【世界規模無責任】
観覧車に向かう途中、私は母の言葉をふと思い出し、不安を覚える。
『さっきの記憶から、間違いなく自分は神遣士なんだ…。そして凱は眞守り人。神遣士は特定の人間を愛してはいけない。世界の理を破ることで、世界を崩壊させるかもしれない。』
それが呪いの言葉のように、頭の中を何度も何度も巡っていく。
そして、観覧車の前に着いた私たちは、握ったままの手を離すことなく、2人だけの空間に足を踏み入れる。凱に私の不安が伝わっているのか、中に入ってからも、その手を離すことはない。しばらくすると凱は静かに話し始める。
「さっきの記憶の話だけど…、俺にもだいぶ前から自分の記憶でないことを、思い出すことがよくある。母さんに自分の子供のころの話だと思って話したことを、誰の話?って言われて、それを莉月さんに話したら、それは私が神遣士の時の話だって。最初聞いたときは驚いたけど、自分がバートラルだったことを自覚してから、受け入れることができるようになった。多分、お前もこれからそういうの、たくさん出てくると思うけど、あまり深く考えるな。」
私は昨日から心に重くのしかかっている不安で、なかなか顔を上げることが出来ないでいたが、凱の言葉に顔を上げて、
「うん…。」と、一言だけ返し、そのあとは再び2人、無言で時を過ごす。
こんな状況でなければ観覧車に乗るなんて、この上なく喜ばしいデートなはずなのに、私はその不安からずっと抜け出せず、言葉を発することが出来ない。そしてしばらくして…意を決して口を開く。
「あのさぁ…、昨日の話なんだけど…。」
「ああ。」
「神遣士が恋愛したら…、世界が崩壊して、人類が消滅するって言ってたじゃない?」
「ああ。」
「もし、もし私に好きな人ができたら、世界は崩壊するのかな?」自分でもストレートな質問に恥ずかしくなって、凱の顔が見れない。凱はしばらく考えて、
「…。なあ、莉羽。莉羽は好きなやつ…、いるのか?」私は、なんて意地悪な質問だろうと思いながらも、ちょっと上目遣いで、
「いるような、いないような…。」また下をむく。凱は、またうつむいた私の頭に手を置いて、
「そうか…。じゃあ、いることを前提に話をするけど…。」凱は言葉を区切って、
「莉羽、顔上げて。」そう言いながら、下を向く私の顔を両手で上げ、目をそらさずにじっと見つめて、
「もしいるとしたら、その時点で世界は終わってるだろ?でも、世界は破滅していない。だから、お前に好きなやつがいたとしても何も変わらない…、と俺は思う。」凱は片方の手を私の頭の上にぽんと乗せて言う。私はその言葉に目を潤ませながら、凱の顔を見る。
「なんだよ…。てっきり…思ったのに…。」凱は笑ってぼそぼそ呟くと、急に真顔になって、
「世界規模で無責任なこと言うと…。神遣士であるお前が自由に恋愛できない世界になんて、俺は存在したくない…。」そう言いきってから、ちょっと頬を赤らめて観覧車の窓から遠くを見る凱は、そのあと私の顔をちらっと確認して、
「まあ。そういうことだ。」とだいぶ照れた様子で話す。私はあまりに衝撃的な一言に、事態が飲み込めず、凱の言葉の意味を考えるが、心臓のドキドキが、私の思考を邪魔して何も考えられない。
『今のはどういう意味?期待していいの?駄目なの?え?どっち?』
ただ時間だけが過ぎていく。観覧車に2人きりという待ちに待ったはずのシチュエーションを、私は最後までいろんな意味で心臓のドキドキを押さえることができず、棒に振ってしまった。観覧車を降りると、
「お前…、どこまで鈍感なんだよ…。」と凱がぼそっと呟く。
遊園地の喧騒にかき消されていく言葉。
「え?なにか言った?」そういう事に鈍い私に、凱が少しあきれたように笑っていると、突然の悲鳴と困惑の声が辺り一帯に響く。




