に手を当て、自分の方を向かせる。これはもしや…、と思うが、凱はそのまま私の手を持とり、甲にキスをする。それ以上を期待してしまった私だが、これだけでも心臓が爆発しそうになり腰が抜け、その場にしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か?」そう言う凱の顔は月明かりに照らされていながらも、チラッと見た限り、少し紅潮していたように感じた。そして、しゃがみこんだ私の両脇を抱えて立ち上がらせると、そのまま抱きかかえ、窓を超え、私を部屋に戻してくれる。
「重いのに…。ありがとう。」恥ずかしさで耳まで真っ赤な私は、凱の顔が見れない。
「ああ、俺、結構頑張った…。」凱はそう言って、はにかみながら自分の部屋に戻る。
「ばーか。そんなことないって言ってよ。」私は照れながら、でも怒っているように思いっきりクッションを投げつけると、
「早く寝ろよ。」と言って笑って窓を閉める。
私は凱のキスの余韻が残る手の甲を、もう片方の手で抑えて、胸の前で強く抱きしめる。
『凱が好き。どうしようもなく…。お願いだから、今だけでいいから…、この余韻に浸らせてほしい…。』そう思いながら私は眠りに落ちる。




