【第4夜 ~夢の世界 シュバリエとの往復~】
目覚ましが鳴る。ゆっくりと手を延ばしアラームを止めながら、今日の夢を思い出す。
夢の中とはいえ、私の生い立ちはとても悲しく、これが現実だったらと思うと、今にも涙が溢れ出しそうだ。どんなことがあれ、いじめは絶対にあってはならない。
夢の中の家族を思い出す。心から私を愛し守ってくれていた両親と凱。これから自分が作っていく家族は、こんな風に温かい家族がいいなぁ…、なんてふと思った自分に笑ってしまう。
「夢なのにね…ふふ。」
【コンコン】窓を叩く音が聞える。私は静かに窓を開け、
「おはよう。凱。」とニコッと微笑む。
「おはよう、今日は珍しく起きてるんだな。」笑いながら凱がからかう。
「寝坊の常習の私だって、毎日じゃないよーだ。」私があっかんべーをすると、
「はは。じゃ、いつもの時間にな。…ってか、お前鏡見てみ。めっちゃ不細工だぞ。」凱にそう言われ、急に恥ずかしくなった私は、
「凱の馬鹿~。」照れ隠しに凱の腕を叩こうとすると、凱が私の腕を掴んで、
「本気にすんなって…。」と、強く言ったかと思うと、
「いい加減、冗談って気づけよ…。」ぼそぼそ小声で言う。そして、私の顔を見ることなく掴んでいた腕を降ろして、さっさと窓を閉める。私は凱のその様子に、
『何、今の?』なんとも言えない気恥ずかさを感じながら、全く何なのよ、凱!とぶつぶつ言いながら準備をして、いつものように神棚に、
『今日も1日頑張ります!良いお導きを!』と挨拶をして家を出る。
その後、私と凱は、お互いなんとも言えない気まずい感じで学校に向かう。
「おはよう、佑依~。」校門前で佑依と玄人の姿を確認し、声をかける。
「おはよう、莉羽~。」
「今日も元気なお嬢さん方、おはようございます。」玄人がにやにやしながら、私と佑依の間に入ってくる。
「何、お嬢さんって、気持ち悪い。そういうあんたが一番元気でしょ。聞いてよ、莉羽。玄人のやつ、今日もうちまで走ってきたんだよ、この脳筋は…。」
「え~?玄人の家から佑依の家までって、5キロはあるよね。さすが元祖脳みそ筋肉マン、玄人君!」私がからかうように言うと、玄人はおどけた顔で、
「おまえら3人も同じだろ?」笑いながら言う。
「おいおい、俺も一緒にするなよ。」凱が苦笑いしながら玄人と肩を組む。
小学生のころまで私より小さかった2人は、中学校に入ってからというもの、瞬く間に成長し、中学を卒業するころには180センチを超え、気づいたら私も佑依も見下ろされるようになっていた。長身でスタイルは抜群、しかも凱はすっきり系、玄人は茶目っ気のあるイケメンで、二人そろって歩いていると他校の女子もざわつくほどだ。佑依は姉御系の美人で、玄人と歩いているとモデルのカップルのように見える。私といえば、全部が平均。この3人といると引け目を感じてしまう。取り柄といえば、運動神経と元気位だ。ときたま『お前がつるんでる奴らに比べて…、お前はな…。』と、何とも残念そうに含んだ言い方をしてくる輩もいるけれど、そんなことはあまり気にしない。私にとって、この4人での居心地がたまらなく好きだからだ。この先、みんながどういう未来を描いているかわからないけれど、私はずっとこの先もみんなと一緒にいれたらなぁと願う。
5時間目。お昼をしっかり食べた私にとって、とんでもなく辛い時間が訪れる。食後の睡魔との格闘の時間だ。この時間をどう乗り切るかが毎日の課題。『今日こそは絶対に寝ない!』そう思って頑張っていた私だったが、今日に限って?いや、いつも同様?惨敗だった。始まりから5分と経たないうちに睡魔に負けてしまった。
※※※
その日は村の祭りの警護について、村人との会議が開かれることになっていた。その会議では、村の祭りが魔物たちに狙われていると推測される理由を説明し、祭りには村人全員に、可能な限りで参加してもらうことを要請し、騎士団が村全体を囲むように警護する事を約束する。村長は、祭りで誰一人として被害者出ない事、一切の問題が起らぬことを条件に、騎士団に全面協力することを承諾した。それと同時に妻と娘に一人ずつ、特別警護をつけるよう願い出た。騎士団長ロイは、村長の妻と娘が自分の席からなるべく移動しないことを条件に、その願いを渋々飲んだ。その時ドアが開き、2人の女性が入ってくる。私が顔を上げ、その人物を見て絶句した。
『え?莉奈?』
入ってきたのは村長の妻と現実世界での姉「莉奈」だったのだ。
「え?村長の娘って、莉奈のことだったの?」私は驚いて、思わず声を出す。
「どうやら、そうみたいだな。」隣にいる凱も驚く。
「病弱で、ほとんど家から出てきたことないとの事だから、お前たちも含め、村人も初めて見る人が多いんじゃないのか?私は一度見かけたことがあるが、以前見た時とは雰囲気が変わっていて、まるで別人みたいだ。」と言ったのは、騎士団ではフィンと並んで腕の立つ、騎士団長の右腕と呼ばれるマグヌスだ。
彼は騎士団付属の特別部隊の隊長で、ロイの密命で個別に動くこともあるほどのやり手の男だ。20代後半で長身、短髪でグレーの髪と紺色の瞳、武道にも長け、筋骨隆々、堀の深い顔つきで目つきも鋭いが笑顔はチャーミングという一面もある。泣きわめく子供を笑顔で抱っこしたら、即泣き止んだという話もあるほどだ。
私とマグヌスが話していると村長が莉奈を呼ぶ。
「莉奈、こちらに来て挨拶しなさい。祭りの間、お前と母さんを守ってくれる騎士団の方がただ。」
そう言って村長が莉奈の頭をなでる。すると、莉奈は一度目を閉じ、ゆっくり開けたかと思うと、その目の輝きが増したように見える。そして私たち全員を見渡してから、彼女は話し始める。
「莉奈です。祭りではお世話になります。」そう言うと、まっすぐ凱の方に近づいてきて、
「この人に警護をお願いしたいです。」と凱を指さす。
私も凱もあまりに突然の事に驚いていると、周りの仲間たちも何事かとざわつき始める。すると村長が私たちの間に入って、
「娘もこう言っていることだし…、騎士団長殿お願いしますよ。」と手をこすり合わせている。
その様子を少し呆れた様子で、一瞥してからロイは、
「じゃあ、凱に莉奈さんの警護に当たってもらう。頼んだぞ。」凱に声をかけると、
「はい。わかりました。」凱はこの一瞬で、莉奈の警護に当たることが決まってしまった。それと同時に、私は胸がちくっとしたような気がしたが、それが何なのかその時はまだわからなかった。
※※※
【ポンポン】誰かが私の頭に手を乗せている。
「何~?」私はゆっくりと頭を上げる。
「おい、宮國。お前、俺の授業で爆睡なんて、ずいぶん度胸がいいじゃないのか?」
はっとして顔をあげると、いぜっきーが仁王立ちで私を見下ろしている。
「えっ?何?私、寝てたの?すっ、すみません…。」私はよだれが垂れていないか、焦って口の周りを確認する。
「そんなに俺の授業が面白くないんだな?」にやつきながら机に手を置くいぜっきー。
「いや、そういうわけではないんですが…。」焦る私をクラス中のみんなが、くすくす笑っている。
「まっ、そういうときもあるかなー。でも次はないぞ。わかったな。」井関先生は、こっちを見て笑っていたみんなに、
「はいはい、お前らもだからな。次、寝てるやつ見つけたら…その日から『1週間放課後2時間耐久補習』するぞ!覚悟しろよ~。」先生はにやりと笑って見せる。
「え~?それはないよ、いぜっきー。」みんながぼやいている中、
「要は…、寝なきゃいいことだ。」どや顔で言い放ったいぜっきー。そしてチャイムが鳴る。
「はい、じゃあ授業終わり!で…、とりあえず…、莉羽、この後ちょっと職員室きて。」
「え?なんですか、先生…。」おびえる私を見ながら、にやにや笑ういぜっきーが、
「まあまあ、とりあえず来なさいって。」そう言って教室を出ていく。
「なんかこわいー、いぜっきー。」クラスの女子がざわつく。
「なんだろ…。嫌な予感。」肩を落とした私のところにみんなが集まって、
「莉羽、災難だ~。結構みんな寝てたのに、莉羽だけ呼ばれるなんてさ。」
「何か悪い事でもしたの?こんなの珍しいじゃん。」
「いやいや、莉羽はお気に入りだから、あえて見せしめにしたんだよ。莉羽は怒られてもへこまないし、恰好の餌食だったってわけ。」
「え~、なんで私だけ?私も普通にへこむし…。見せしめって…。」なんやかんやと騒いでる私たちのところに凱が来て、
「ほら、いかないとまた怒られる。いくぞ!」と私の腕を引っ張り教室を出ようとすると、
「さっすが凱君、男前~!莉羽を守ってね~。」女子はその姿にテンションマックス。それを呆れながら、振り向きざまに、
「はいはい、女子、うるさいよ~。」と凱が苦笑いしながら一喝。
「は~い。」それを見た女子がワーワー、キャーキャー言って、にやにやしながら声を合わせる。
「とりあえず行ってくるわ~。ああやだな~。」と女子に手を振る私に、
「寝るお前が悪い。」凱の厳しい一言。
「はいはい、そうでした…。」私はそのまま凱に連行され、職員室に向かう。
職員室に入ると、先生方が私のほうを見てほほ笑んでいる。おそらく、また呼び出しくらってるんだ~という微笑みだろう。私は事あるごとに呼び出される。さっきの友達曰くの『お気に入り』とうカテゴリーに入っているのかもしれないと、最近は思うようにしている。
「先生、何でしょう?」一緒に来た凱に、いぜっきーはちらっと眼をやって、
「おっ、凱も来たのか。ちょうどいいや。」といってパソコンを立ち上げる。
「まあ、呼び出したのは…今度スポフェスがあるだろ。あれに向けて二人にお願いがあって。」画面が立ち上がってパスワードを入れる。
「え?スポフェスですか?てっきり怒られるのかと思ってた。」私は胸をなでおろす。
「ははは。あれくらいじゃ僕は呼び出さないよ。でも、あのタイミングで呼び出せば、授業中寝ると呼び出されるのかって、寝るの躊躇するだろ。だから、ナイスタイミングってわけ。まあ、お前はなんだかんだ言って、ちゃんと成績取れてるしな。」
「うまく利用されたわけですね?私は。」
「いやいや、クラスのみんなの成績向上に一役買ったと思いなさいって、そこは。」
「はあ…。」てっきり怒られると思っていた私は、力が抜けたように肩を落とす。
「お前たち、家も隣だし、協力してスポフェスの件、うまく進めて。クラスの信頼度も高いお前らなら、みんな言うこと聞くだろ。」先生も私たちと付き合いが長いから、頼みやすいんだろうなと思いながら、
「やれることはやってみます。が、俺たちだけで進めちゃっていいんですか?」と凱が尋ねると、
「ああ、結構、僕も忙しくてね…。ちょっと大変な事情を抱えてる子の家庭訪問に行かなくちゃいけなくてね。その子はうちの学校じゃないんだけど…、いろいろあるんだよ。先生って職業に就いて、それをこんなに実感するとは思わなかった。子供は家庭環境で変わってくる。それを世の中の親たちは、もっと考えるべきなんじゃないか、とかね…。いろいろかんがえるわけですよ。あっ、つい熱く語っちゃったな。ははは。すまん、今プリントアウトするから待ってて。」そう言うとコピー機の方に向かういぜっきー。
「家庭環境か…、確かにそうなのかもしれないね。」私は自分の家の事を思い出す。小さいながらも我が家でもいろいろあるのだから、もっと複雑な家はたくさんあるんだろう。ちょっと、ナーバスになった私に凱が、
「スポフェス、成功させような。」と笑顔で声をかける。動くの大好き、スポーツ大好きの私はウキウキしながら、
「うん。」と答えると、クールに笑う凱。
「はい、じゃあこれ資料。あとはよろしくな!」そういうと書類の束を手渡すいぜっきー。
「了解です。」プリントを手に職員室を出て、廊下を並んで歩き、職員室から十分離れたところで私は、
「ねえねえ、いぜっきーのパスワード見た?」
「え?見てないけど。」
「いぜっきー、パスワード打つ時めちゃめちゃ隠してるから余計に気になって、どうにか見てやろうって思ったら、見えちゃった。」小悪魔的笑みを浮かべる私に、またか…というようなあきれ顔で、
「お前はなぁ…。で?」
「で?って聞くってことは、凱も気になるでしょ?」
「そりゃ、そんな意味ありげな感じで言われたら気には…なる。」
「じゃ、特別ね!omoikane0222だって。」
「!」
「重い鐘かな~?いやいや、いぜっきーお金好きそうだから重い金だね!それといぜっきーの誕生日が2月22日だからね、間違いないと思うよ。ふふふ。ちょっと笑えた。」
「いぜっきーってタイピング異様に早いのに…お前見れたの?しかも誕生日知ってるのか…?」
「うん!動体視力すごいんだよ、私!あと、記憶力も!自己紹介でいぜっきーが話したの覚えてた。」
「まじか…。俺はお前がいつか犯罪に手を染めないか心配だ…。」
「んなわけないでしょ!」
凱は少し不安げな顔をしながらも興味深そうに言う。
「omoikane0222か…。ふ~ん。」
その後、私たちはいつものルーティンをこなし、家路につく。
お風呂から上がり、自分の部屋の電気をつけると、
【コンコン】
時計の針は24時を指している。
『こんな時間に凱からの合図って何だろう。ここまで遅いのは珍しいな。』と思いながら窓を開ける。さわやかな5月の風が部屋に吹き込み、同時に凱が窓を乗り越えて私の部屋に入ってこようとするのを私は阻止する。
「なんだよ、入れてくれないの?」
「だって、掃除してなくて…、汚いから…。」私は苦笑いしながら答える。
「そんなのいつものことだろ。気にするな。」ニヤッと笑って話す凱に私は、
「いつもじゃないし!」少しむきになって凱の体を押し返す。
「なんだよ…、久々に乗り込んでやろうと思ったのに…。」少し残念そうな凱。
「いやいやそんなことより、どうしたの、凱?」
「いや、今日みたいに授業中にあんな爆睡するなんて、初めて見たから…。いつもはもっと短いだろ?」
「そうなんだよね、確かに…。って、よく見てるね…。」思わず苦笑いする私。
「お前無理するところあるから…、疲れか?」
「ははは。何でもお分かりですね。さすが幼馴染!でもこれといって、大丈夫だよ。怪我もないし、風邪もひいてません!」得意げに返す。
「なら、良かった…。で…さぁ。この前、夢の話、しただろ?お前が俺の妹の設定のやつ。」
「あっ、あの夢ね。」
「そうそう。あれってその後も見てるのか?」
「うん。見てるよ、毎日。なんかリアルすぎてさぁ、最近、夢の中の自分もほんとの自分なんじゃないかなって思うくらい。今日の授業中も見たんだけど、莉奈が出てきてちょっとびっくりした。」
「え?授業中も見てたのか?で…、莉奈さんが?お前の夢に?」
「うん…。私と凱の住んでる村の村長の娘だって。それでね、村でお祭りがあるんだけど、村長の娘だからって、特別警護に凱が専属で就くことになってた。なんか笑えるよね。」
「そうか…。」指を顎に当てて少し考えるようなしぐさをする凱に、
「いやいや、これは夢の話だから。って、何考えてるの?」凱の様子が気になって聞いてみるが、
「はは。そうだな…、夢の話だもんな。で、夢の中でもお前は元気なんだな?」と聞いてくる凱に、軽くはぐらかされたような気になる私。
「うん。いたって元気だけど…。」私はその後も凱の表情を伺う。
「そうか、それならよかった。何かあったらちゃんと言えよ。」凱はその後、何もなかったかのような笑顔で私の頭をポンポンとする。
「うん、分かってるよ。ありがとう。」私も笑顔で返すと、
「また明日。寝坊するなよ。」とニコッと笑って自分の部屋に入る凱。
「おやすみ~。」そう言って窓を閉め、さっきの凱の言葉、表情を思い出す私。
『なんで…夢なのに、あんなに心配するんだろう…。何かあったらってどういう意味?』気になりつつも睡魔に勝てるわけもなくまた眠りに落ちた。