【第3夜⑤ ~王の檄~】
その3日後、1週間後に迫った祭りの警護に関する全体会合が開かれた。その間にも多くの人が連れ去られ、そして記憶と気力をなくし戻ってきている。以前の報告通り、魔物によって連れ去られるケースと、突如目の前から神隠しのように消えるケースがあり、騎士団としてもなかなか手を打てない状況であった。戻ってきた人の中に、事件以前の記憶を持っている人はおらず、全く手がかりのない状況は変わらない。
そんな中、焦る騎士団に追い打ちをかけるような出来事が起きた。西地区を警護をしていた団員の一人が突如消えたのだ。仲間の中からも被害者が出る状況に、団員の中にも恐怖や不安が生まれていた。そこで緊急に招集がかかる。
その暗い雰囲気を断ち切るため、ロイは若いながらも堂々と、威厳を見せつけるように、その会合で、
「皆も知っての通り、先日この騎士団の中にも被害者が出た。原因不明の状況下、おそらくまた被害者が出るかもしれない。しかし、我らは神に、この命を捧げた誇り高き騎士団である。この国の人々を守るため、敵が何者であろうと負けることはない。」団長の言葉に、士気の下がっていた団員たちは、気持ちを新たに声をあげる。
「我らで民を救わねば、誰が救うというのだ。」
「我々しかいない。」
「そうだ。戦うぞ!」団員たちが声を上げ始めると同時に、ここで、この士気をさらに上げる人物が現れる。
シュバリエ国 第32代国王ジョセフ3世、その人だった。
王は集まった騎士団の一人一人を確認するように見渡すと、静かに話し始める。まだ30代後半と思われる若き王は、その才覚を幼いころに見出され、わずか13歳にして王位に就く。前国王であった父ジョセフ2世がもともと病弱なこともあり、早急に息子である現国王に、幼少期から帝王学を施す必要があったのだが、その幼子は周りの期待をはるかに超えた王の資質を表した。剣術にも長け、王位を継承した13歳時点で、その当時の騎士団長以外に手合わせできる者がいないほどの腕前だった。
しかし現在、その国王の右腕の肘から先はなく、剣を持つことが不可能になっていた。彼が14歳の誕生日を迎えた「王剣授与式」の最中に事件は起きた。
このシュバリエでは、15歳の誕生日に王家に代々伝わる「王石」が施された「王剣」が与えられる。しかしジョセフ3世は13歳で王位を継承したために、14歳の誕生日に「王剣」が与えられることになった。「王剣」が彼の前に運ばれ、聖水で清められた後、彼がその剣を手に取った瞬間、彼の右腕は一瞬にして切り落され、「王剣」もその場からなくなっていた。その場にいた者で、犯人の姿を見た者は誰一人としておらず、未だに語り継がれる王家最大のミステリーになっている。しかし、そのジョセフ3世がこれほどの不幸を乗り越えられたのには訳がある。
右腕を失った王を失意の底から救ったのが、10年前に亡くなった王妃のクリスティーヌだった。彼女は、シュバリエ南西部の90%を領地に持つ侯爵家の5姉妹の4女という立場ながら、王室に入ることになったのだが、そこには姉3人が王室に入ることを頑なに拒否したという内幕があった。というのも、姉3人はクリスティーヌのジョセフ3世への思いを知っていたためだという。
クリスティーヌの父リルボン侯爵は5姉妹に王家はもちろん、名高い貴族に嫁ぐにふさわしい教育を幼少から受けさせていたのだが、前騎士団長の継承式に参列したいという4女のクリスティーヌを連れて、その日2人は王に拝謁した。当時9歳だったクリスティーヌは、13歳でこの広大な国家を治めるジョセフ3世の堂々たる姿に魅かれ、その時から淡い恋心を寄せていた。その心の内を知った姉たちは、幼き妹の初恋を実らせるために身を引き、若き王は政治的にもリルボン家とのつながりは必須と考えていたため、婚儀はすぐさま執り行われた。
シュバリエ建国以来最年少13歳の国王と10歳の王妃が誕生したのだった。
その矢先に起きた、この前代未聞の大事件である。王とはいえ、まだ子供であるジョゼフ3世が失意のどん底に落ちた事は言うまでもない。クリスティーヌは失意の若き国王に、何年もの時間をかけ、彼女の持ちうる全ての愛と力を尽くすことで、王に再び生きる光をもたらし、その命が尽きるまで支え続けたのだった。しかし、その27歳という若さで亡くなった王女の死についても不可解な点が多かったらしい。
妻であるクリスティーヌの愛によって、人生に新たな希望を見出したジョセフ3世は、即位してから一度も民による放棄や暴動を起こさせることなく平穏に国を治めてきた。その裏には、現在側近の一人として仕える女性の存在を忘れてはならない。彼女は王妃が亡くなった1か月後に、その才覚から側近として登用され、また片腕の王の身の回りの事も全て行っていた。王は彼女を絶対的に信頼し、彼女の進言に耳を傾け、臣下たちにも、政治的手腕や、剣の技術において、女性ながらに男性に引けを取らない実力だと尊敬されていた。また女性ならではの視点で、王の身の周りの気遣いもそつなくこなし、彼女の存在はシュバリエになくてはならないものだった。今回、この前代未聞の魔物による混乱に関して、何事にも先手で動くことを進言し、全騎士団の大会合に駆け付けるよう促したのも彼女だったと、後に私は聞く。
騎士団の面々は、国王が直々に会合に現れるとは、微塵にも思っていなかったため、目前に王が現れるや否や絶句し、そして一気に高揚する。その騎士団の様子に満足そうな顔を見せる国王ジョセフ3世。
「ここに集まりし、わがシュバリエの誇り高き騎士団の諸君。今現在起きている不可解な事件に関して、諸君らの力をシュバリエのため、諸君らの家族のため、そして自らのために十分に発揮してもらいたい。そのために必要なものはすべて用意する。私は直接戦いに赴くことはできないが、全力でバックアップするつもりだ。諸君らの働き、期待している。頼んだぞ。」
「おお~。」静寂が団員たちの声で一気に破られる。
国王の檄に鼓舞する団員の姿を初めて見た私と凱は、自分もその重要な任務の一端を担う一人なのだと湧き上がる胸の高まりを抑えることができなかった。
『国王の威厳とそのオーラ、これが国王って存在なんだ。王の一言が、こんなにも多くの人の心を奮い立たせるなんて…。鳥肌が止まらない。』
生きるか死ぬか…、初陣前の、不安を払拭するほどの国王の言葉は、私の心をこの上なく高揚させた。